「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」4日目、テーマは「女性アスリートと恋愛」「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブ…

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」4日目、テーマは「女性アスリートと恋愛」

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を始動。「タブーなしで考える女性アスリートのニューノーマル」をテーマに14日まで1週間、7人のアスリートが登場し、7つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。4日目のテーマは「女性アスリートと恋愛」。陸上の現役プロマラソンランナー・下門美春さんが登場する。

 現役アスリートでありながら、文章、写真などの投稿サイト「note」で過去の恋愛を赤裸々に綴った下門さん。「女性アスリートの恋愛事情はベールに包まれている」と感じながら、実体験を公にした理由とは。一人のアスリートとして感じる恋愛がしづらい理由、必要以上に隠さなければいけない現状への疑問にも触れ、そこに女子選手の“競技しか知らない人生”の危うさが見えた。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

 女性アスリートは恋をしてはいけないのか。スポーツ界をなんとなく覆っていて、でも誰も語ることがない。そんな空気に一石を投じるように、下門美春さんは昨年5月、「note」に1本の記事を書いた。タイトルは「ドキドキは警報。」。

「彼氏いますか? 結婚願望ありますか? どんな人がタイプですか? 、、、よく聞かれる。女性アスリートの恋愛事情ってベールに包まれている。そもそも公に話す場もなければ、話す必要もない。なので今回、私の恋愛。暴露します」

 こんな書き出しで綴ったのは、過去の恋愛体験談。自身を「ドタキャンされ続ける女」とちょっと自虐的に表現し、20代から30歳の今に至るまで、どちらかといえば恵まれてこなかったエピソードをコミカルに、かつ、赤裸々に記した。

 自己ベスト2時間27分54秒。16年の青梅マラソン、昨年の愛媛マラソンなど、国内大会で優勝経験もある。多い月は900~1000キロ走り、自分を追い込みながら、競技と向き合っている現役のプロマラソンランナー。にもかかわらず、だ。

 自ら「ベールに包まれている」「公に話す場も必要もない」と記した女性アスリートのタブーを明かしたのは、なぜか。

「私は『note』をアスリートとしてだけじゃなく、30歳の一人の女性として知ってもらいたいと思って始めました。競技生活は食事も日常の生活も、いろんな制約があったり、周りは子供がいるのに自分は結婚もせず、ふと不安になったり、いろんな葛藤が生まれます。でも、それはほかの選手も同じ悩み。だから、私の体験を気軽に書くことで『悩んでいるのは私だけじゃなかった』と、誰かに思ってもらえるきっかけになればと思って」

「note」にはソフトボール部だった中学時代、バリカンで丸刈りにさせられたこと、21歳に現役を一度引退し、上野駅ナカの呼び込みアルバイトでフリーター生活をしていたこと、その2年間で体重が15キロ増えながら現役復帰したこと、どんな経験も包み隠さず、オープンにしている。

「選手は周りの“○○をしちゃいけない”に縛られることが多いんです。SNSで発信すると『選手なのにそんな時間あるんですか』『そんなもの食べていいんですか』という声も頂きます。でもアスリートも遊ぶ時は遊ぶし、食べる時は食べる。その価値観に縛られすぎて過食になり、吐いてしまう選手がいたし、私も摂食障害に近い経験をしました。閉ざされたところから解き放たれた方が競技もうまくいく。そんな想いで書いています」

「恋愛をしちゃいけない」も、ずっと感じていたもの。

「出会いは恋愛に限らず、必要な時に必要な人とあるものじゃないですか? なのに、恋愛だからダメというのはおかしい。もちろん、恋愛に飲み込まれ、競技が疎かになってはいけない。指導者からすれば、競技に集中できなくなるという理由で押さえつけたいかもしれませんが、選手に成し遂げたいことがあり、その目標を一緒に描けているのなら、選手自身が線引きをするはず。なので、誰かに縛られるものではない気がしています」

 下門さんが言うように、アスリートの本業は競技である。実業団なら所属先、プロならスポンサーから支援を受け、結果という対価を残し、名前を売る。それが、基本的な関係だ。仮に恋愛であっても、それ以外であっても、仕事である競技に影響を及ぼすことは好ましくない。一方で、分別がつく年齢で、自分を律しながら、プライベートの充実を競技に生かせるなら、恋愛をするもしないも個人の自由であっていいはず。

 しかし、実際には恋愛が過度にタブーとされるという。その裏に、女性アスリートが抱える一つの課題がある。

「走る」しか知らない人生の危うさ「いずれ社会に出た後にリスクがある」

 下門さんが感じているのは、男性指導者の評価と厳格な行動管理だ。

 高校卒業後に入社した実業団。大学、実業団などの選手が多く参加する記録会の会場で、久しぶりに会った高校時代の先輩の男子選手に声をかけられた。少し会話をしただけで、直後に「今のは誰だ?」と男性コーチの目が光り、驚いたことがある。

