筆者はInstagramなんていうオシャレなものとは無縁だったが、「中野たむのインスタはすごい」と聞いてインストールしてみた。中野のアカウントを覗くと、お姫様が住むような白を基調とした部屋で撮った自撮り写真がずらりと並んでいる。ベッドの枕…

 筆者はInstagramなんていうオシャレなものとは無縁だったが、「中野たむのインスタはすごい」と聞いてインストールしてみた。中野のアカウントを覗くと、お姫様が住むような白を基調とした部屋で撮った自撮り写真がずらりと並んでいる。ベッドの枕元にはパンダのぬいぐるみが置かれ、ジルスチュアートのドレッサーにピンク色のコスメがまるで商品棚のようにキレイに陳列されている。

 静止画かと思いきや動画であることに気づき、再生すると、喋るでもなく笑うでもなく、ただただゆっくりと髪を撫でたり、上目遣いでかすかに首を傾げたりしている。

「あまりわかり合えないタイプかもしれないな......」

 数日後のインタビューで彼女と一緒に涙を流すことになるとは、この時はまさか夢にも思わなかった。

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女子プロレス

「スターダム」で活躍する中野たむ(写真:「スターダム」提供)

 誕生日が近い中野にジルスチュアートのリップバームを渡すと、「ジル大好きです!」とピョンと跳ねて喜んでくれた。決してわざとらしくなく、しかし自分がどうすれば一番可愛く見えるかを熟知しているかのような動き。さすが、"宇宙一かわいいアイドルレスラー"と呼ばれるだけある。筆者は中野たむの「ピョン」に、一瞬でハートを鷲掴みにされた。

 この可愛い、小動物のような彼女が、リング上で獣のように雄叫びを上げ、激しく髪を引っ張り合い、ビンタしまくるあのプロレスラーと同一人物だとは、容易に想像しがたい。試合では、髪はボサボサ、化粧はぐちゃぐちゃ、顔は真っ赤に腫れ上がる。その姿からは「可愛く見せたい」という気持ちは微塵も感じられず、目の前の相手を仕留めてやろうという殺気だけが伝わってくる。とても動物的な闘いをするレスラーだ。動物的だが、全身から人間の喜怒哀楽がこれでもかと表出する。

「劣等感がすごいんです。情念で闘っています」

 "宇宙一かわいいアイドルレスラー"の劣等感の正体とは――。

 中野は愛知県安城市の田舎町で生まれた。父、母、3つ下の弟の4人家族。家の周りは田んぼばかりで、遊ぶ場所といえば「安城コロナワールド」という複合エンターテイメント施設のみ。

「学校が終わったら、『"安コロ"行くか』みたいな感じ。オカダ・カズチカさんと同郷なので、オカダさんもたぶんわかると思います。みんなが安コロに集まる。本当に何もないところです」

 教育ママの母親のもと、3歳からバレエを習い始めた。小学校に上がっても、バレエ、ピアノ、塾に通い、友だちがなかなかできなかった。「そもそも人があんまり得意じゃなかった」と話す。

「一番古い記憶で覚えているのが、幼稚園の友だちと遊んでいた時、私が何かヘンなことをしたら『たむちゃんって、だからみんなに嫌われるんだよ』って言われたんです。その時に初めて、私って人に嫌われてるんだって思ったんですよね」

 学校ではひとりで過ごすことが多かった。お弁当もひとりで食べる。人に合わせるくらいなら、ひとりでいたほうが楽だった。前回、中野を"最強レスラー"に指名した白川未奈は、彼女のことを「人に合わせちゃうタイプ」だと言ったが......

「私がですか? 全然そんなことない。人に興味がないから、『あなたは、あなたでやってればいいじゃん』っていうタイプ。同じ空間にいても別のことをやればいいと思うし、『一緒にやろうよ』とかは言わないです。私は私がやりたいことをやる」

 子どもの頃の夢はバレリーナ。学校が終わるとクラスメートがこぞってプリクラを撮りに行く中、中野はバレエ教室へ行き、週末も朝から遅くまで、バレエ、バレエ、バレエ......。それでもよかった。私にはバレエしかない。将来はプリマとして、世界中から注目を浴びたい!

 しかし中学1年生の時、突然バレエをやめてしまう。

「気づいたんです。『あ、私はバレリーナにはなれないんだ。それは生まれた時から決まってたんだ』って。バレエはとてもシビアな世界で、生まれ持ったプロポーションや才能がすごく左右する。すべての時間をバレエに注いできたけど、私には不可能な世界だという現実に打ちのめされて、絶望してやめました」

 バレエをやめて、しばらくは普通の学生生活を送っていた。生きている心地がしなかった。何をやってもつまらない。堕落した日々を過ごしたが、次第に「やっぱり私は、舞台に立って何かを表現しないと生きていけない」という思いが強まっていく。

 高校卒業後、上京し、ミュージカルの専門学校に進学。卒業後はミュージカルの全国ツアーに参加する傍ら、インストラクターの仕事をした。ある時、所属していた事務所から「アイドルグループを始めるからやってみないか」と声を掛けられた。アイドルに興味はなかった。舐めていた部分もあった。

