2020年、本来なら東京五輪が開催され、日本を中心に世界が熱狂の渦に包まれていた…。
しかし、新型コロナウイルス感染拡大により、開催は1年の延期。ほとんどの選手が4年前からピークを合わせていただけに世界中で路頭に迷うアスリートも急増した。喪失感、悲しみ、絶望などのやるせない思いをぶつける場所もなく、引退する選手も現れ、国内でも多くの代表候補たちが逆境に立たされた。

スポーツ界がネガティブな雰囲気に陥っていたが、内村は違った。「(昨年開催だと)たぶん出場できていなかったので、すごくいい準備期間をもらった」。これまで、想像もできないほど大きな期待と重圧を背負いながら勝ち続けた内村だったが、リオ五輪後は不調で苦しんだ。オリンピックイヤー前年(当時)の19年は日本選手権で予選落ちし、12年ぶりに代表落ちを経験。肩の状態が良くなかったのもあり、「自分の気持ちを五輪に向けられなかった」と振り返る。

だからこそ、延期となった昨年を準備期間に充てられることができ、「自分の気持ちや、肩の状態を良い状態で上げていけたのかなと思う」と話す。調整は順調に進み、昨年12月の全日本選手権では鉄棒で世界最高得点をマーク。金メダル級の演技で“完全復活”を果たした。
準備期間の中では、周りの手厚いサポートを改めて実感した。「東京に向けてしっかりとやっていかなければならないという気持ちを奮い立たせてくれた」と、二人三脚で歩む佐藤寛朗コーチや、気持ちをリフレッシュさせてくれる家族の存在などが鉄棒の結果にもつながったという。

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内村にとって五輪とは「自分を成長させてくれる場所」。これまでに、北京、ロンドン、リオと3大会連続で五輪に出場し、全ての大会でメダルを獲得。個人総合では2大会連続金メダルの偉業を成し遂げたが、「結果を残す中で、人としての考え方や立ち振る舞いを伝えていかなければならない」と強調し、金メダルに輝いたからこそ、「おごらず、国を背負っているひとりの人間としてアスリートとしての姿を見せる場所でもある」と持論を展開した。

昨年11月には、東京五輪の開催を訴え、大きな注目を集めた。「僕たち選手はあくまでも五輪を開いてもらう側なので、何かを言ったところで開かれる保証はないが、やってほしいという意見は絶対に言わなきゃいけないと思った」と内村。コロナ禍だからこそ“新しい”五輪が開催できると思うので「こういった事態を変えていけるきっかけとなる一大イベントになってほしい」と願いを込めた。

小学生の頃に、応援していた憧れの塚原直也さんが現役生活にピリオドを打ったのは39歳。そこまで現役を続けられるかは分からないが、「子どもたちも今の僕たちを見ているのかなと思うとしっかりしなきゃなと思います」と気を引き締める。
32歳で迎える集大成のシーズン。50万人が集ったリオ五輪後の銀座のパレードとまではいかないが、新たな形で開かれる“凱旋パレード”でファンに恩返しをするためにも、「感動を届けたい」。

内村の演技が“名実況”とともに何十年後も語り継がれる、そんな伝説のフィナーレを飾る瞬間を共に見守ろう。

〜内村選手のこだわりは技の分析〜
一つの技に対して様々な角度から分析しているというのは誰にも負けていないと思います。ビデオなどを使って日々分析を続けています。通常の技の出し方とは違った角度からも見ているので、常に固定観念にとらわれず自分の感覚や新しい見方に重きを置いて技に取り組んでいます。

〜拝啓ファンの皆様へ〜
いま世界中が困難な状況になっている中、五輪が開催されるのかは未だに不透明なままですけれど、もし開催されるのであれば僕たちも応援されている身として最高のパフォーマンスで恩返しをしたいと思っております。
こういった状況下でアスリートに対して応援をしてくれというのはおこがましいかもしれませんが、皆さんに応援してもらいたいです。五輪に向けて準備はできているので、僕たちアスリートを信じて待っていて下さい。