難しい環境下での中国でのサクセスストーリーを現地から届けてもらう連載企画『足球日記』。中国の地で奮闘する、日本と中国の血…

難しい環境下での中国でのサクセスストーリーを現地から届けてもらう連載企画『足球日記』。中国の地で奮闘する、日本と中国の血を引く男・夏達龍(なつたつりゅう)が現地の情報をお届けする。

第5回目は、一度やめた僕がプロになれた理由をご紹介します。

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今回はプロサッカー選手を目指す人が必ず通る“最後の選択”の時について僕の経験を元に記事にしてみました。プロを目指す選手にとって今、もしくは今後必ずくる“選択”の時にこういうパターンも少なからずあるということを知ってもらえれば嬉しいです。

◆“最後の選択”とは

僕がここで伝えたい“選択”とはプロを目指すことをやめる、もしくは続けてプロを目指すかの選択です。日本でサッカーをしていればおそらく中学・高校・大学の最後の大会が終わる頃に来ることが多いと思います。もちろんいろいろな経験を重ねた結果途中で諦めてしまう選手も多くいると思います。

◆ごく普通のキャリア。いや、それ以下かもしれない

僕は高校最後の大会、県予選で敗退し引退が決まった瞬間、今まで目指してきたプロサッカー選手になることを諦める“選択”をしました。試合終了のホイッスルが鳴った時僕はベンチ横でアップをしていました。涙が溢れ出ました。正確には交代枠を使い切った時点で泣きはじめました。

単に試合に負けたからではなく、最後の最後ピッチ上に居られなかった自分に対してただただ悔しくて。ほぼ毎日居残りで練習をしていた自分自身に申し訳ないとすら思いました。

振り返ってみれば中学最後の試合も出られなかったな。そんな自分が今プロとして生活できているのは不思議だと思われるでしょう。自分でもそう思います。でもここには何か理由があり、それを言語化して発信することで今プロを目指している選手・諦めるか悩んでいる選手に対して少しでも勇気を与えることが、僕が今プロであり続ける一つの使命(大袈裟ですが)だと思っています。

なぜならスーパーな選手やいわゆるエリートと呼ばれるキャリアを持つ選手が続々とプロになるこの業界、その影で計り知れない数の選手が夢破れ、涙する。そんなノンキャリア組の選手のうちの1人だった僕だからこそ伝えたいことがあります。

◆サッカーが趣味になった

高校卒業後、中国へ渡った僕は週一で社会人サッカーに参加していました。最初はサッカーを趣味でやることに少し抵抗がありましたがすぐに慣れました。なぜなら何のプレッシャーもない状況でやるサッカーがこんなに面白いものかと気付かされたからです。

ミスしても、少し守備をサボっても何も言われない。好きなようにただ自分がしたいサッカーをする。シンプルでしかなかった。不思議と自分でもこんなにサッカーうまかったっけ?なんて思えるプレーができました笑。もしこのメンタリティで現役中やれていたらもっと上手くやれていたかもって感じました。

でも現役中はそうはいかない、そこには競争があり、監督がいて、さまざまなプレッシャーが存在する。当時そのギャップに気づけたのは大きかったです。現役時代いかに自分が監督の目を気にしてプレーしていたのか…もっと自分のためにプレーするマインドを持つべきだったと。

◆もう一度プロを目指すきっかけ

1年半の語学勉強と9カ月の受験勉強を通して、21歳になる年に上海の大学に中国人本科生として大学に入学しました。上海に来て間もなく、日本人社会人サッカーチーム(上海JF)に参加しました。ある日、チームの社会人の方が「こっちでプロ目指したら?」と僕に聞いてきました。それを聞いた時、入学間もないこともあり、まだどんなキャンパスライフにしようか考えてなかったので“勉強とサッカー”に大学の4年間全てを注ごうと決意しました。

◆限られた環境

プロを目指す。とはいえ何から始めれば良いのか。レベルの高いアマチュアチーム探し? プロチームに直接連絡? 何もわからない状態で何のツテもなかった。そもそも約3年間ちゃんとしたトレーニングをしてこなかったのに体はまだ動くのか? 色々な不安がありました。だからこそやるべきことに気づけました。

“自律”すること。

振り返ってみればこの“自律”こそが僕をプロの世界に導いてくれたと思います。ここからは当時どのようなメンタリティで日々プロになるために生活していたかを書いていきます。

◆心構え

そもそも再びプロを目指すようになったとはいえ、「絶対に今度こそプロになってやる」なんて燃えたぎるような気持ちは無かったです。それは小さい頃に経験したからです。プロになるという強い気持ちを持つことは大切です。でも、それは返って自分に余計な負担をかけることにもなります。

