「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」5日目、テーマは「女性アスリートと出産」「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブ…

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」5日目、テーマは「女性アスリートと出産」

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考える女性アスリートのニューノーマル」をテーマに14日まで1週間、7人のアスリートが登場し、7つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。5日目のテーマは「女性アスリートと出産」。今回は陸上100メートルハードル日本記録保持者・寺田明日香さん(パソナグループ)が登場する。

 6歳の娘を持ち、日本では珍しい「ママアスリート」として競技を続け、東京五輪出場を目指す31歳。一度は競技を引退し、大学進学・結婚・出産を経て、7人制ラグビー転向から、再び陸上界に帰ってきた。異色といえる実体験から子育てと競技が両立しづらく、日本にママアスリートが増えない現状に言及。男性優位の風潮が残る「スポーツ界と社会構造の変化」への想いにも赤裸々に打ち明けた。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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「6年間も陸上を離れ、子どもを産んで五輪なんて無理だろう」。そんな言葉に抗うように、戦う一人のアスリートがいる。

「彼女も4月から小学1年生。大きな怪我、病気をすることなく、ここまで育ってくれてありがたいし、口にする言葉が“女の子”になってきたり、私が選んだ服を着なくなってきたり。自分なりに、なんでも自分で決めたいということが増えてきて、成長を感じますねえ~」

 快活に笑った寺田明日香さん。「彼女」とは、6歳の一人娘・果緒ちゃんのこと。話している内容だけを見れば、同世代の娘を持つ世間のママと変わらないが、大きく一つ違うのは、陸上100メートルハードル日本記録保持者にして、東京五輪を目指す現役トップ選手であることだ。

 世界のスポーツ界ではテニスで4大大会通算23度優勝のセリーナ・ウィリアムズ、陸上短距離で6個の五輪金メダルを獲得したアリソン・フェリックス(ともに米国)など、結婚・出産を経て、幼い子どもを育てながら第一線で活躍する選手が増えているが、日本では珍しい。「結婚・出産を選択するなら引退」「現役を選択するなら結婚・出産は引退後」という二者択一の価値観が強いなかで、寺田さんの存在は異彩を放っている。

「今のサイクルは、練習は週4日、火・水・金は2部練習。午前10~12時まで(走る以外の)トレーニング、午後2時から競技場で走るトレーニングを6時までやる生活。娘は朝9時半から午後6時半まで保育園に預け、夫が送り迎えや皿洗い、ゴミ捨て、私が料理、掃除、洗濯と家事を分担しています」

 子育てでは、宿題などのやるべきことをやらなければ厳しく言うが、それ以外は「フラットに接する」がモットー。できる限り、本人の意見を聞いて、同じ目線で接している。取材中、娘のことを「彼女」と大人のように表現することも、特徴的だ。

「幼少期は母の所有物のようになりがちですが、良くないと思っていて。彼女は彼女なりの考えがあるし、私たち両親と違う考えがあっていい。私と夫も違うし、娘もまた違う。それぞれ意見があるからみんな否定することなく、小さいながらも一個人として認めたいと思って、そう呼んでいます」

 母としての想いを語るが、こんな風に「ママアスリート」として生きることは難しい。それは、なぜか。女性アスリートにとって、何がネックになるのか。実際に、奮闘する寺田さんのキャリアをひも解くと、スポーツ界と社会のいくつかの課題が見えてくる。

 異色と言える経歴だ。恵庭北高(北海道)でインターハイ3連覇、卒業後も日本選手権3連覇を達成した。しかし、以降は度重なる怪我に生理不順・摂食障害による体調不良もあり、不振に。2012年ロンドン五輪出場を逃した翌年、23歳の若さで引退した。

 峻一さんと結婚を考えていた13年9月に東京五輪の開催が決定。「2020年のオリンピックを家族で見る」と計画し、翌年8月に果緒ちゃんが誕生。その五輪で新種目に採用された7人制ラグビー挑戦のオファーを26歳で受けた。陸上で培った俊足を見越してのもので一念発起し、現役復帰。結果として、大怪我もあって代表入りが厳しくなったが、2年あまりの挑戦で陸上への情熱が再び宿り、18年12月に復帰。トラックに6年ぶりに帰ってきた。

「見る」はずだった五輪に「出る」を目標として過ごす今、キャリアの転機といえるのは、19歳の頃の出会いだ。

 6歳上で当時、日本陸連の職員だった峻一さんとはイベントなどで連絡を取り合うように。アスリートという職業へのリスペクトがあり、気遣いができる人柄に惹かれた。「選手をいつまで続けられるか分からないけど、こういう人なら自分もステップアップできるし、彼にない部分を私が補えるかもしれない」。寺田さんが北海道、峻一さんが東京という遠距離交際が始まった。

 ここで女性アスリート特有の課題を感じたことがある。それが、恋愛のしにくさだ。

「ママアスリート」のサポートに必要なことは「お金、子どもを預ける場所、そして…」

 日本のスポーツでは、どの競技でも「女子選手は、恋愛をすると成績が落ちる」と言われやすい。男子選手と比べ、性別で影響に差が出るかは定かではないが、実際、峻一さんには「寺田の成績が落ちたら、お前のせいだ」という声も届いたという。

