『特集:We Love Baseball 2021』 3月26日、いよいよプロ野球が開幕する。8年ぶりに日本球界復帰を果…

『特集:We Love Baseball 2021』

 3月26日、いよいよプロ野球が開幕する。8年ぶりに日本球界復帰を果たした田中将大を筆頭に、捲土重来を期すベテラン、躍動するルーキーなど、見どころが満載。スポルティーバでは2021年シーズンがより楽しくなる記事を随時配信。野球の面白さをあますところなくお伝えする。

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 2016年ドラフト1位で5球団が入札し、鳴り物入りでソフトバンクに入団して5年目の今季、大型右腕の田中正義にいよいよブレイクの兆しが見える。

 各紙がこぞってそう報じたのは、まだ今季の実戦登板を果たしていない段階だった。

「やっぱりモノが違う」という首脳陣の称賛とともに伝えられたのが、内面からにじみ出る変化だ。前年までとは明らかに表情が変わり、春季キャンプでは笑顔にあふれ、自信をみなぎらせているという。



2016年ドラフト1位で創価大からソフトバンクに入団した田中正義

 だが、にわかには信じがたかった。これまで田中が低迷してきた要因として、肩やひじの度重なる故障に加え、ガラスのハートが指摘されてきたからだ。

「(来年の目標?)あんまりでっかい声では言えないんですけど、まったく自信はないので......」

 消え入りそうな声で漏らしたのは、日本から遠く離れた異国でのことだった。

 2019年12月、ウインターリーグに派遣されたアメリカ自治領プエルトリコで、田中はそう言った。記者に対して後ろ向きな発言を繰り返すことはソフトバンク担当から聞いていたが、初対面の筆者にもネガティブな言葉を続けることに、心底驚かされた。

 地球の裏側まで武者修行に出かけ、打ち込まれたわけではない。むしろ、ラテンの大男たちを力で圧倒した。6試合で防御率1.80。三振の山を築き、「意図を持って高めにフォーシームを投げ込み、フォークはえげつない」と、現地コーチが絶賛するほどだった。

 だが、カリブ海を燦々と照らす太陽の影で、田中の表情は晴れなかった。

「まずは、これだったら勝負できるという状態でキャンプに臨むことが今の目標です。その先を考えると、苦しくなっちゃうんですよね。まだ一軍で結果を出したことがないので、目の前のこと以外を考えたら精神的にきつくなります。あまりプレッシャーには強くないので......」

 帰国後の春季キャンプでは早々に右ひじを痛め、結局、2020年に一軍のマウンドに立つことはなかった。

 それでも10月に復帰すると、ウエスタンリーグ最終戦で類い稀な才能を発揮する。9回にマウンドに登り、150キロ台を連発したのだ。

「あの試合は人生で一番いい真っすぐが行っていました。自分がああいうボールを投げられるんだなというのが、正直な感想です。だったらもう1回、イチからがんばらなきゃダメだなって」

 全盛期の藤川球児(元阪神)のごとく、力で相手打者をねじ伏せた。

 威風堂々と持ち味を発揮できた裏には、明確な理由がある。この年限りで退団を発表していた内川聖一(現ヤクルト)のセレモニーが試合後に予定され、いつも以上に気合いが入ったからだ。

 マウンドを降りた田中は内川に挨拶に行くと、予期せぬ言葉をかけられた。

「お前以外のみんなが"お前はできる"と思っているのに、お前だけがその可能性を閉ざしている」

 がんばれよ、と言われるくらいだと思っていた。それをはるかに上回る激励を受け、がんばるしかない、と気合いが入った。

 一軍未勝利のまま大卒4年を終え、クビがつながった今季。田中は私生活からグラウンドまで、意識的に行動を変えた。

 たとえばノックでは、先頭に並んで大きな声を出す。野球界の"ど真ん中"を行く者にすれば、当たり前のことかもしれない。しかし、身長187cmの控えめな男にとって、大きな一歩だった。

「自分っぽくないなということを春季キャンプからするようにして、例年とは違う景色が少しずつ見えてきました。さらに違う景色を見ようと、もがいている感じです」

 口を開けば後ろ向きなセリフをこぼした男が、日々、前向きに取り組むようになった。周囲はそんな姿を目の当たりにして、「明るくなった」と感じている。

「(今までの自分とは)変わっていると思います。ネガティブな発言をしたところで、プラスはひとつもないじゃないですか」

 15カ月前、プエルトリコで会った頃とは別人のような言葉だ。あれほどネガティブだった男は、なぜ、変わることができたのだろうか。

「自分の技術に対し、少しずつ自信がついてきたのもあると思います。でも最終的には、自分に対しての苛立ちというか、情けなさが勝っている感じはします。

 いろんな人に助けてもらっていて、正直、言い訳もできないです。みんなに『がんばれ』と言ってもらっているのに、活躍できていない自分に対して『何をしているんだ』という苛立ちが、新しいチャレンジにつながっていると思います」

 これまでは周囲の期待に応えることができず、情けない気持ちがマイナスに作用した。それが今年は、情けない自分をなんとか脱したいとプラスに働いている。

「自分に対して『いい加減にしろよ』というのが一番強いですね。いつまでそこにいるんだ、という。それが今の一番の活力です」

 もがき苦しんだ入団4年間は、決して無駄だったわけではない。

 地道にトレーニングを重ね、徐々に体ができてきた。投球フォームは「最初から最後まで体がつながっているような感じ」とイメージを持ち、体幹を使ってボールにしっかり力を伝えることを1年目から取り組んできた。

「まだ途上の途上ですけど、毎日いろいろ考えながらトレーニングして、少しずつ感覚ができていると感じられるようになってきました」

 ハードにトレーニングを重ねる一方、故障を繰り返さないための予防にも抜かりはない。練習後にはマッサージを入念にしてもらい、部屋に帰ればセルフケアをする。取材でオフの日の楽しみとして答えている「風呂に長く入ること」も、じつは野球に通じている。

「ずっと思い詰めてトレーニングしていると、交感神経が活発になるんですよね。回復するには、リラックスも大事なので」

 大卒4年間、時間をかけながら徐々に体と技ができてきた。飛躍へ必要なものはわかっている。

「(フォームが固まってきたことで)ある程度コントロールもまとまってきたと思いますし、球速も安定してくると思います。それは、体ができてきたのが一番です。

 でも、それだけでは抑えられない。やっぱり強い内面を持たないとダメだということは、一軍で10試合くらい投げてすごく痛感しました。それらを1個1個乗り越えていけば、今年は行けるんじゃないかという気持ちはありますね」

 今季は中継ぎでの起用が想定され、目標は「一軍で30〜40試合登板」と掲げている。その一歩目となる今季初の実戦登板を約1週間後に控えた3月上旬、田中は率直な心境をこう明かした。

「思い切り戦おう、という感じですね。毎日勝っていくしかない。それの積み重ねだなと。まだユニフォームを着させてもらっていることを、すごく感謝しないといけない立場です。

 勝負させてもらいたい人が山ほどいるなかで、それができない人のほうが多いわけですよね。だから本当に、毎日自分に勝つ。そうしていく以外にないと思っています」

 4年間の埋没していた期間を経て、誰の目から見ても田中は生まれ変わった。入団以来、飛躍を待ち侘びられる逸材は26歳で迎える今季、己を信じて勝負の舞台に立つ。