中野たむ 厳選フォトギャラリー>>「劣等感がすごいんです。情念で闘っています」と話す中野たむ。バレリーナになる夢を諦め、アイドルとして活躍する夢を諦め、プロレスまでも諦めようとしていた。そんな時に現れたのが、ジュリアという宿命のライバルだっ…

中野たむ 厳選フォトギャラリー>>

「劣等感がすごいんです。情念で闘っています」と話す中野たむ。バレリーナになる夢を諦め、アイドルとして活躍する夢を諦め、プロレスまでも諦めようとしていた。そんな時に現れたのが、ジュリアという宿命のライバルだった――。

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インタビュー中、涙を流して自分の思いを語った中野たむ

 photo by Hayashi Yuba

 中野がジュリアと初めてシングルマッチをしたのは、2020年7月26日。後楽園ホールで行なわれたワンダー・オブ・スターダム王座決定戦だ。ジュリアが持つ"白いベルト"に挑戦したが、レフェリーストップで負けた。初めてシングルで闘ったジュリアに抱いた印象は「めちゃくちゃ気が強いなあ」だった。

「身体能力がものすごく高いわけでもないし、飛んだり跳ねたりっていうのが得意なわけでもない。ただ気の強さとか、情念とかがすごい。ファイトスタイルは私と似ているものがあるのかな。他のことはすべて正反対なんですけど、こんなに我を忘れて張り合える選手っていないかもしれない」

 中野は感情表現が豊かなレスラーだ。怒り、嫉妬、喜び、悲しみ......すべての感情を全身で露わにして闘う。中でもジュリア戦のとき、彼女の顔つきは明らかに違う。「こいつにだけは絶対に負けたくない」という強い思いが伝わってくる。

「なにかにつけて張り合うことが多くて、周りからもライバルって言われる。でもずっとジュリアに先を行かれてて、向こうは女子プロレス大賞なんかも取ったけど、私はなかなか結果を残せていなかった。日に日に劣等感が強くなっていって、それでも周りから比べられることで精神的に追い詰められていきました」

 中野の大切なパートナーである星輝ありさが持っていた白いベルト。2020年5月、星輝が引退して空位になった。その座を争うトーナメントで優勝し、ベルトを巻いたのがジュリアだ。「星輝のベルトを受け継ぐのは私しかいない」と信じていた中野がジュリアを憎らしく思うのは当然のことだった。

 10.3横浜武道館大会で、ジュリアとタイトルマッチで再戦。またしても中野は負けたが、スターダムの歴史に残る名勝負になった。試合後、ジュリアは中野に「地獄から這い上がってきたらまたやろう」と言った。

「地獄から這い上がるって、一体なんだよと思いました。なにをもって這い上がると言うのか? でもやってみなきゃわからないなと思って、ユニットを作ってベルトも取ったけど、それでもいつもなにかが足りない。どうしたらいいんだろうと迷った中で、やっぱりジュリアを倒すことでしか、私は這い上がれないんだなというところに辿り着いたんです」

 今年、2.6新宿FACE大会で、ジュリアは「お前、髪の毛を懸けられるのか?」と"敗者髪切りマッチ"を要求。中野は「あんたとやれるんだったら、なんだって懸けてやる」とこれを受けた。

 スターダムに入団してからずっと、髪を大事に育ててきた。3週間に1回は美容院に行き、カットとカラー、一番高いトリートメントで3万円ほど使う。普段使用しているのも、それぞれ1本1万円のシャンプー、コンディショナー、トリートメント。

「女の子って、髪のキレイさと肌のキレイさで可愛さが決まると思うんです。ちょっと『今日、顔がむくんでるな』っていう時でも、髪の毛ツヤツヤでサラサラだったら5割増しくらい可愛く見える。あとプロレスラーという職業柄、髪の毛を掴まれてぶん投げられたりすることが多くて、すごく痛みやすいんですよね。すぐ切れちゃうし。その分、人より頑張ってお手入れしないとキレイさは保てないので頑張っています」

