3月24日からスウェーデンのストックホルムで開催された世界選手権。女子はロシア勢が表彰台を独占し、旋風をおこした。表彰台を逃した日本勢は、北京五輪出場枠を最大の3枠獲得することができたものの、課題も残った。 今回の世界選手権女子シングルの…

 3月24日からスウェーデンのストックホルムで開催された世界選手権。女子はロシア勢が表彰台を独占し、旋風をおこした。表彰台を逃した日本勢は、北京五輪出場枠を最大の3枠獲得することができたものの、課題も残った。

 今回の世界選手権女子シングルの総括と、今大会の傾向から考える来季への日本人選手が進む道のりをプロフィギュアスケーターの安藤美姫さんに聞いてみた。


シニアらしい演技で表彰台に返り咲いたトゥクタミシェワ

 photo by Taguchi Yukihiro

 今回の世界選手権では、全体的にレベルが上がっていると感じました。ロシア勢は、3選手ともショートプログラム(SP)、フリープログラム共に高難易度のジャンプを組み込んで演技を見せてくれました。そういった意味では、レベルがひとつ上を行っているのかな、と。そこに強豪国の日本とアメリカがどれだけ食いついていけるかに注目していました。

 今回、日本は少し残念な結果になってしまいましたが、紀平梨花選手は本来、SP、フリーでトリプルアクセルを入れられる実力がある選手。ロシアの若い女子選手たちも4回転を何種類もプログラムに入れてきていることは本当にすごいことですし、見ていてもワクワクしますね。

 3位のアレクサンドラ・トゥルソワ選手(ロシア)は、今回ミスはありましたが、複数の種類の4回転を5本入れています。シニア2年目で身長もぐんぐん伸びているので、身体の変化に合わせて調整しているというのはシーズンを通して感じていました。公式練習などでは去年より質のいい4回転ルッツなどを跳んでいると思って見ていたので、自分とうまく向き合ってトレーニングできているなと思いました。

 同時に、私個人としてはシニアスケーターに対して、もっと大人っぽい表現や、質のいいスケートにも注目してほしいと思っています。今回2位になったエリザベート・トゥクタミシェワ選手(ロシア)は、まさにそういった大人の表現が際立っていましたね。個人的には彼女が世界選手権の表彰台に返り咲いたことは、そういった質の高さが評価されたのかなと思っています。

 フィギュアスケートは、ジャンプなどの技術的な点数となるTES(テクニカルコンポーネンツスコア)だけでなく、スケーティングの質などの点数となるPCS(プログラムコンポーネンツスコア)も重要となってきます。

 さらに、技術点にはGOE(出来ばえ点)がプラス5からマイナス5までつくようになりました。同じ構成でも点数を広げるには、どれだけ質のいいものを実施し、プラス評価を加点できるかが現在の採点システムでは重要となってきます。

 優勝したアンナ・シェルバコワ選手(ロシア)は、練習では調子が上がらない様子でした。本番では4回転を1本入れてきましたが、それ以降は無理に4回転を入れず、3回転ルッツ+3回転ループなどの自分ができる最大限のことを発揮したことが結果につながったのかなと思います。

 日本勢に関しては、紀平選手はタイムスケジュールや本番リンクと練習リンクの氷の違いなどの調整が難しかったとコメントしていましたが、今回のことがいい経験となったのではないでしょうか。この経験を糧に、さらに強くなっていって欲しいですね。

 坂本花織選手はオーバーターンの小さなミスで抑えて、自分の力を発揮しました。そこはやはり平昌五輪を経験されていますし、日本代表として北京五輪の枠取りにも貢献しました。彼女の場合は精神面というよりも、技術面。今の女子のトップ3に食い込むためにはトリプルアクセルは必須かなと思います。

 また、ジャンプの加点は多いのですが、ジャンプやステップなどはまだ伸びしろがあります。トップの選手は細かい部分まで綺麗なんですね。スピンのポジションやジャンプの着氷後のフリーレッグなど、ただそのポジションをとっているだけでも指先からつま先まで綺麗なポジションになっている選手が多いんです。坂本選手もそういったところが強化されると、もっと世界で評価を得られる選手だと思っています。

 宮原知子選手はやはりジャンプが回転不足を取られたりする部分が見受けられるので、そこがうまくはまってくれれば。PCSは文句なしに高い評価を受けている選手なので、ジャンプの強化ができれば来年の五輪代表入りは確実なのではないでしょうか。さらに、高難易度のジャンプを後半に入れられるくらいの自信をつけていくと、五輪でのトップ争いにも食い込めるのではと思っています。

 今大会を総括すると、フィギュアスケートはやはりジャンプだけでなく音楽に合わせた表現や、昔からあるように一つひとつのポジションを美しくとるという部分も大切に引き継がれているのかなと思います。やることも多く、レベルも気にしなくてはいけないルールにはなっていますが、昔ながらの洗練されたフリーレッグの美しさなどが映える滑り、基礎の美しさは変わらないのかなと感じています。

 今回表彰台を独占したロシアの選手たちは、そのどちらも備わっているから強い。ジャンプだけが注目されがちですが、3人ともジャンプに加えて美しさも備わっているからこその結果だと思っています。

 そして、カレン・チェン選手(アメリカ)、ルナ・ヘンドリックス選手(ベルギー)はトリプルアクセルや4回転はないけれど、ショートとフリー共に洗練された滑りとトータルパッケージ(音楽、振付け、技術、表現などすべて、高いレベルで揃っていること)に近い演技でトップに迫りました。


世界選手権女子の演技について語ってくれた安藤美姫さん

 photo by Noto Sunao(a presto)

 今後、北京五輪に向けて大きなルール改正はないと思っています。新採点方式のベースは固まってきていて、最近は男子のフリーが4分になった以外は細かい変更に収まっています。

 そのうえで予想をするとしたら、ショートは2分50秒、フリーは4分のプログラムをトータルパッケージで評価がもらえる選手が上に行くのかなと思っています。

 坂本選手はジャンプに関しては不安がないくらいダイナミックで回転もクリーンなジャンプをするので、オフに入る春先をスケーティングやスピンの練習にあててもいいかもしれません。ジャンプに不安がある選手は、この時期に筋力トレーニングやフォームの矯正をするなど、自分のウィークポイントと向き合っていくことが力をつけるポイントになると思います。

 私自身はジャンプより表現力やスピンが弱い選手だったので、4月ごろはジャンプ以外のことに時間を使っていました。すべての選手がこの時期から自分と向き合って練習に取り組み、全日本選手権や北京五輪ですばらしい演技を出し切れるよう応援していきたいと思っています。

Profile
安藤美姫(あんどう・みき)
1987年12月18日生まれ。愛知県出身。
オリンピックには2006年トリノ大会、2010年バンクーバー大会に出場し、世界選手権では2回の優勝を飾るなど世界を舞台に活躍。2013年の引退後は、プロフィギュアスケーターとしてアイスショーに出演し、現在も振付師やテレビに出演するなど活躍の場を広げている。