フリー後半では「正直、何が成長したっていうのはないです」 リモート会見に出てきた宇野昌磨は、きっぱりと言った。2シーズンにわたって使った『Dancing On My Own』でのフリースケーティングについて、その変化・成長を問われた後だ。「…



フリー後半では

「正直、何が成長したっていうのはないです」

 リモート会見に出てきた宇野昌磨は、きっぱりと言った。2シーズンにわたって使った『Dancing On My Own』でのフリースケーティングについて、その変化・成長を問われた後だ。

「この2年間、本当にたくさんのことがあって......。"今できることをやればいいんだ"っていう(ところに到達して)自分自身に満足しているというか。成長を実感するよりも、まずはそれに気づけたのが大きいです。(昨年末の)全日本選手権では"もっと成長しないと足りない"と感じたのも事実ですが」

 この2シーズン、宇野は深刻なスランプを経験し、克服した。2019年の世界選手権にケガを押して出場した後、コーチと拠点を変更予定だったが、うまくいかなかった。19--20シーズン、前半戦はコーチ不在の"ツケ"を払うように、苦戦を重ねた。その中でステファン・ランビエルコーチとの出会いがあり、全日本選手権では劇的な逆転優勝を果たしたのだ。

 そしてコロナ禍で思いどおりいかなかったシーズン、2試合のみでは成長を云々するのに十分ではないだろう。

「成長したい、っていう気持ちが出てきたのが大事」

 宇野の言葉だ。

 3月27日、世界フィギュアスケート選手権の男子シングルフリー。リンクに入った宇野の表情は、6位と低迷したショートプログラム(SP)のときと少し変わっていた。顔つきが柔らかいだけでなく、闘争心がにじむ。逆境に起死回生を期して演技に挑むとき、彼は自然に熱気をまとえる。2シーズンにわたって、フリーで順位を上げる機会が多かったのは偶然ではない。

「宇野昌磨の生き方はこうなんだ、っていう姿を見せたい」

 宇野はそう語っていたことがある。それは言葉で表現することではない。リンクに立つだけで、彼は生きざまを見せられるのだ。

 前半、宇野はジャンプに苦しむ。冒頭の4回転サルコウは着氷が乱れる。2本目の4回転フリップは高いGOE(出来ばえ点)をつけたが、3本目の4回転トーループはよろめき、トリプルアクセルはどうにか堪える形だった。渾身で挑んではいたはずだが、どこかに余力も残していた。それは基礎点が1.1倍になる後半に、怒涛のコンビネーションで挑む序章だったのかもしれない。

 フライングキャメルスピンでレベル4を取った後だ。

 宇野は曲の盛り上がりとともに、全身に力をみなぎらせる。そして4回転トーループ+2回転トーループを完璧に降りると、3回転サルコウ+3回転トーループも成功。前髪が揺れ、頬が赤く染まり、目が決意に満ちる。トリプルアクセル+シングルオイラー+3回転フリップは、16.32点を荒稼ぎした。苛烈な反撃を彩るように、レベル4のステップシークエンス、美しいコレオ、レベル4の足換えコンビスピンと完璧なフィナーレだった。

 フリーは184.82点を叩き出し、3位に入っている。

「決してよい演技ではなかったですけど、この調子でいけるベストだったかなと思います」

 宇野は高い声でそう言っている。

「(拠点である)スイスで練習していたときよりも、(現地に入って)ジャンプの調子が全然よくなくて。調整が問題だったわけですが、何がっていうよりも、自分自身の問題で。どんな理由であれ、すべては自分なので。正直に言うと、明確な理由がわからないんですが」

 総合では277.44点で4位と、表彰台はあと一歩で逃した。しかし、逆転を狙った後半の演技は心を揺さぶるものがあった。ランビエルコーチがリンクサイドで狂喜していたように、無性に人を熱くさせる輝きがあるのだ。

 演技後、宇野はランビエルのほうに視線を投げ、納得したように右こぶしを軽く握っている。

「(ランビエルがコーチになって)氷の上での練習内容は、今までとそれほど変わりなくて。変わったのは氷以外、オフアイスのトレーニングをやるようになったことかもしれません。でも、ステファンが何か特別にやったかというよりは、スケートを楽しくやらせてもらえるようになったというか。もともと楽しんでいましたが、よりスケートに楽しさを感じられるようになりました」

 そう語る宇野は、成長のとば口にいるのだろう。今は劇的に何かが変わったわけではない。成績も一進一退だ。

 しかし滑ることを楽しむ境地に達した彼は、この日のフリーのように乾坤一擲の戦いも自在にできるはずで、この繰り返しの中、変身を遂げるのだろう。あくまで一戦一戦を大事に。来年の北京五輪に向け、周りは過熱するはずだが、彼は遠くを見ていなかった。

「オリンピックは大事ですけど、オリンピックに向けて、というのはなくて。ひねくれた答えになってしまうかもしれませんが、僕はまだ出場選手に選ばれているわけでもない。まずは選ばれる(演技をする)。それが課題です」

 平昌五輪の銀メダリストは、日々のスケートに命を燃やす。大会後は、ひとまず日本に帰る予定だ。