 そんな大事な髪を懸けようと言われた時、どんな心境だったのだろうか。

「ジュリアとは何回も闘っていて、タイトルマッチでも2回負けたし、全然勝てなくて。10.3横浜武道館以降、紆余曲折しながら頑張ってきたけど、自分の中では結果を残せていなかった。髪の毛を懸けることでジュリアと闘えるんだったら懸けるよって思いました。躊躇はなかったですね」

 3.3日本武道館大会で、その闘いは実現した。「ワンダー・オブ・スターダム選手権試合&敗者髪切りマッチ(時間無制限1本勝負)」――。アイドル時代、夢のまた夢だった日本武道館という大舞台。そのメインイベントで、中野は死闘の末、ベルトを巻いた。

 勝利した瞬間、それまでのさまざまな思いが去来したのだろう。中野は号泣した。すべてを出しきって闘った。ベルトを手に入れた。もう何もいらない。「髪なんて切らなくていい」と泣いて訴えた。しかしジュリアは「恥かかせるなよ」と、中野にバリカンを手渡す。涙が止まらない......。「やっぱり切れない」と、理容師に託した。

 ジュリアの髪が刈られていく間も、涙が止まらなかった。そしてマイクを渡された中野は泣きながらこう言った。

「ズルいよ、オシャレじゃん」

 緊迫した会場の空気が、一気に和んだ。中野たむのこういうところが本当にすばらしい。彼女のこのひと言で、令和の髪切りマッチは悲壮感のない明るい終幕を迎えた。

 入団会見のときに言った「スターダムの頂点に立ちたい」という言葉。シングルのベルトを巻いたということは、頂点に立ったというひとつの指標でもある。それでもまだ「迷いしかない」という。

「私は赤いベルト(ワールド・オブ・スターダム王座)よりも白いベルトのほうがスターダムの最高峰だとずっと思っている。白いベルトを取ることでテッペン取れると思っていたし、それがゴールだと思っていた。でも本当の意味でジュリアを超えるのはこれからだし、今ジュリア色に染まっているこの白いベルトをどうやって"たむ色"に染め上げていくかということのほうが重要だと思う。全然頂点じゃなかったです」

 なぜ、白いベルトが最高峰なのだろうか。

「赤いベルトは技術のベルトで、白いベルトは感情のベルトだと思うんですよ。白いベルトにはいろんな人の情念がこもっているんですよね。歴代のチャンピオンを見ても、感情で闘ったり、いろんなドラマが生まれたりしている。それって女子プロレス特有だと思うんです。女子プロレスにしかないベルトが白いベルトで、だったらスターダムの象徴はこのベルトだと思う」

 女子プロレスの魅力として「女子のほうが感情が出る」ということがよく言われる。中野にとって、女子プロレスの魅力とはなんだろう。

「ジェラシーとか情念とか、細かな感情が女子は出やすい。『この人、本当はこう思ってるんだろうな』みたいなのが、節々に見えるんですよね。そういう裏のドラマが、見ている人の数だけある。選手の数だけ見方がある。今スターダムには25人くらい選手がいるので、25人の主人公がいる映画を観ている感じです」

 25人の主人公がいる映画――。まさにその通りだ。スターダムには様々なバックグラウンドを持った選手が揃っており、その中に必ず観る人にとっての「私」がいる。レスラーと自分を同一視することで、感情移入し、ますます応援したくなる。レスラーを応援することは、すなわち自分を応援することだ。

 中野がプロレスの一番「素敵だな」と思うことは、ファンと一緒に夢を叶えていけることだという。スターダムに参戦してから「たむちゃん、絶対に白いベルト取ってね」と言い続けてくれたファンの夢を、ようやく叶えることができた。夢を叶えたら、またその先の夢ができる。永遠に一緒に夢を叶え続けていくことができる。「だったら私は、永遠に未完成のままでいいのかもしれないという希望が湧いてきた」と目を輝かせる。

 女性ファンが増えてきたことも嬉しい。

「リング上で表現していて、『これ、たぶん女の子だったらわかってくれるんだろうな』と思うことがあるんですよ。女だからこそ生まれる、嫉妬の複雑なニュアンスってあるじゃないですか。それが男性だと『たむ、ジュリアのこと嫌いなんだ』みたいになっちゃう。そうじゃないんだよ!!って。岩谷麻優から独立したときも、私は麻優さんのことすごく好きだったけど独立せざるを得ない状況だったのに、『たむ、麻優を裏切った。悪い奴』みたいに見られちゃったり。そういう複雑な心境を女の子だったらもっとたくさんキャッチしてくれるんだろうなって思います。味方になってほしい」

