ずしり、とした人の胸元が、以前よりも少し、隆起していた。ハードワークの成果だろうか。当の本人、平野翔平は笑った。

「見た目はあまり変わらないと思いますけど、数字には、表れています」

 1月29日、東京・秩父宮ラグビー場。日本選手権の決勝に挑むパナソニックにあって、最前列の右PRに入るのがこの平野である。ストロングポイントは、スクラム時の強靭さだ。178センチの身体が低く沈み、背中は芝とほぼ平行になる。

 連続攻撃が得意なサントリーに対し、勢いに乗るルーキーが決意を示す。

「相手がやりたいことをやらせないような、安定したスクラムを組みたいです。相手にはいいランナーがいる。ディフェンスの時は周りとコミュニケーションを取って、自分のできる仕事をやっていきたいと思います」

 東福岡高の3年だった2011年度は、全国高校ラグビー大会で優勝。東海大では、副将だった4年時に大学選手権で準優勝を果たした。スクラメイジャーとして注目されてきた。
 
 国内最高峰のトップリーグ(TL)では7試合で出番をつかみ、うち3試合で背番号3をつけた。公式戦3戦連続での先発となった今月21日の日本選手権準決勝(大阪・東大阪市花園ラグビー場)では、日本屈指のスクラムを誇るヤマハと組む。36-24で勝った。

 自身の出場していないTL開幕節での対戦時(2016年8月26日、秩父宮/●21-24)、先輩のHO堀江翔太主将は「敗因はスクラム」と肩を落としていた。それだけに冬の再戦において、平野は貴重な成功体験を積めた。

「一発目からイケるな、と。スクラムは僕の持ち味だと思っている。チームに求められる結果が出せたんじゃないかと思っています」

 シーズン中盤以降こそ爪痕を残した平野だったが、夏場から秋にかけ、苦しい日々を過ごしていた。
 
 7月某日。左のふくらはぎに血栓ができた。「歩けなかったですね。(朝)起きたら、急に。何が悪かったのかはわからないですけど」。当時のことを思い返す言葉は、生々しさを帯びていた。薬での治療が、季節が変わるまで続いた。

 シーズン序盤戦、平野は雌伏の時を過ごした。他の主力選手が公式戦に向けコンビネーションを磨く隣で、ひたすらサーキット系のメニューをこなした。ジムではエアロバイクを漕いだ。

 そう。身体に変化が訪れたのは、必死のトレーニングの成果でもあったのだ。体重は「125キロくらいから120キロくらい」に、体脂肪率は「24パーセントから17パーセント」にそれぞれ変化した。

「筋量も上がりました。TLに対応できるように、身体も変わってきた。大学の時ほど疲れなくなった」

 それ以上に、コミュニケーション力向上へも手応えをつかむ。防御の隙間を埋めたり、攻め込むスペースを共有したり。目まぐるしい攻防が繰り広げられるなか、声を出し合ってチームのベクトルを定めてゆく…。パナソニックにおける必須スキルである。

「しっかりとコミュニケーションを取れるようになるための練習もしてきて、試合でコミュニケーションを取る余裕も出てきた。きつい状態でも声を出すのが大切。短い言葉で(周りが何をすべきかを)わかるように話す、と」

 平野がTLデビューを果たしたのは、9月17日の第4節だった。後半34分から登場したこの日は、今度の決勝でもぶつかるサントリーに15-45と敗れていた(秩父宮)。「一発目の試合でサントリーにやられている。…楽しみです」。リベンジへも意気込む。

 日本代表を目指す。東海大卒業時は国際リーグのスーパーラグビーに加盟する日本のサンウルブズへ参戦。発足2季目となる2017年度のスコッドからは外れたものの、「選ばれていた時より、いまの方が絶対に状態はいい」とのことだ。

「シーズン最初の試合に出れていないので、(選考サイドに)観られなかったのは仕方がないです。ただ、ここ何試合かは自分的にもパフォーマンスは上がっている。準備はできている、という感じです。(血栓は)もう大丈夫です」

 同世代には強力な右PRが居並ぶ。拓大4年の具智元はサンウルブズに2季連続で加わり、東海大の後輩にあたる渡邉隆之も学生最後のシーズンに大活躍した。

 もっとも、いまの時期に真剣勝負をできる選手は一握りだ。血栓を乗り越えた男が決戦でもひと押しし、改めて存在をアピールする。(文:向 風見也)