本田武史の世界選手権総括(前編) コロナ禍のなか、異例づくめで行なわれた2020-21シーズンの世界選手権。日本は男女とも来季の北京五輪の出場枠「3」を確保し、特に男子は2位~4位の上位を占める活躍を見せた。どんな戦いが繰り広げられたのか、…

本田武史の世界選手権総括(前編)

 コロナ禍のなか、異例づくめで行なわれた2020-21シーズンの世界選手権。日本は男女とも来季の北京五輪の出場枠「3」を確保し、特に男子は2位~4位の上位を占める活躍を見せた。どんな戦いが繰り広げられたのか、本田武史氏に男子シングルの大会総括を語ってもらった。

 まずは世界選手権が無事に開催されたことにホッとしています。本当にたくさんの人のサポートがあったおかげです。選手たちには不安もあったと思いますが、いざリンクに立っている姿を見ると、そんなことを感じさせないようなスケートに対する熱意が伝わってきました。世界選手権というタイトルに向けての演技に気持ちがこもっていました。

 北京五輪の枠取りもあって各国の選手がしのぎを削る中、2位から4位に日本の3人が入ったことに、こんな時代が来たんだなと思いました。羽生結弦選手と宇野昌磨選手で金と銀を取って、すごい時代が来たなと思っていたところに、さらに鍵山優真選手が加わってきた。日本の男子が、次の時代に向けて成長していることを実感しました。

 まず、初出場で銀メダルに輝いた鍵山選手は、ショートプログラム(SP)2位、フリー2位と大健闘でした。自己ベストを大幅に更新できたのは、ジャンプの質が高く、ジャッジからも高評価を受けたからだと思います。着氷の流れ、回転の余裕、体を開いて降りてくるというところは、GOE(出来栄え点)でプラスをもらえた部分だと思います。



初出場の世界選手権でショートプログラム2位、フリー2位、総合2位だった鍵山優真

 フリー前半3つの4回転に関しては、GOEで3点から4点をつけられるようなすばらしいジャンプが続きました。フリー終盤の2つ、3回転ルッツ+3回転ループとトリプルアクセルはステップアウトになってしまいましたが、大きく減点されるようなミスではなかったところが、高い点数にもつながったと思います。

 あの緊張感のなかであれだけの演技ができるのは、強い精神力の持ち主だからでしょう。フリーではネイサン・チェン選手の後に滑りましたが、そこで集中力を発揮できたことは今後の自信につながるはずです。

 演技が終わった後は、やはり緊張感からか、少し疲れた表情をしていたように見えましたが、満足いく演技だったのではないかと思います。練習でやってきたものを試合でしっかりと出せたのでしょう。

 今季、鍵山選手にとっては今回の世界選手権が、初戦の関東選手権から数え、東日本選手権、NHK杯、全日本選手権、インターハイ、国体に続いて7試合目でした。試合数としては他の選手よりも多くこなしており、試合慣れができていたことも大きかったと思います。他の選手は多くて2、3試合。ヨーロッパ勢のなかには世界選手権が今季1試合目だった選手もいたといいますから。

 もともとスピード感がある選手ですが、この2年間で一気に成長してきた感があります。4回転ジャンプに関しては、質もよく、回転も安定感と余裕もあるので、いまは2種類ですが、3種類、4種類を跳ぶことができる能力を持っていると思います。

 昨季まではトリプルアクセルの失敗が課題でしたが、今季はトリプルアクセルの大きな失敗が少なくなったように思います。練習では、ただ単にジャンプを跳ぶだけでなく、曲をかけたなかで何度もトリプルアクセルを跳ぶことで、どんどん体が覚えていく。それによって自信もついたことでしょう。

 ローリー・ニコルさんが振り付けたことで、トリプルアクセルまでの構えが短くなったことがプラスになったのかもしれません。昨季までは、ジャンプの前に構えて跳びにいくという感じがあったのですが、その「構え」が短くなったことによってリズムが取りやすくなり、彼の本来のスケートの滑りを生かしたジャンプにつながって、より確率が高くなった面もあります。

 シニアデビューした今季は、海外での国際試合がなく、国内でじっくり調整ができたことがすごくプラスになっていたと思います。来季は未確定な部分もありますが、もし例年どおりに行なわれると、厳しいスケジュールでハイレベルな戦いを経験する試練に直面することがあるはずです。そこをどう調整するかがポイントになると思います。

 もうひとつの来季の課題は、演技をいかに魅せられるかだと思います。これはローリーが言っていることですが、「魅せる」というのがまだできていないというのが彼女の意見なんです。フリーの『アバター』もSPの『ボカッション』も、彼らしいスピード感、勢いは十分出ており、それも表現のひとつだと思います。

 ただ、やはり羽生選手やチェン選手のように、間を取って空気感を作ったり、ためを作ったりすることはできていない。17歳の鍵山選手に「色気を出せ」というのは難しいと思いますが、そこは今後の課題になってくるはずです。演技構成点でみるとトップ選手が9点台なのに対して、鍵山選手は8点台ですから、そこはまだ伸びしろがあるということでもあります。

 鍵山選手は今回の活躍で、北京五輪のメダル候補に名乗りを挙げたと言ってもいいでしょう。これからは五輪までにどういうふうに練習をしていくか、またプログラムはどうするのか。大いに注目されます。
(つづく)

Profile
本田武史(ほんだ・たけし)
1981年3月23日、福島県生まれ。
現役時代は全日本選手権優勝6回。長野五輪、ソルトレークシティー五輪出場。2002年、03年世界選手権3位。現在はアイスショーで華麗な演技を披露するかたわら、コーチ、解説者として活動する。