「アイドルなんて愛想を振りまいて、キャッキャしてるだけじゃんって。なのでお断りしたんですけど、よく考えたら、歌って踊って、人に夢を与えるという点ではバレエやミュージカルと同じなのかなと思って、やってみることにしたんです」


プロレスをやる前にはアイドルとして活動していた

 photo by Hayashi Yuba

 2012年11月、「カタモミ女子」のリーダーとしてアイドルデビュー。所謂、地下アイドルだ。卒業後は「インフォメイト」を結成するも、ライブをすればひとりのメンバーに対してファンがひとりという時もあった。「3対3の合コンみたいな感じだった」と笑う。

「インフォメイトもプロデューサーが2回"飛んだ"りして、半年で解散しました。やっぱり頑張るだけじゃ駄目な世界なんだ。自分にはバレエと同じく無理な世界だったんだなと思いました。苦しかったですね」

 2015年5月、"プロレス"と"女優"を掛け合わせた「アクトレスガールズ」の練習生となる。プロレスはインフォメイト時代にZERO1の興行で歌ったことがあり、一度だけ観戦したことがある。本部席に座り「喋って」と言われたが、怖くて声も出せずに泣いた。

「私は、運動神経はよくなかったです。学校の成績はオール5だったんですけど、体育だけ2でした。身体能力が高いわけじゃないんです」

 しかしFMWに参戦すると、大仁田厚に素質を見出された。「大仁田厚最後の継承者」と呼ばれ、大仁田厚&中野たむプロデュース興行を開催。ミス・モンゴルと抗争を繰り広げ、爆破バットで殴られて病院に搬送されたこともある。

「モンゴルさんに『アイドルレスラーごときが、プロレス舐めてやってんだろ?』って言われた時に、私はアイドルレスラーの代表として闘わなきゃいけないと思いました。私がここでくじけたり、ちょっとでも甘い部分を見せたら、アイドルレスラーを名乗っている人たちに迷惑が掛かっちゃう。それがすごく嫌だったから、搬送されても命を懸けてでも、このリングで闘い抜いてやるって強く思いました」

 大仁田厚から「リングは生き様を見せる場所」だと教わった。大仁田は多くを語らない。試合後にひと言アドバイスをくれるくらい。そんな中でも、プロレスラーとして自分はどう生きるべきか、中野は感じ取っていった。

 2017年11月1日付で、スターダムに入団。入団理由として、会見でこんなことを話している。「スターダムの頂点に立ちたいし、プロレス界の頂点に立ちたいし、プロレス界のもっと先の頂点がスターダムでなら見られると思った」――。

「自分の身ひとつでは、先が見えないと思ってたんですよね。スターダムに入ったら、新しい景色が見えると思った。でも、いざ入ったら先には先がありすぎて、きっと終わりがない。私が今描いている先にいったら、その先が絶対にあるし、永遠に未完成のまま終わらないんだろうなって途方に暮れています」

 スターダムに入団してから、なかなかシングルのベルトが取れない日々が続く。「やっぱりここでも駄目なんだ」と思った。バレエも駄目、アイドルも駄目、プロレスも駄目。自分にはやはり才能がなかったんだと何度も思った。何度もやめようと思った。

 そんな時、大切なパートナーができた。星輝ありさだ。

「私、岩谷麻優とタッグを組んでいた時期があって、すごく尊敬している選手だったんですね。でも岩谷と同期だった星輝が7年ぶりにぽっと復帰して、『麻優ちゃんとタッグ組みま~す』みたいなノリで、タッグ組んじゃったんですよ。......ふざけんなよと。私がどんな思いで岩谷麻優の隣に立ちたいと願ってきたと思ってんの?って。Twitterで星輝の画像を白く塗りつぶして嫌がらせとかして、炎上しました。ファンの方に『子どもすぎる』『それは選手としてよくない』って言われたけど、うるせーよと思って。それどころじゃねーんだよって」

 しかしその結果、星輝は中野にとって、自分のすべてをさらけ出せる相手になった。タッグを組み、2019年10月から開幕した「第9回GODDESS OF STARDOM・タッグリーグ戦」で優勝を果たした。こんな素敵な仲間と出会えたことに心から感謝した。

 そんな星輝が翌年5月、引退を発表する。

「もうムリ!って思いました。本当にやめようと思った。彼女とベルトを巻くという夢が私の中ですごく大きくて、今でも夢に出てくるくらい。彼女がやめて、私も本当にプロレスやめようかなと思っていた時に現れたのが、ジュリアだったんです」

(後編に続く>>)

【プロフィール】
■中野たむ(なかの・たむ)
年齢非公開。3月22日、愛知県生まれ。157cm、56kg。3歳からバレエを習い、高校卒業後はミュージカルの専門学校に進学。アイドルユニットでの活動を経て、「アクトレスガールズ」の練習生となる。2016年7月、プロレスデビュー。全日本プロレス、FMWに参戦し、2017年11月、スターダム入団。2020年10月、白川未奈、ウナギ・サヤカとともに「コズミック・エンジェルズ」を結成し、アーティスト・オブ・スターダム王座を奪取。2021年3月3日、日本武道館大会にてワンダー・オブ・スターダム王座を戴冠した。Twitter:@tmtmtmx