「女子の陸上長距離は、男子スタッフの管理下に置かれるのが一つの特徴。例えば、男子なら合宿最終日にお酒を飲むことも普通ですが、女子にはなく、食事も決まった時間、量で食べることが当たり前です。評価をするのはスタッフなので、選手はどう見られているかは気になります。結果として、競技以外に恋愛もしづらい雰囲気に感じますし、恋人ができても自然と隠したり、言わなかったりする。知られないに越したことはないと」

 実業団は多くの選手が寮生活、厳しい管理下で過ごす。例えば、プロ野球なら一定の成績を残し、高卒5年目、大卒1年目で退寮可能というルールもあるが、下門さんが経験したところでは原則、高卒1年目も10年目の選手も同じ扱い。実際、下門さんも28歳でプロになるまで寮生活だった。

「門限は9時30分。実業団は都心まで電車で1時間ほどの環境が多いので、出かけても8時には帰らないと間に合いません。友達との食事もだいたい7時開始。せめて大卒1年目を終えたら、もう少し自由になったら……と感じていました。また、厳しい管理の流れは高校からあります。強豪校になると寮に入り、髪形はみんな一緒。一目でどの高校と分かるくらい線の細いフォルムが同じです。

 食事も全員一緒でスタッフに常に見られる環境。実業団時代に驚いたのは、手紙の出し方が分からない、洗濯物を平台に置いて乾かす後輩がいたこと。過度に生活の自由が制限され、一般常識も身に付かないのではないかと。許されるのは寮と学校の行き来だけ。寮の食事では足りないけど、外出は行き先を書かないといけないので寮の塀を登り、コンビニに抜け出していたと聞きます」

 選手を規則で管理することが悪ということではない。競技に集中しやすい環境が作られ、強くなれる選手がいるのも事実。選手もそれくらいの方針を理解し、加入する。ただ、個人の意識、年齢、実績などによって選択肢があってほしいというのが、下門さんの考えだ。

「恋愛についても、特に高卒の選手は免疫がないと感じることがあります。陸上だけでは分からない経験って、必ずあるので。感情のアップダウン、許せること、許せないことも人と付き合っていたら起こるもの。そういう経験で人として豊かにもなるし、結果的に競技にも生きる。でも、女子十数人とスタッフ数人の同じメンバーの生活で人間関係を構築してしまうと、いずれ社会に出た後にリスクがあると感じています」

「走る」しか知らない人生の危うさ。それを感じるから、競技を最優先にした上で、後輩には「もし恋愛ができる環境ならどんどんした方がいい、経験が積めるよって思うから」と言い、参考例として自分の経験を発信している。

 今回、「女性アスリートと恋愛」というテーマで取材をお願いしたところ、「すごく話したいと思っていたことだったんです」と快諾。「私自身は彼氏と呼べる人はもう8、9年いません……。これ、書いてもらって大丈夫です!」とおどけて笑う。

「その間、付き合うのか付き合わないのかくらいの距離感の方は何人かいましたよ。一般の会社員の方、別競技のアスリートの方……。ただ、好きになる人になかなか好きになってもらえなくて(笑)。陸上に集中したい時は『恋愛はどうでもいいや』となり、うまくいかない時もあります。反対に『この一本を頑張ったら会いに行ける』と乗り切れることもありますし、周りには『恋愛している時の方が生理が来るんです』という子もいました」

 女性アスリートと恋愛の実情を明かした下門さん。「だから、恋愛がすべてマイナスになることはないんじゃないか」と付け加え、後輩たちがより人間らしく、健やかに、競技に向き合える環境になることを願った。

「周りの声に負けないで、恋愛も陸上もやりたいことを貫いて」

 アスリートにはもう一つ、世間から持たれるイメージの難しさもある。特に、女性は清廉で無垢なイメージが先行しやすい。

 例えば、恋愛に限らずメイク、ファッションに気を使うようになると「もっと競技に集中しろ」と反発を買う。加えて、世の中で言う「アスリート」とは爽やかさの象徴であり、「五輪のためにすべてを犠牲にして努力している人」とラベリングされがちだ。

 繰り返すが、アスリートの本業は競技。その前提の上で、下門さんは女性アスリートの一人として想いを語る。

「競技生活を終えたら、アスリートも一人の社会人として世間に溶け込まなければいけません。でも、競技はメイクをしないことが尊ばれる世界だったのに、外の社会に一歩出たらメイクをしないといけない世界。女性が会社でノーメイクって、きっといづらいですよね。スポーツ界と社会の大きな差を感じますし、競技に影響が出ないのであれば、選手のうちに化粧を勉強しておいて損はないと思います。

『五輪目指して頑張ってね』と声をかけられることは私も多いです。一般には五輪、世界陸上くらいしか分からないこともあります。もちろん、応援をいただけるのは嬉しいですが、一方で求められるものに苦しさを感じる葛藤もあります。私自身、現実的に自分と五輪の距離は分かっているけど、マラソンで走れる日本人は3人だけ、次は4年後。そう考えると、陸上がただ苦しいだけのものになります」

