フェデリコ・コリア(アルゼンチン)はずっと、こっそり後ろに隠れていること…
フェデリコ・コリア(アルゼンチン)はずっと、こっそり後ろに隠れていることが望みだった。元世界ランキング3位のギジェルモ・コリア(アルゼンチン)の10歳下の弟であるフェデリコは、コートに出るたびに彼の弟であることのプレッシャーを感じていた。【動画】ATP250サンティアゴ4日目のハイライト
兄ギジェルモはツアーで9度優勝、決勝がガストン・ガウディオ(アルゼンチン)とのアルゼンチン人対決となった2004年「全仏オープン」で準優勝し、「マジシャン」という愛称で呼ばれていた。そんな兄を持つフェデリコは、試合に負けるたびにさらに重いプレッシャーを感じるようになった。
長い間200位内にも入ることができず、引退も考えたが、それよりも何かを変えようと決意。新しいコーチと心理学者を雇うと、28歳にして世界ランキングは85位に急上昇。先月アルゼンチンで開催された「ATP250 コルドバ」で、ツアー大会で初めて準決勝に進出した。
控えめに言っても遅咲きだが、フェデリコのキャリアはここからがスタートだ。
「僕の家では、テニスをするのは呼吸をするぐらい自然なことだった。すべてがテニス中心だった。父に会いたければ、父がテニスをしているスポーツクラブに行った」
「小さな頃から兄が活躍する姿をテレビで見ていた。兄は僕のスーパーヒーロー、僕のアイドルだった。アニメなんかまったく見ずに、兄が世界中で活躍する姿ばかり見ていた」
兄に対する憧れは今も変わっていないが、兄のように成功しなければいけないという自らに課したプレッシャーや、失敗を恐れていた気持ちは変化した。
「以前はベストを尽くしても失敗することが怖くて、100パーセントの努力をすることができなかった。でも26歳ぐらいの時に、最後にもう一度トライしよう、恐れを捨てて100パーセントの努力をしてみようと決めた。そうしたら恋人や周りの人々も支えてくれて、夢が叶い始めた」
叶った夢の一つは「全仏オープン」出場だった。昨年トップ100入りしたフェデリコは、ダイレクトエントリーができたのだ。だがそれは喜びよりも大きな不安を運んできた。2004年に兄が決勝に進出した大会だからだ。大きなプレッシャーを感じたフェデリコは、チームに助けを求めた。
「精神面でものすごく準備が必要だった。ランキングが上がるにつれて、心理学者と何ヶ月もメンタル面で準備をしたよ。それまで予選にすら入れたことがなかったのに、いきなり本戦デビューなんて。ものすごく怖くて不安だった」
だが心理学者との準備が功を奏し、フェデリコは3回戦進出というグランドスラムで最高の結果を残すことができた。その少し前の「全米オープン」では2回戦に進出した。
コーチのアンドレス・シュナイター氏は、選手にコート上で注目の的になり、自らを鼓舞することを望む。それはフェデリコの持って生まれた、注目を望まない性格とは逆のものだ。
「以前はいつも下を向いて、周りを見ることもしなかった。誰かに見られているんじゃないかと思っていたから。それを打ち破ってくれる人が必要だったんだ。顔を上げて、ポイントを決めるたびにガッツポーズをしてみせろ、って言ってくれる人が」
「僕はもともとそういうことをするタイプじゃなかった。でも今はそれがうまくいってる。時々恥ずかしいと思うけど、今はそんな“チャンピオン”の態度とのバランスを見つけようと努力してる。毎日毎日ね」
3月9日、29歳の誕生日に、フェデリコは「ATP250 サンティアゴ」でフルセットの辛勝ながら白星をあげた。彼はマッチポイントを、歓喜の雄叫びと突き上げたこぶしで祝った。その喜びの表現こそが、また新たな勝利につながっていく。
(テニスデイリー編集部)
※写真は「全豪オープン」でのコリア
(Photo by Mike Owen/Getty Images)