大事なのは今何をやるべきか? 何ができるのか? を考えて行動することだと思いました。ただ、誰も管理してくれないのは危険もあり、知識が乏しく間違っていることすら気づけないことも多々あります。でもこの再スタートを決意してから間違いや失敗なんてものを気にすることはありませんでした。全ての経験が成長につながると信じていたからです。そして全て自己責任なので他人に迷惑をかけることもありません。

◆遊ぶ時間などない大学生活

中国留学を決めた大きな理由の一つに、日本で大学に行ってもサッカーだけして勉強せずに遊んでいる自分が想像できたというのがありました。サッカーしかやってこなかった自分は他にやりたいことがなかったのです。なので、生活しているだけで語学勉強にもなるという単純な考えで中国へ渡りました。

21歳の時に大学の本科生になって3カ月後、平日の昼間は毎日授業で、夜になるといくつかのチームを掛け持ちして練習のあるチームに参加して、少しでも多くサッカーをできる機会を作りました。週末は土日に各1試合ずつ参加できるようにしました。

練習がなければジムで筋トレか外でランニング。そんな生活を続けていると友達はほとんどできません。でもそれでよかった。サッカーを通じてたくさんの人と繋がることができました。その繋がりが僕をよりプロの道へと近づけてくれたのです。

◆現実と就活

大学4年になった頃、いよいよ“最後の選択”(2度目)がきました。最後までプロを目指すか、やめて就活をするか。答えは決まっていました。

「最後の最後まで目指す」

もしプロになれなかったらどうしよう。そういう不安はそこまでなかったです。それは決してプロになる自信があったからではなく、この大学生活、とにかく目標のためだけに動いたからです。今更プロになれなくてもそれはごく当たり前に起こりうること。むしろやれることはやったからあとは運に任せる。という気持ちでした。なれなかった時は中国語を活かせる仕事探そうとまで考えていました。

◆努力は報われる。こともある。

大学卒業の3カ月前、僕はついに中国サッカー協会に登録することができました。ただ、プロチームではなくセミプロと呼ばれるカテゴリーでした。夢までもう一歩。そこで給料をもらいながらプロ昇格を目指しました。

結果、昇格は逃してしまいましたが、翌年トライアウトを通してプロ3部のチームに加入することができました。小さい時の夢が、一度諦めた夢がこの時叶えることができました。

僕は嬉しくて仕方ありませんでした。努力は報われるかどうかはわかりません。ただ目標に真摯に向き合って自律して進めば、報われようが報われなかろうがそこには大きな収穫があり、きっと今後の自分を助ける糧となり人生を豊かにしてくれると思います。僕はプロになれた自分を凄いとは思いません。最後はたまたま運が良かったから。としか。

◆自分次第

結局、何かをやめるのも続けるも自分次第。別にやめることも続けることもどっちが正解なんて誰にもわかりません。ただ、僕が伝えたいのは“経験”というものは時にそのタイミングでしかできないことがあり、そこを見極めて選択するというのは自分次第だということです。

何かを選択する時、実はほとんどが自分の意思で決められているのに環境だとか周りの意見が…って別の言い訳をしてしまう時があります。それは自分の決定に向き合っていない時に出てくるもので、もしかしたら自分の本当の選択は別なのかもしれません。

偉そうに聞こえるかもしれませんが、僕は今でも時々周りのせいにして逃げてしまうことがあります。でも、それに気づいて修正すれば、また一つ成長につながります。

◆最後に

僕が中国に来たのはたまたまで、でもその判断が今に繋がっていると思うと、あの時プロを目指すことを諦めた18歳の自分の選択は間違っていなかったと思えます。プロサッカー選手を目指す中で、僕のような“ノンキャリア”の選手は多いと思います。そんな選手に少しでも何か感じてもらえれば嬉しいです。

もちろん僕の文章が下手でよくわからないけれど、もう少し話を聞いてみたいと思う方がいればTwitterでDMください。選手としてまだまだ未熟で苦しい時間が多いですが、それでも続けるという選択をして、今だからできる多くの事を経験したいと思っています。

少しずつではありますが応援していただける方々も増えてきました。プロとして結果で返せるように日々トレーニングします! 長々とした文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

◆プロフィール

名前:夏達龍(なつ・たつりゅう)

生年月日:1993年6月27日

出身地:愛知県名古屋市

職業:プロサッカー選手

所属チーム:四川九牛足球俱乐部(中国プロサッカー2部)