現在はFIFAの役職に就き、サッカーの普及に務めているアーセン・ベンゲル 2017-18シーズンをもって監督職から退いた…

現在はFIFAの役職に就き、サッカーの普及に務めているアーセン・ベンゲル
2017-18シーズンをもって監督職から退いたアーセン・ベンゲル。かつてJリーグの名古屋グランパスエイトでも指揮を執り、その後、アーセナルで22年の長きにわたってチームを率い、常勝軍団を作り上げてきた。
71歳になったベンゲルが、この度日本で自伝『赤と白 わが人生』を出版することとなり、オンラインで話を聞く機会があった。その中で今になったからこそ語れるエピソードの数々を披露してくれた。
1995年、ベンゲルが名古屋の監督に就任した当時、チームは下位に低迷していた。彼はその状況から脱するために、選手に対していくつかの意識付けを行なった。
「名古屋での最大のチャレンジは、チームに自信を植えつけることでした。選手もチームも、とても低いレベルにありましたが、彼らには質の高い選手になり、チームとして形作っていく力があるとわかっていたので、それを引き出すことが私のチャレンジでした。そしてピッチで自分たちが主導権を握る勇気をもたせること。この2つが名古屋で一番苦労したことですね」
ベンゲルのこれらのチャレンジに応えるように、選手たちは躍動。ストイコビッチ、デュリックス、トーレスら外国籍選手はもちろん、大岩剛、平野孝、中西哲生、岡山哲也、浅野哲也ら日本人選手も見違えるようなプレーを見せ、順位はみるみる上昇。サントリーシリーズ(前期リーグ)で4位となり、続くニコスシリーズ(後期リーグ)では2位に躍進。天皇杯では優勝を手にした。
ベンゲルはその翌年の1996年からアーセナルの指揮官に就任すると、ここでも質の高いサッカーを披露。就任翌年の1997-98シーズンにはリーグ優勝を果たすと、そこからチームは常に優勝争いを演じるようになった。ベンゲル監督時に才能が開花したのが、セスク・ファブレガス(スペイン代表)とティエリ・アンリ(フランス代表)だ。彼らにはこう声をかけたという。
「セスクには『自分を信じてプレーしろ。お前の才能を開花させてやる。ピッチ上では個性を出すことを怖れるな』と伝えました。アンリについては自分の力以上のものを引き出さなければいけないと思っていました。すでにスターだった彼に『寝ている場合じゃない』と伝え、より強くなるよう彼をうながしました」
U-17スペイン代表の主軸だったセスクは、ベンゲルに見初められてバルセロナからアーセナルに移籍すると、さらに成長が加速。瞬く間にチームをけん引する存在となり、2008年には21歳にしてキャプテンに。スペイン代表としても欠かせない選手となった。
イタリアのトップクラブでベンチに追いやられていたアンリは、ベンゲルの下でウインガーからセンターフォワードへコンバートされると、得点力が開花。在籍8シーズン中4度得点王に輝き、フランス代表としても確固たる地位を築いた。
アーセナルで監督を行ないつつも、日本のサッカーも常にウォッチし続けてきたベンゲル。日本代表の選手たちについてはこんな感想を持っている。
「強豪国にはひとりふたりとスタープレーヤーがいて、難しい状況を打開できます。フランスにはジダンが、ブラジルにはロナウドがいました。スペシャルな選手は状況を変える力があります。過去10年間、日本にも優秀な選手はたくさんいましたが、ヨーロッパでスターになれるレベルではありませんでした」
少々辛口にも聞こえるが、かつて日本の地で戦い、日本を愛しているからこそ、リップサービスではなく、本音を語ってくれたのだろう。さらにサッカーにおける日本人の強みと弱みについても明確に分析している。
「日本の文化はチームスポーツにおいて強みでもあり、弱みでもある。強みは、チームのために戦えること、お互いを助け合えること。弱みは、失敗を恐れること。失敗恐怖症です。プレッシャーのある状況で主導権を握りたければ、失敗を恐れてはいけません。海外にいけばよりわかりやすいと思います。ときに自分が周囲のレベルについていけないと感じることもあるでしょう。海外は特別なトレーニングや教育がなされているわけではありません。それでも彼らは世界で戦えるわけです。それは失敗を恐れないからです」
監督の立場でさまざまな国籍の選手たちと密にコミュニケーションをとってきたからこそ、日本人の課題がはっきりと見えているのだろう。こうした指摘はまさにベンゲルならでは。さまざまな課題を見つけて解決し、数々の実績を残してきたベンゲルだが、そんな彼の人生訓が周囲への問いかけからも垣間見える。
「かつての教え子、もう60歳ぐらいでしょうか。いまでも会うことがあるんですが、いつも2つのことを聞くようにしています。一つ目は『自分ができることをやりきったか』と。9割が『全力を尽くすべきだった。でもできなかった』と答えます。2つ目の質問は、『私は何か見落としてはいなかったか。あなたたちの能力を最大限引き出すことができたか』と尋ねます。私自身も、もっとできることがあったと反省しているのです」
監督時代、暴言を吐くことなく、勝負に対してフェアであり、真摯にサッカーと向き合っていたベンゲル。世界的名声を手にし、歴史に残る名将となった今でも彼は自分と向き合い、常に成長しようとする姿勢を失っていない。
【Profile】
アーセン・ベンゲル
1949年10月22日生まれ、フランス出身。84年にナンシー(フランス)で指導者のキャリアをスタートさせると、モナコ(フランス)時代には国内リーグのタイトルを獲得。95年から率いた名古屋グランパスエイトでは、天皇杯のタイトルを手にした。96年からはプレミアリーグのアーセナルを指揮。在籍22年間で、リーグ優勝を3度達成するなど輝かしい実績を残し、2017-18シーズンをもって引退した。