 筆者がジュリアの名前を出す度に、中野は得も言われぬ悔しそうな表情をした。「嫌い」という単純な感情ではないのも伝わってきた。私は女性ライターとして、女子レスラーのそういった機微を理解したいと思った。彼女たちの味方になりたいと思った。

 女子レスラーを性的な目で見る男性ファンも多いと聞く。嫌だろうなと想像していたが、意外にも「むしろ嬉しい」という。

「『たむちゃんのキワどいところばっかり写真撮ったよ』みたいなことを言う人もいるけど、その人が撮りたいなら撮ってもらっても構わない。自分を必要としてくれてることが嬉しいから、そんなふうに見られることも自己を肯定させてもらっている感じで嬉しいです。嫌なレスラーも結構いると思うけど、私は全然平気。メンヘラのメンタルです。必要としてくれるならなんでもいい、みたいな」

 ファンと支え合って生きている。ファンがいなかったらとっくにやめていた。やる意味もなかった。アイドル時代から応援してくれているファンを武道館に連れて行けたことを、ものすごく誇りに思っているという。

 そんな中野にとって、強さとはなんだろうか。

「弱さを知っていること。私は取り立てて身体能力があるわけでもないし、だれもが振り向く美貌を持っているわけでも......いや、宇宙一かわいいんですけど! けど、小さい頃から夢見ていたバレリーナになることもできなかった。アイドルで売れることもできなかった。自分には何もないと思っていたけど、そういう絶望を味わった人のほうがきっと、もう絶対に負けたくないっていう気持ちで闘える。弱い人の心に寄り添える存在でいたいなって......」

 中野の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「だから......この世界に絶望している人もいるかもしれないけど......そういう人たちの心に届くような......明日、頑張って生きていったら......きっといいことが起こるよって......教えてあげたい......」

 共感が止まらなかった。ずっと迷いながら生きてきて、今もおそらく迷っている。それでも必死に前向きな言葉を発しようとする彼女を見ていたら、私も涙が込み上げてきた。自撮り動画で上目遣いをする彼女も、リング上でボロボロになりながら闘う彼女も、今こうして目の前で泣いている彼女も、「中野たむのすべてが宇宙一かわいい!」と叫びたかった。

 次回の最強レスラーを指名してほしいと言うと、「ジュリアって言いたいところなんですけど、認めたくない」と笑い、岩谷麻優を指名した。これだから女子レスラーの取材は面白い。

「岩谷麻優は、プロレスの天才です。すごく線が細くて、ポンコツだって言われてて、全然芽が出なかった選手なんですけど。負けても負けても最後まで諦めないで、『女子プロレスのアイコン』と言われるまでに上り詰めた。私は岩谷麻優の背中を見て育ったので、彼女が最強だと思っています」

 これまで男子レスラーを中心にインタビューをしてきたが、男性が相手だとどうしても構えてしまう。何度も失敗を繰り返し、取材恐怖症になった。前日は一睡もできず、取材直前にトイレに駆け込み、嘔吐したことが何度もある。それが取材相手と笑い合い、一緒に涙を流す日が来るとは......。

 私は確かな手応えを感じていた。

(岩谷麻優インタビューにつづく)

【プロフィール】
■中野たむ(なかの・たむ)
年齢非公開。3月22日、愛知県生まれ。157cm、56kg。3歳からバレエを習い、高校卒業後はミュージカルの専門学校に進学。アイドルユニットでの活動を経て、「アクトレスガールズ」の練習生となる。2016年7月、プロレスデビュー。全日本プロレス、FMWに参戦し、2017年11月、スターダム入団。2020年10月、白川未奈、ウナギ・サヤカとともに「コズミック・エンジェルズ」を結成し、アーティスト・オブ・スターダム王座を奪取。2021年3月3日、日本武道館大会にてワンダー・オブ・スターダム王座を戴冠した。Twitter:@tmtmtmx