異能がサッカーを面白くする(10)~一番「うまい」選手編(1)から読む>> 弾力性に富むネコのような動きをするロマーリオ…
異能がサッカーを面白くする(10)~一番「うまい」選手編
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弾力性に富むネコのような動きをするロマーリオ、クネクネした動きが特徴的だったヌワンコ・カヌ、関節の可動域が広く、体勢に無理が利くズラタン・イブラヒモビッチ(ミラン)......。ひと言でいえば、超人的な動きをする選手たちとなるが、もう少し言うならば、どんなに努力しても真似できそうもないプレーヤーだ。
うまい選手は、このように、いくら努力しても絶対に無理だと言いたくなる選手と、頑張れば真似できそうな(実際にはそうでなくても)親近感を抱かせる選手とに大別される。
頑張れば真似できるかも。そんな、サッカー少年に夢を抱かせる選手の代表格は、アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)だろう。バルセロナとスペイン代表で、ほぼ同じ時期に活躍したシャビ・エルナンデス、セスク・ファブレガス(モナコ)らも同様だ。日本のファンにとっては、体格的にも親近感を抱かせるプレーヤーたちだ。さらにはバレンシアやマンチェスター・シティで活躍したダビド・シルバ(レアル・ソシエダ)、バルサとポルトガル代表で活躍したデコ、一昨年のバロンドール受賞者ルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)も、この仲間に入ってくる。小柄なゲームメーカーだ。
その一段下で構える選手、セルヒオ・ブスケッツ(バルセロナ)、かつてのジョゼップ・グアルディオラやシャビ・アロンソも、この仲間に加えることができるが、マウロ・シウバは難しい。以前にこの連載でも紹介した(『「ぬりかべ」が襲ってくる。ブラジルサッカー史上最高級ボランチの特殊能力』)、デポルティーボ・ラ・コルーニャで活躍した元ブラジル代表の名ボランチだ。『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するキャラクターの「ぬりかべ」よろしく、相手の前にヌッと現れ、壁のように立ちはだかり、身体を密着させてボールを奪う。まさに人間離れした才能を備えた選手だった。

アトレティコ・マドリードやデポルティーボ・ラ・コルーニャで活躍、2016年に現役を引退したフアン・カルロス・バレロン
しかし、チャンピオンズリーグ(CL)で快進撃を続けた当時のデポルティーボには、マウロ・シウバの他にもうひとり、特殊能力を備えた選手がいた。親近感を抱きにくい、非イニエスタ系と言うべき希代のテクニシャンだ。
フアン・カルロス・バレロン。「デポルのジダン」とは、その異名になるが、こちらの目には、ジダンよりはるかに特殊な存在に見えた。186センチの長身ながら細身。いかにも線の細い選手だった。
プレーはその分だけ繊細で、いまにも壊れそうなシルエットから紡ぎ出される技巧は、サッカー界における特別天然記念物、あるいは絶滅危惧種と言いたくなるほど、哀愁漂う圧倒的な異彩を放っていた。
バレロン見たさ。これは、筆者が日本から見て欧州大陸の最も外れに位置するスペインはガリシア地方の港町、ラ・コルーニャに足繁く通った大きな動機のひとつになっていた。
バレロンがデポルティーボにやってきたのは2000-01シーズン。ハビエル・イルレタ監督のもとで、デポルティーボがスペインリーグを初めて制した翌シーズンだった。「ミスター4-2-3-1」とは、イルレタ監督の異名だが、当時はその4-2-3-1という布陣が誕生して間もない頃で、そこで1トップ下としてプレーしたバレロンは、まさに1トップ下の走り、先駆者だった。
