ミスのない演技でSPを首位発信した羽生結弦 3月25日、世界フギュアスケート選手権の男子ショートプログラム(SP)で、3連覇を狙うネイサン・チェン(アメリカ)を抑え、羽生結弦が首位発進した。羽生は昨年12月の全日本選手権後に大技のクワッドア…



ミスのない演技でSPを首位発信した羽生結弦

 3月25日、世界フギュアスケート選手権の男子ショートプログラム(SP)で、3連覇を狙うネイサン・チェン(アメリカ)を抑え、羽生結弦が首位発進した。羽生は昨年12月の全日本選手権後に大技のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)の練習に取り組み、世界選手権のフリーで入れることを検討していたという。

 しかし、大会のギリギリまで粘ったものの、出発の数日前に断念。そうした経緯のなかで、今大会には勝ち負けを過剰に意識することなく、「納得できる演技をするだけ」というフラットな気持ちで臨めたのだろう。その様子は、初日の公式練習後の表情からも、ヒシヒシとうかがわれた。

 スウェーデン・ストックホルム到着後、落ち着いた雰囲気を見せていた羽生。SP当日の公式練習の曲かけでは、4回転トーループが少し前につんのめる着氷になり、3回転トーループをつけていた。前日の曲かけ練習でも、やや力を使うジャンプと感じさせ、感覚を完璧にはつかみ切れていないように見えた。

 本番前の6分間練習でも落ち着きは変わらなかった。気負わず、冷静に、淡々とやるべきことをこなす。それでも、演技のスタートポジションに立って滑りだしたときには、体に少しだけ硬さがある印象だった。

 羽生はSP曲『レット・ミー・エンターテイン・ユー』について「こういう時代だからこそ、みなさんに楽しんでもらえるものを、と思って選んだ」と説明する。ロックの音を感じながら、曲が持つエナジーを身体全体にいきわたらせて表現したい、と。



リラックスした気持ちでSPに臨めたという羽生結弦

「今回は(無観客開催で)お客さんがいなくてコネクトするのは難しいですが、一つひとつの振り付けにもお客さんにつながるようなものが多い。このプログラムの魅力だと思います」

 羽生はそう語った。その思いを、観客席にはいない、テレビ越し、インターネット越しの人たちに感じ取ってもらうために、何ひとつ欠けない流れのある演技にしなければならない。それが、羽生が世界選手権に来た意味だった。

 心の中にある思いの強さが、羽生を緊張させた部分もあっただろう。だが、その硬さも最初の4回転サルコウを決めた後にはほぐれ始め、次の4回転トーループ+3回転トーループをきれいに着氷。後半のトリプルアクセルも3.54点の加点を取る、大きさがあるジャンプにした。

 全日本選手権で0点と判定された足替えフットシットスピンも丁寧にこなしてレベル4。ステップシークエンスはキレとメリハリのある滑りで、最後はコンビネーションスピンで締めくくった。ノーミスの演技に、羽生は気持ちを押さえながらも、納得の表情を見せた。

「全日本よりリラックスしているところもあり、逆に緊張しているところもありました。もっとよくできたところは多々あると思うけど、演技内容自体は満足しているし、今日は今日で出し切れました」

 そう自己評価した演技の得点は106.98点と、周囲の期待ほどには伸びなかったと言えるだろう。

 技術点は自己最高の111.82点を出した2020年の四大陸選手権と比べれば低かった。4.43点と4.21点のGOE(出来ばえ)加点を得た4回転サルコウと4回転トーループ+3回転トーループは、今回は2.22点と2.99点。特に4回転サルコウは加点も2点と3点がほとんどで、2名のジャッジは0点をつけた。いつもより氷片を多く巻き上げる着氷になったことが、その評価につながったのかもしれない。コロナ禍でコーチがいないひとりだけの練習で作り上げたプログラムであり、試合で演じるのはまだ2回目。完成度を高め切れていないという事情もある。

 羽生の3人後に滑るネイサン・チェン(アメリカ)は、1月の全米選手権では非公認ながらSPで113.92点を出していた。彼が110点近くを出してくる可能性は高く、リードされる可能性はあった。

 だが、チェンは最初の4回転ルッツの回転が4分の1足りず、転倒するスタート。その後もスピードに乗らない滑りが目立ち、トリプルアクセルは決めたものの、フライングシットスピンでは途中でよろけるいつもにはないミスもあった。演技後半で4回転トーループ+3回転トーループを、基礎点が1.65点高いフリップ+トーループに変えて成功させたものの、結果は、初の100点台に乗せた鍵山優真にも及ばない98.85点の3位にとどまった。

 羽生は18年平昌五輪後の世界選手権とグランプリファイナルでの2回の戦いで、チェンに敗れた。ともに羽生にSPでは勝利を意識する気負いが見え、空回りする形でミスをして大差をつけられる展開だった。だが、今回は8.13点差をつけて27日のフリーに臨むことになる。

 チェンが大会開幕時に提出したフリーのジャンプ構成は、4回転はフリップとサルコウ、トーループ2本の4本だった。だが追いかける立場になった今、本番ではルッツを入れて4回転4種類5本の構成にして巻き返しを狙ってくる可能性が高い。

 羽生はフリーへ向けて、気負う様子もなくこう語った。

「フリーでも表現したいことや自分が目指している演技を、ひとつ残らずここに置いていけたらなと思っています。全日本のときより精神的にも安定しているので、一つひとつを丁寧にして......。曲自体、またはプログラム自体から感じる背景だったり、皆さんのなかに残っている記憶だったり思い出だったりを、少しでも想起できるようなプログラムになったらいいと思います」

 勝負を意識しすぎることなく、ありのままの力で滑り切りたいという思いを強くする羽生。フリーでどんな演技を披露してくれるのか、期待がふくらむ。