東京2020大会の最終日に行われる車いすマラソン。花形ともいえるこの競技の日本代表として有力視されているのが喜納翼だ。日本の女子選手最高の1時間35分50の記録を持ち、アジアのトップに君臨する。拠点の沖縄から世界へ羽ばたく彼女が競技を始めた…

東京2020大会の最終日に行われる車いすマラソン。花形ともいえるこの競技の日本代表として有力視されているのが喜納翼だ。日本の女子選手最高の1時間35分50の記録を持ち、アジアのトップに君臨する。拠点の沖縄から世界へ羽ばたく彼女が競技を始めたきっかけ、そして42.195㎞を戦う競技への思いとは――。

 大学1年のとき、トレーニング中の事故で下半身まひになったのですが、それまではバスケットボールに夢中でした。両親が子どものころから私のやりたいことを尊重してくれて、バスケットのほかにも、ピアノや書道、そろばんなどいろいろやらせてもらったんですが、だんだんとピアノの前に座ると眠気に襲われるようになって……(笑)

バスケットボールで培った体の強さを活かして記録を伸ばしている喜納

 車いす生活になってしばらくスポーツから離れていました。入院やリハビリの期間も大学を休学しなかったので、4年で卒業するために授業をかなり詰め込んでいて余裕もなかったです。もちろん自分が陸上競技の道を進むなんて考えていなくて。当然のように車いすバスケットの見学に行き、大学を卒業した後は男子のクラブチームに体験入部みたいな感じで何度か混ぜてもらっていました。

  車いすバスケットはまだ軽く車いすを操作するレベルだったからでしょうか、自分のやっていたバスケットとは感覚がちょっと違うなと思っていました。そんなときに(現コーチの)下地(隆之)さんのすすめでレーサーに乗って陸上競技を体験したんですが、漕いでみたら実際のスピードより体感のスピードが速く感じるんです。この感覚すごく面白いな、と。

これまでチーム競技をやっていたので、当初は孤独な練習に耐えられるかなといった不安もあったのですが、私の場合は、最初から練習仲間がいたし、愚痴を聞いてくれるコーチもいる(笑)。練習を始めてみたら、案外“チーム感”もあるし、自分のペースでレベルアップしていける取り組みやすさもあってどんどんハマっていきましたね。

昨年11月に行われた第39回大分国際車いすマラソンに出場

 走るってすごいシンプルなことなんですけど、たんに一生懸命やれば速くなるというものでもない。思うように身体を動かすのは難しいなと感じました。トレーニングに向き合う姿勢やメンタル面などバスケットボールで培ってきたことで活きていることも多いです。けれど、陸上競技を始めるまでは肩甲骨をどうするというような体の細かい動きをあまり意識していなかったので、そういった感覚がわかるようになるまで時間がかかりました。

 タイムを出したい大会のレース前は、すごい緊張しちゃうんです。でも、走っていくうちに身体がほぐれて、沿道の声援も聞こえたりして、楽しいなって思いますね。

今の段階では、他人のペースに左右されず、自分で設定したタイムを刻むことに重きを置いています。タイムが大事で、順位はあまり意識しません。でも、キツい練習で心が折れそうになったときは、目の前にマニュエラ(・シャー)選手とか(スザンナ・)スカロニ選手とか自分より早い選手のイメージを作り、追いかけるようにしています。

原動力はレースの楽しさ。「いつか競技を引退しても、ファンランナーとして走りたい」

 ほら、沖縄には「なんくるないさ~」という方言もありますし(笑) 海外のレースはなくなってしまったけれど、その分ガッツリとトレーニングを積めますからね。私自身、上り坂やカーブなどで減速した後の立ち上がりを苦手としていますが、ウエイトトレーニングの期間を2019年のシーズンの倍の6ヵ月に増やしてパワーをつけたことで、11月の大分国際車いすマラソンでは課題を克服しつつあると手ごたえを感じました。

コロナ禍でも着実にトレーニングを積み重ね、次なるレースに備える

 東京パラリンピック開催が決まった2013年に競技を始めました。みんなのスポーツの熱が高まっていき、その中にしっかりパラスポーツも含まれている――沖縄は地域密着感が強く、地方紙などでも大きく取り上げてくれますし、パラスポーツの認知度が上がっていると実感します。県外のことは詳しくはわからないですけど、ローラーが用意されている競技場で雨の日も充実した練習ができたり、まだまだ車いすでは使えないところが多いマシンジムも利用することができたり、環境には恵まれていると思います。だからこそ、国内外のレースで楽しく走る姿をいろんな人に見てもらいたいし、沖縄から世界に羽ばたく選手が増えたらうれしいです。

text by Asuka Senaga

photo by X-1