「ああ、そんな風に見られるんだと思いました。海外の選手は彼氏を当たり前にSNSに載せている。なんで、日本ではダメなんだろうと。振り返ると、高校生の頃からなんとなく恋愛はしちゃいけない雰囲気が漂っていて、不思議でした。もちろん、悪い方向に引っ張るパートナーは良くないですが、一緒に高めていける、ストレスになる部分を助けてくれる存在なら、相乗効果になるんじゃないかって」

 だから、今になって思う。

「競技に関わる人が、それを阻害したり、機会を奪ったりしてはいけないんじゃないかと思うので、何が根拠で選手の恋愛がダメとするのかは疑問に感じます。選手に限らず、性教育も日本はクローズドな部分がある。私も一人の娘を持ち、ママ友と『そういう話題っていつ話す? どう切り出す?』という話になるので、そんなところから少しずつオープンになれば、男女の関わりも広がると思います」

 窮屈だった女性アスリートの恋愛について、寺田さんらしさを感じるエピソードは交際を始めた直後のこと。大会を観戦した峻一さんに「あなたが見てくれていたから良い走りができた」と伝えたことがある。

「競技を見守る側は選手本人と同じかそれ以上に緊張するもの。それでも『大丈夫だよ』と前向きな言葉をくれるので、安心させないといけない。彼も『選手と付き合って大丈夫かな』と不安があったと思うので『私、大丈夫。そんなヤワな女じゃないから』と結果で示して、伝えました(笑)」

 そんな風に高め合える関係だったから、将来も自然と考えた。「もともと、わりと一人が好きで、経済力を身につけ、自分で生きていける力が身についたら、結婚しなくなる。そうすると欲しかった子どもを持てない」。そんな気もしていた。

 23歳で競技を離れたことを機に、結婚を前提に上京した。翌14年に入籍し、大学で児童福祉を学び、企業勤務も経験。そして、14年夏の出産から2年を過ぎた頃に受けたオファーで、7人制ラグビーに挑戦。峻一さんは起業後、本業の傍らマネージャーとして、サポートに回ってくれた。

 こうして挑戦した競技と子育ての両立。現実問題、「ママアスリート」は何が大変なのか。それを聞いてみた。

 まず、何よりも肉体的な負担だ。2年あまりのブランクで妊娠・出産を経験し、筋肉も落ちる。産後半年で参加したイベントでこっそり走ったら、一般の人より遅かった。加えて、過酷に練習で追い込んだ日は「気持ちがシャットダウン状態」になり、育児と両方をこなす負荷は大きい。

 もう一つは、育児の制度面。ただでさえ、待機児童が多い首都圏。アスリートの多くは通勤を前提としない個人事業主に分類されるため、一般の会社員・パートに比べると認可保育園に預けづらいという。寺田さんも空きが見つかるまで、峻一さんの母に助けてもらった。

 社会の理解という課題もある。練習・大会で遠征が多いアスリート。ラグビー挑戦当初、家に3日程度しかいない月があった。峻一さんがSNSでそんな奮闘ぶりを伝えると、「子どもが小さいうちに母が家にいなくていいのか。何のために競技をしているのか」という批判的な声が寄せられた。

 どれも子どもを持つことで直面した難しさ。しかし、ネガティブなことばかりじゃない。一つ一つ、壁を乗り越えるうち、やりがいも感じた。

 一番は「生理など、普通は聞きにくい婦人科関係の話題を後輩たちからすごくオープンに相談してもらえる」こと。一つのロールモデルになれていることを感じ、実際に「子どもを産んで戻ってこられるなら、私も産んで戻ってきたい」という声を聞いた時はうれしかった。

 一方で、後輩たちは「ママアスリート」を考える上で、何に一番不安を感じるのか。直に触れたリアルな声について、寺田さんは「まずはお金、そして、子どもを預ける場所。夫の理解、選手の所属先が産休を認めてくれるかもそうです」と明かし、次世代の想いを代弁する。

「一番必要に感じるのは、簡単に、かつ信頼して預けられる場所。無認可保育園さんに預けると、月で7~10万円。地域によっては10万円を超えますし、安心できる施設かも気になります。もちろん、夫の理解もないと難しいし、所属先も妊娠したら契約を切るということになれば、安心して競技を続けられない。夫の産休・育休も含め、少しずつ柔軟に考えられる世の中になってくれたらと期待しています」

 一つ一つが、女性アスリートにとって切実ながら公になりづらい問題。しかし、当事者である「ママアスリート」の発信には、価値がある。

あまり好きではない「ママアスリート」の言葉を自ら使っている理由

 今、寺田さんはあまり好きではないという「ママアスリート」の言葉を自ら使っている。そこに、一つの使命感がある。

「なんで、私が『ママアスリート』と言われるかというと、それが当たり前じゃないからだと思います。『パパアスリート』と呼ばれる人って、聞かないですよね? 野球選手はママが家で育児して、おいしいごはんを作る。それが『美しい』『家族愛』と褒められることが多いですが、私のように逆になると『旦那さん、家事なんて大変だね』と言われます。

