2004年、プロ野球界に50年ぶりに誕生した新球団・楽天イーグルス。寄せ集めの戦力からスタートしたチームは低迷期を経て…

 2004年、プロ野球界に50年ぶりに誕生した新球団・楽天イーグルス。寄せ集めの戦力からスタートしたチームは低迷期を経て創設9年目の13年に悲願の初優勝を遂げた。まだ歴史は浅いが、ドラフト史を振り返り、「神ドラフト」「残念ドラフト」それぞれの年を探ってみた。

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◆神ドラフト=2006年

 

【高校】
1 田中将大(駒大苫小牧)投手
3 山本大明(尾山台)捕手

【大学・社会人】
1 永井怜(東洋大)投手
3 嶋基宏(国学院大)捕手
4 横川史学(青山学院大)外野手
5 渡辺直人(三菱ふそう川崎)内野手

【育成】
1 金森久朋(西多摩倶楽部)投手
2 中村真人(シダックス)外野手

 田中将大投手の獲得は、新球団の運命を変えた。高校生ドラフト1巡目で4球団競合の末、島田亨球団社長(当時)が当たりクジを引き当てた。田中は高卒1年目から2ケタ勝利をあげるなど球界を代表するエースに成長。13年には24勝0敗という驚異的な記録を打ち立て、リーグ初優勝、日本一の原動力となった。メジャーでも実力を発揮し、その後の活躍は言うまでもない。

 

 田中の良き女房役となり、長く正捕手を担ったのが大学・社会人3巡目の嶋基宏。プロ野球選手会長として東日本大震災後の「見せましょう、野球の底力を」の名スピーチでも知られる。同1巡目の永井怜は43勝をマークし、5巡目の渡辺直人はユーティリティープレーヤーとして息の長い活躍。悪球打ちが得意だった育成2巡目の中村真人も掘り出し物だった。

 田中入団時の監督だった野村克也氏が「マー君、神の子」と名付けたが、まさしく「神ドラフト年」となった球団創設3年目の奇跡だった。

◆残念ドラフト=2004年

 

 

自由枠 一場靖弘(明大)投手
2 渡辺恒樹(NTT東日本)投手
4 西谷尚徳(明大)内野手
5 塩川達也(東北福祉大)内野手
6 大広翔治(東洋大)内野手
7 平石洋介(トヨタ自動車)外野手

 新球団誕生2週間後に行われた初めてのドラフト。球団消滅した近鉄のスカウトを中心にかき集められた即席編成部隊で、準備期間があまりにも短く、仕方ない側面はある。そんななか目玉だったのは、自由枠で獲得した一場靖弘投手。入団前、複数プロ球団から受け取っていた裏金問題で大物オーナーが引責辞任するなど大騒動に発展。行き場がなくした右腕に、新球団が救いの手を差し伸べる形だった。

球団元年の顔として期待された一場だったが、右肩痛にも悩まされ通算16勝に終わった。楽天の「ナベツネ」こと2巡目の渡辺恒樹が左の中継ぎとして存在感を示したくらいで、戦力的には総じて低調だった。早くから指導者としての資質を評価されていた7巡目・平石洋介は30代の若さで球団初の生え抜き監督となった。

まとめ

 参入1年目は38勝97敗1分けと歴史的大敗を喫した。オリックス優先の分配ドラフト、他球団を戦力外となったトレード選手をかき集めたチームは明らかな戦力不足。ドラフトの成否は他球団以上にチームの浮沈を左右した。

 外れ年も多かったが、「神ドラフト」06年に匹敵する当たり年が銀次、青山、枡田、草野らを輩出した05年。創設当初、出場機会にも恵まれた若手が試合経験を積んで成長し、主力となって13年の初優勝へと導いた。震災2年後の快挙で、楽天の躍進が復興のシンボルとなった。

 近年は大物FA選手の補強が目立ち、若手が台頭するシーズンはあっても活躍が長く続かない。2度目の優勝にはやはり、球団をあげて生え抜きスター選手を育てる中長期ビジョンが不可欠だ。

 

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

 

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