異能がサッカーを面白くする(11)~フリーキック編(1)から読む>> そこそこ年季が入ったファンならば、元ブラジル代表選…

異能がサッカーを面白くする(11)~フリーキック編
(1)から読む>>

 そこそこ年季が入ったファンならば、元ブラジル代表選手と言われたら、パッと数十人の名前を想起できるはずだ。しかし、その中にジュニーニョの名前は含まれるだろうか。ブラジルが2002年日韓共催W杯で優勝した時のメンバーだった、サンパウロ出身のジュニーニョ・パウリスタではない。続く2006年ドイツW杯でスタメンを飾った、ペルナンブコ州出身のジュニーニョ・ペルナンブカーノのほうだ。

 ドイツW杯で日本がブラジルに1-4で敗れたそのグループリーグ最終戦で、逆転ゴールを決められた選手と言えば、記憶は呼び覚まされるだろう。しかし、ジュニーニョのW杯出場はこのドイツ大会のみ。成績も準々決勝でフランスに敗れ、ベスト8止まりだった。代表キャップ40も、ジュニーニョ・パウリスタを下回る数字である。



ドイツW杯の日本戦に出場し、フリーキックで逆転ゴールを決めたジュニーニョ・ペルナンブカーノ

 ただ、チャンピオンズリーグ(CL)を見続けてきたファンには、お馴染みかもしれない。2000年代、リヨンが強かった頃に中心選手として活躍したMFだ。とはいっても、彼自身のCL最高位はベスト8。バルセロナ、レアル・マドリード、バイエルン、マンチェスター・ユナイテッドなど、優勝候補の常連であるビッグクラブでプレーした経験はない。

 その名前をここで取りあげる理由は何か。フリーキック(FK)だ。

 ブラジル代表選手が披露したFKと言われて、筆者が真っ先に想起するのは、1997年トルノワ・ドゥ・フランス(フランスW杯のプレ大会)対フランス戦でロベルト・カルロスが放った約35メートルの一撃だ。

 その左足のアウトフロントに近いインステップで蹴ったFKは、優に1メートル以上スライスし、向かって右側のポストの内側に当たった末にゴールインするという、豪快であると同時に、神がかり的なコントロールショットでもあった。野球にたとえれば、左投手が右打席で構える打者の胸元をえぐるように投じたシュートといった感じだ。

 死球になりそうな方向に飛び出していったボールが、インコースのストライクゾーンいっぱいをかすめながら、捕手のミットに収まるという姿を連想させる軌道を描いた。

 フランス代表GKファビアン・バルテズは、なすすべなくその場に呆然と立ち尽くすしかなかった。どんなボールも後ろにいかせてはならないGKであるにもかかわらず、簡単に見逃し、あえなく三振を喫したという格好だ。

 ロベルト・カルロスが左利きなのに対し、ジュニーニョは右利きだ。キックの種類も、ほぼストレート系だったロベルト・カルロスとは異なり、何でもありだ。ストレート系もあれば、変化球もある。ブレ球もある。現役時代に決めたFK弾は77本。総得点が137ゴールなので、実にその半数以上を占める。ブラジルを代表するFKの名手だ。

 その大半は、長年所属したフランスリーグのリヨンで挙げたもの。ネットがまだ発達していなかった当時、その名を世界に知らしめる機会はほぼCLに限られていた。ブラジル代表歴125回。レアル・マドリードの一員として出場した試合が370を数えるロベルト・カルロスとは、露出度において大きな差があった。

 多くのサッカーファンが「ジュニーニョ恐るべし」と、そのFKに仰天させられた試合をひとつ挙げるならば、2005-06シーズンのCL決勝トーナメント1回戦、対PSV戦になる。

 無回転のFKが流行り始めた頃である。日本ではすでに当時、三浦淳宏(現淳寛)が用いていた。2007年5月にU-22日本代表が戦った北京五輪アジア2次予選の香港戦では、本田圭佑もスライス弾道の無回転FKを決めることに成功していた。ジュニーニョが先述のドイツW杯日本戦で放った一撃も、川口能活の頭上を突く無回転シュートだった。

 だが、無回転キックはボールの質と密接に関係する。2006年W杯を機に、ボールはさらに軽くなり、無回転軌道を描きやすくなった。したがって現在、当時の無回転キックを振り返っても、正直あまり感動が湧かない。キッカーの特別な才能を最大限、讃える気にはならないのだ。

 PSV戦におけるジュニーニョのFKをここで取り上げる理由は、無回転ではなかったからだ。明らかにもっと高度なキックだった。

 ジュニーニョにとって無回転キックは、数ある選択肢のひとつ。何種類もの変化球を投げ分ける投手とイメージが重なった。

 2006年2月22日。事件は、アイントホーフェンのフィリップススタジアムで行なわれたその第1戦で発生した。

 0-0で推移していた後半20分。リヨンはゴールに向かって右側、距離にして25メートル地点でFKを得た。通常なら左利きが蹴ることが多いポジションだ。

 ジュニーニョは右足で擦るように蹴ったのだろう。壁を越えGKの正面に飛んでいったボールには、思い切りスピンが掛かっていた。PSVのGK、ブラジル代表のゴメスは、両足を地面につけて立っていた身体を、なぜか急に横に投げ出した。後逸しないよう、まさに身を挺して構えたのだった。だが次の瞬間、ボールはブレるのではなく、ストンと落ちた。ゴメスには消える魔球に見えたのかもしれない。

 それは捕手が横に跳んだうえに後逸した感じだった。真ん中低めの、あるいはストライクと言われても仕方のない球を、だ。キックの瞬間、どうしてあのような回転を掛けることができたのだろうか。これが最大の疑問になる。立ち足をボールの横に踏み込む、一般的に見えるフォームだった。つま先から足の甲にかけての部位を、ボールと地面の隙間に鋭く差し込むように接触させたのだろうけれど、そんなことを考えると、ダフりやしないか、地面を蹴りやしないか、心配になる。

 バルテズを見逃し三振に切って取ったロベルト・カルロスの一撃より劇画的。ロベルト・カルロスのFKを"キャプテン翼的"とするならば、ジュニーニョ・ペルナンブカーノの一撃は、"巨人の星的"だった。これ以上、魔球度で勝るFKを見たことはない。