 アスリートが過酷に追い込み、生まれる競争にはドラマがあり、私たちの感動を呼ぶ。それを否定することはない。しかし、五輪に出ることを唯一の正解かのようにアスリートが縛られてしまうと、そこからこぼれた選手たちの価値はどうなるか。

 女子マラソンに限れば、五輪3枠を現実的に争える選手は国内で10~20人程度。東京五輪代表選考会として行われた19年9月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の条件をクリアし、出場権を獲得したのは12人だけだった。しかし、その下のカテゴリーには何倍もの選手たちがいる。それぞれの立場を尊重し、社会にあるべき多様性を表現することもスポーツ界の役割であり、競技の裾野の拡大にも必要なことではないか。

「私自身、競技を通じていろんな場所に足を運んで風景を見たり、おいしいものを食べたりすることもモチベーションの一つです」という下門さんの発言は、決して甘えや言い訳などではなく、女性アスリートが口にしない“声なき声”の代弁のように聞こえた。

 アニメと野球観戦が大好きで、休みはアマゾンプライムとDAZNがあれば、事足りるインドア派。「note」では「外見評価も気にして容姿には気を付けている、SNS駆使しているため陸上界でも走力の割に有名、チャラチャラして男遊びも激しそうな下門美春は実はかなりの男性恐怖症である」と率直に記し、セルフイメージと内面のギャップを理解している。

 今年31歳。結婚・出産する同世代の友人が増えているが、自身の恋愛については「今、競技に集中したい波に入っているので、当面なさそうかな……」と苦笑い。ただ、想いを自由に発信しやすいプロ選手だから、伝えられるものがある。「自分の記録のためだけに走るのではなく、いろんな人に経験を還元することが、私が五輪を目指す以外に今できる役割」と自覚している。

「閉ざされていたものをどんどん広げていきたい。長距離選手で彼氏が沿道で応援していて、ゴール前に帰ってしまった話を聞いたことがあります。もちろん2人の関係性もありますが、結果が良くても悪くてもゴールで会っていい。パートナーは親よりも近くで見てくれる存在なので、変に隠さず自然体でいられる環境になったら、きっと選手もプラスになるんじゃないかと思います」

 14日の名古屋ウィメンズマラソンに出場予定の下門さん。今後の競技人生については「34歳くらいで競技者としての第一線は終わりにしたいと、今は思っています。届かないかもしれませんが、その区切りは次回の五輪なのかな」と言う。

 そして、残りの現役生活で表現していきたいアスリートとしての理想像を、アニメ好きらしい言葉で表現する。

「何歳になっても昔のアニメを見るんですが、セーラームーンが私の理想なんです(笑)。普段は普通の女の子、でも戦ったら強い。そこに信念がある。そういうオンオフのようなものを理想にしたいし、これからの時代の選手もそうあってほしい。表舞台にいると叩かれることも多いし、男性からしたら弱い存在だからか、言われやすいかもしれません。でも、そういう声に負けないで、陸上も恋愛もやりたいことを貫いてほしいです」

 もし、「女性アスリートだから」と見えない縄に縛られ、何かを諦めている選手がいるのなら……。ちょっと視野を広げ、自分と違う世界の価値観に触れてみてほしい。そこに、きっとヒントがあるから。プロマラソンランナー・下門美春さんが自分の恋愛を隠さない理由は、ここにある。

【「恋愛」について語った下門美春さんが未来に望む「女性アスリートのニューノーマル」】

「マラソンのゴールって女子選手を待っているのは大抵、監督なんです。それが恋人であってもいいと思います。海外で合宿に行って同じ部屋になったケニア、エチオピアの選手が19、20歳なのにもう子供がいると聞いて驚きました。パートナーがいるから、子供がいるから強くなれる。そういう女性らしさを当たり前に発信し、これを言ったら、SNSに上げたらどう思われるかなと気にせず、自然体で過ごせるようになったらいいなと思います」

■下門美春 / Miharu Shimokado

 1990年4月24日生まれ、栃木県出身。片岡中(栃木)時代はソフトボール部に所属、那須拓陽高(同)から本格的に陸上を始め、2、3年生で全国高校駅伝に出場。卒業後の08年に第一生命に入社したが、12年に一度引退。2年間のフリーター生活を経験した後、14年にしまむらで現役復帰、17年にニトリ移籍。28歳だった18年5月からプロ転向した。身長162センチ。自己ベストは1万メートル33分04秒、ハーフ1時間11分48秒、フルマラソン2時間27分54秒。ツイッター、インスタグラム、note、YouTubeで幅広く自身の情報を発信している。好きな野球チームはヤクルト。

<「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催> 最終日の14日に女子選手のコンディショニングを考える「女性アスリートのカラダの学校」が開かれる。アスリートの月経問題について発信している元競泳五輪代表・伊藤華英さんがMC、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第1部にはレスリングのリオデジャネイロ五輪48キロ級金メダリストの登坂絵莉さん、第2部には元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんをゲストに迎え、体重管理、月経、摂食障害などについて学ぶ。参加無料。応募はTHE ANSWER公式サイトから。

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」5日目は「女性アスリートと出産」、陸上の寺田明日香さんが登場)(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)