■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリート…
■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリートの魅力や意外な一面などを伝えてくれるこの連載。今回のテーマは、プロ野球・ソフトバンクホークスの甲斐拓也捕手。昨年2月に亡くなった野村克也さんの南海ホークス時代の背番号「19」を引き継ぎ、チームの「扇の要」として4年連続日本一を達成した甲斐選手。今も心の支えになっている恩師の教えとは。

ソフトバンク甲斐拓也捕手にインタビューした上村彩子アナウンサー
野村克也さんが亡くなってから1年となる2月11日に、『S☆1』で甲斐選手にインタビューをしました。
野村さんと甲斐選手の初対面は2017年。甲斐選手が球場で野村さんに挨拶したのがきっかけでした。当時ソフトバンクの1軍ヘッドコーチだった達川(光男)さんが甲斐選手を「こいつ、(野村)監督の本をめちゃくちゃ読んでいるんですよ」と、紹介したのだそうです。
おふたりともキャッチャーでポジションが同じというだけでなく、母子家庭で育ったことや、育成選手からはい上がってきたところといった甲斐選手の境遇が自分と似ていると知った野村さんは、それから甲斐選手のことを気にかけるようになっていきました。
甲斐選手がいまも大切にしている野村さんからもらった言葉。それは、「功は人に譲れ」。『S☆1』でおふたりが対談した際に野村さんが伝えた言葉なのですが、「自分がピッチャーを、チームを、支えられる存在でいたい」と、甲斐選手はキャッチャーとしてこの言葉を心に刻んでプレーしているそうです。
昨シーズン、ソフトバンクはリーグ優勝や日本一を達成しましたが、実は甲斐選手自身は苦しんだ時期がありました。夏にはスタメンから外れることもあって、「悔しい思いも味わったシーズンだった」と。
調子が悪いときには、ファンからの厳しい言葉や、時には心ない非難もあったといいます。いろいろな方向から、聞くのが辛い声が耳に入ってきたとき、野村さんの言葉が心を支えてくれたと語ってくれました。

対談時の野村克也さんと甲斐拓也捕手(2018年)
野村さんが著書の中で書かれていた「無視、称賛、非難」という言葉があります。この3段階で人は成長していくという意味の言葉で、監督の人材育成として、まだ未熟な選手は「無視」して這い上がってくるのを待つ。徐々に力をつけて伸びてきた選手は「称賛」してさらに成長を促す。そして、主力となったトップレベルの選手には「非難」することで天狗にならないように戒め、チームの中心としての責任感を自覚させる。
つまり、3段階のうち非難されるのは実力を認められている証拠で、ファンから厳しいことを言われるのは、期待されているからこそ。そのことを甲斐選手は、野村さんの著書を何回も読みこんで知っていたのです。「自分でこの言葉を言うのはおこがましい」と甲斐選手は言っていましたが、一流の選手が通るべき試練だと、この言葉があったからこそ辛い時期に踏ん張れたのではないでしょうか。
私自身、幸運にも番組の「ぼやき解説」企画で野村さんと一緒に数多くの試合をテレビ観戦することができたのですが、ある時、野村さんが捕手についてこんな話をしてくださったことも印象に残っています。「キャッチャーのナイスプレーは目立たない。頭脳プレーが多いから、理解されにくいポジションだ」。それでも一球一球に指示を出しているのはキャッチャーで、チームの「脚本家」「もうひとりの監督だ」と、キャッチャーというポジションの重要性を教えていただきました。
その重要な「扇の要」として、甲斐選手は昨年のソフトバンク対巨人の日本シリーズの4戦すべてでマスクを被って投手陣を引っ張り、打っては2本塁打を放って攻守に活躍。まさに「影のMVP」だったと思います。野村さんがこの試合をご覧になっていたら、絶対に甲斐選手をほめていたはずです。背番号「19」をつけた甲斐選手の活躍を、野村さんに見てほしかったと思いました。
『S☆1』で最初におふたりの対談を行なったのは2018年のシーズン前でした。野村さんは、野球に真摯に取り組む甲斐選手の姿勢に「これはソフトバンクの天下が続くな」とおっしゃっていたことをよく覚えています。
その対談で、2017年のソフトバンクが日本一になった日本シリーズのことを質問されると、甲斐選手が「良かったことより後悔することのほうを覚えています」と、ある一球のことを話しました。ヤフオクドームでの第二戦の6回、森投手がDeNAの宮崎選手にホームランを打たれた時、甲斐選手はインコースへの真っ直ぐを選択しました。前の試合からの繋がりを考えての選択だったのだそうですが、「アウトコースに行けばよかった」と振り返ったのです。克明に覚えて反省している甲斐選手に対して野村さんは、「その悔しい思い、辛い経験がキャッチャーのエネルギーだ」と、甲斐選手の性格や考え方についても賞賛していました。2回目の対談をした時も、野村さんは甲斐選手のことをベタぼめ。本当に好きな選手だったんだと感じます。
野村さんからさまざまな技術や考え方、キャッチャーとしての極意を授けてもらった甲斐選手は今、後輩キャッチャーへのアドバイスも積極的にしています。キャンプ入り前の自主トレでは、2年目の海野隆司選手にキャッチングからスローイングに移行するときの足の捌き方を熱心に指導していました。これは野村さんも太鼓判を押していた技術です。
「僕はただ伝えただけで、教えるなんてものではないないですよ」と甲斐選手は謙遜していましたが、自分が時間をかけて苦労して身につけた技術をライバルでもある後輩に惜しみなく伝えるのは、なかなかできることではないと思います。
まもなく開幕する今季、甲斐選手は楽天に8年ぶりに復帰した田中将大投手との対戦も楽しみにしていました。田中選手がニューヨーク・ヤンキースに移籍する前に日本でプレーしていたとき、当時甲斐選手はまだ育成選手。田中選手は「テレビのなかの人だった」そうです。そして今、日本一のソフトバンクの主力となった甲斐選手。野村さんは天国からどんなことを言いながら二人の対戦を見守るのかなとついつい想像してしまいます。
また、東京五輪が開催されることになれば、侍ジャパンのメンバーとして田中選手と甲斐選手がバッテリーを組む可能性も十分あると思います。甲斐選手の活躍はもちろん、今年も見どころは盛りだくさん。開幕が待ち遠しいです!

■プロフィール 上村彩子(かみむら・さえこ)1992年10月4日 千葉県生まれ
【担当番組】『S☆1』土/24:30〜 日/24:00〜 『SUPER SOCCER』日/24:50〜