巨人で戦力外通告を受け退団していた宮国椋丞投手が、育成選手としてDeNAに入団することが15日に発表された。宮国はオン…
巨人で戦力外通告を受け退団していた宮国椋丞投手が、育成選手としてDeNAに入団することが15日に発表された。
宮国はオンライン会見で「ここからはい上がる気持ち。打倒ジャイアンツという気持ちでやっていきたい」と決意を口にした。
沖縄の糸満高から2010年のドラフト2位で入団。背番号は「30」が与えられた。かつて右の本格派としてエースを務めた江川卓さんが背負った番号。球団の高い期待がうかがえた。
船出は順風満帆にみえた。1年目は2軍で体作り。2年目の2012年に春季キャンプで1軍に抜てきされた。オープン戦で好投を続け、開幕ローテーション入り。4月8日の阪神戦で初登板初勝利を飾ると、5月1日の広島戦では初完投初完封までマーク。このシーズンは右肩痛で一時離脱も、16先発して6勝2敗、防御率1・86という数字を残した。日本ハムとの日本シリーズでも第4戦の先発を任され、7回3安打無失点に封じた。
続く2013年は20歳の若さで開幕投手を務めた。1988年の桑田真澄以来という抜てき。この年は3月にWBCがあり、内海哲也、杉内俊哉、澤村拓一という他の先発ローテーション投手が軒並み侍ジャパンに招集され、タイトな日程上、開幕投手が難しかったという事情もある。期待の菅野智之はまだ1年目のルーキーでもあった。それでもダイヤモンドの原石であり、素質の片りんをのぞかせ始めた弱冠20歳の宮国に、球団やファンの誰もが大きな夢を描いていたからこそでもあった。
3月29日の広島との開幕戦。巨人での10年のキャリアにおいて、振り返ればこの瞬間が頂点だったのかもしれない。宮国は7回途中3失点で、勝敗は付かず。この年は結局17先発し、6勝7敗、防御率4・93と負け越した。右足のケガもあり、ポストシーズンでは出番なし。これ以降、宮国がかつてのような輝きをマウンドで放つことはなかった。
2014年はわずか3試合の先発に終わり、2015年からは中継ぎに転向。点差が離れた試合やビハインドでの登板もあり、勝利の方程式の一角を担うような存在感は示せなかった。昨年は21試合に投げ、0勝0敗、防御率5・33。10月に右肩を痛め離脱し、戦力外通告を受けた。
DeNAが開幕直前のこの時期に獲得を決めた背景には、いまだに10人いる外国人選手が一人も来日できていないという事情も働いたとみられる。ピープルズ、ロメロら先発ローテーションの一角を任されるべき助っ人が不在で、出遅れは確実。今永と東も手術明けで出遅れて、井納は巨人へFA移籍した。宮国は球団施設で投球を披露し、チームの窮地に白羽の矢を立てた。
チームにはピンチという状況だが、宮国にとっては千載一遇のチャンスだ。昨年12月に12球団合同トライアウトを受けたが、声は掛からず。その後も孤独なトレーニングの日々が続いた。「多少、心は折れかけた」と当時を振り返る。
「スタートラインに立たせてもらったことに感謝して、支配下登録を目指して頑張っていきたい」。プロの栄華も、プロの厳しさも嫌というほど味わってきた。まだ28歳。胸に宿らせたハングリー精神で、復活劇への一歩目をようやく踏み出した。
※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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