その後、4-2-3-1が流行るほど、1トップ下はタイプを増やしていった。FW的要素が強い1トップ下もいれば、MF的要素が強い1トップ下もいる。バレロンのタイプはといえば、典型的な後者。ひと言でいうなら視野の広い典型的なパッサーとなる。
とはいえ、イニエスタを代表とする小兵のMFとは違い、バレロンにはゴールに背を向けてプレーできる強みがあった。ポストプレーが抜群に巧かったのだ。ボールを懐深くに隠しながら、人混みをすり抜けていく動きだ。
日本人選手で似たタイプを探すなら大迫勇也(ブレーメン)、さらには鎌田大地(フランクフルト)になるが、低身長国である日本には、潜在的に存在しにくいタイプだ。
ふと、氷上でエッジの効いたステップを披露する長身のフィギュアスケーターを想起させる。立ち足をコンパスの支点のように用いて、身体を回転させるようにターンする。フィギュアのスケート靴には、ブレードの先端部分にギザギザのエッジが刻み込まれているが、バレロンのサッカーシューズにも、エッジが付随しているのではないかと疑いたくなるほど、そのステップにはキレがあった。
記憶に残るプレーを挙げるならば、2002-03シーズンのCLグループリーグ初戦のワンシーンだ。ミュンヘン五輪スタジアムで行なわれたバイエルン戦。アウェーのデポルティーボが、ロイ・マカーイのハットトリックでバイエルンを3-2で下した一戦だが、光ったのは、その先制点の場面で、バレロンがマカーイに送ったスルーパス然とした縦パスだ。
それはノールックパスを彷彿とさせる、バイエルンにとって想定外のラストパスだった。まさにエッジを効かせた足の操作で、ギュッと角度を変え、バックラインの背後に浮き球でふわりと落とした絶品の球質。フィギアスケーターが何の前触れもなくジャンプを飛んだような、サッカーがまさにアートと化した瞬間だった。
バレロンは、言ってみればファンタジスタだ。背番号こそ21だが、典型的な10番タイプだ。しかし司令塔ではない。全軍を鼓舞するリーダー的な要素は持ち合わせていない。気合いを前面に出すファイターでもない。ひたすら飄々とプレーする職人気質のプレーヤーだ。抜群にうまいけれど華はない。
ふたつのバランスが不均衡な選手。そうした意味ではイニエスタ的とも言えるが、こう言ってはなんだが、イニエスタが世界的に超有名な選手であるのに対し、バレロンは少なくとも日本では知る人ぞ知る名手にとどまる。判官贔屓したくなる気持ちをくすぐられるのは、断然バレロンだ。
スペイン代表歴はあるが、スタメンを常時、飾っていたわけでもない。同じポジションに、ラウル・ゴンサレスがいたこととそれは深く関係する。お互い甲乙付けがたい才能の持ち主とすれば、スペインでは、レアル・マドリード所属の看板選手が優先される。ならばと、1列下がって守備的MFとしてプレーすることもあったが、ここにもグアルディオラ、シャビ、シャビ・アロンソなど力学的に上位となる選手がひしめいていて、バレロンはあぶれることになった。
だが、バレロンがそこで何かを言い出すことはなかった。控え目で地味な態度をひたすら貫いた。
名誉欲ゼロ。それは実際に会ってみるとよくわかった。服装に威圧感がなかった。サッカー選手は、ブランド服に身を包んでいるのが常だが、バレロンは超普段着。近所のお兄さんがフラッとコンビニを訪れたような出で立ちで、喋りもビックリするぐらい控え目だった。
そのプレーを讃えれば、ただでさえ細い目をさらに垂れるように細め、高くて細い優しそうな声を、目一杯照れながら、絞り出すのだった。
「バレロン、バレロン、バレ、バレ、ロン~」
サポーター席から聞こえてきた、笑ってしまうぐらい平凡な応援歌が、いまだ耳から離れない。イニエスタより地味ながら、イニエスタより繊細。個人的にはイニエスタより上だと思う。現役時代のプレーをもう一度見たい元選手は多数いるが、バレロンはその最右翼。一番うまい選手だったのではないか、とは筆者の感想だ。