 でも、頑張る奥さんと支える旦那さんで家庭を回していく形があっていいんだと世の中の誰かに思ってもらえたり、後輩から『明日香さんがこう歩んできたから、私もできる』『困ったことがあったら、聞いてみよう』という“お助け窓口”のような存在になれたらうれしい。だから、敢えて『ママアスリート』を出しながら、現在も活動しています」

 何かを得るために、何かを諦める。そんな価値観は珍しくなかった。女性アスリートに当てはめるなら「結婚をするために、五輪を諦める」。しかし、結婚・出産しても現役という選択肢が当たり前になれば、それだけ競技寿命は伸び、日本スポーツ自体も発展する可能性がある。

 それは、一般社会においても同じこと。夫婦別姓の選択、雇用機会の均等など、男女平等が叫ばれる昨今。「会社で働く女性もキャリアを築きたいと考えると、その時の結婚を諦めたり、ライフステージを考え直したりする。『そんなことができるんだ』と思ってもらえるように、アスリートとして結果で見せていきたい」というのが、寺田さんの覚悟だ。

「まだまだ女性アスリートは同じレベルの結果を出しても男性アスリートのように稼げず、収入差はある。女性で億を稼げる選手は日本ではごく僅かです。そこは一般社会も同じで、役員も年配の方が多い。もちろん、産休・育休で1年、2年抜けることもあるけど、最近はテレワークが進み、仕事の仕方も多様になっているので、実力次第で男性も女性も変わらない収入と役職が与えられるようになってほしいです」

 最後に書き添えておきたいのは、母として競技を続けることはアスリートの力をさらに引き出す可能性を秘めているということ。

 寺田さん自身、19歳に出した自己ベストを引退、結婚・出産を経て、19年に10年ぶりに更新し、29歳で日本新記録を樹立した。「大変なことはたくさんあったけど、娘がいなかったら、競技はここまで続けてこられなかったと思う」。夏に迎える東京五輪、4月から果緒ちゃんの小学校入学で当面は弁当作りが日課になるというが、アスリートとしての背中を娘に見せることが母としての教えになると信じている。

 冒頭の「6年間も陸上を離れ、子どもを産んで五輪なんて無理だろう」は、陸上復帰直後に耳にした声。

「そこを覆したいと思っているし、五輪に出るだけじゃなく、陸上の日本女子短距離界では1964年東京大会、女子80メートルハードルの依田郁子さんしか成し遂げていない、決勝に残りたいと思って復帰しました。娘がこれから何を好きになり、どう生きるか分かりませんが、自分が決めた目標に向かって頑張る大切さと、その意義を感じてほしい。何年か先に『ああ。あの時、ママは五輪の決勝に残りたいから、あんなに頑張っていたんだ』と頭の片隅にでも残してくれたら、本望です」

 結果が振るわない時があれば「ママ、遅い!」と叱咤するなど、誰より手厳しい果緒ちゃん。東京五輪のレース後にかけてほしい言葉は――。

「『ママ、まあまあ速くなったじゃん!』だったらうれしいかな。そう褒めてもらえるように、ママは頑張ります」

【「出産」について語った寺田明日香さんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「これは娘の夢でもあるのですが、19年に日本記録を出した時、私だけ記録が表示されたタイマーとトラック上で撮影していて『ずるい!』と言われました。ラグビーワールドカップ(W杯)で日本代表の皆さんが試合後に子どもをグラウンドに入れている場面を見ても『なんで、私はできないの!』と怒っていて(笑)。陸上では海外のママアスリートが優勝した時に抱っこしてウイニングランをするシーンが増えましたが、日本ではまだ見たことない。私も日本選手権などの大きな大会で実現させたいですし、いつかはそんなシーンが当たり前に見られるようになってくれたらと思います」

■寺田明日香 / Asuka Terada

 1990年1月14日生まれ、北海道出身。小4から競技を始め、恵庭北高(北海道)でインターハイ3連覇。卒業後、08年から日本選手権3連覇など活躍し、13年に現役を一度引退。早大人間科学部に進学した。結婚・出産を経て、16年夏に7人制ラグビーに挑戦し、17年1月から日本代表練習生として活動。18年12月に陸上界復帰を表明。最初のシーズンの19年日本選手権3位、9月に12秒97の日本新記録、10月の世界陸上に出場した。果緒ちゃんが好きな料理は「炊き込みご飯とオムライス」、4月から通う小学校のランドセルの色は「『6年間使える色にしよう』と相談し、キャメルに決まりました」。

<「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催> 最終日の14日に女子選手のコンディショニングを考える「女性アスリートのカラダの学校」が開かれる。アスリートの月経問題について発信している元競泳五輪代表・伊藤華英さんがMC、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第1部にはレスリングのリオデジャネイロ五輪48キロ級金メダリストの登坂絵莉さん、第2部には元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんをゲストに迎え、体重管理、月経、摂食障害などについて学ぶ。参加無料。応募はTHE ANSWER公式サイトから。

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」6日目は「女性アスリートと膝の怪我」、サッカーの永里亜紗乃さんが登場)(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)