ヒンクル・フィールドハウスでのNCAA公式戦の様子(写真/石塚康隆、2013年撮影)   フージャーヒステリアの中心、ヒンクル・フィールドハウス    今年のNCAAトーナメントは例年とは異なる開催方法となる。例年なら…

ヒンクル・フィールドハウスでのNCAA公式戦の様子(写真/石塚康隆、2013年撮影)

 

フージャーヒステリアの中心、ヒンクル・フィールドハウス

 

 今年のNCAAトーナメントは例年とは異なる開催方法となる。例年ならば、全米を4つの地域に分けて個別のトーナメントを複数都市で開催し、それぞれの勝者が最後に一つの都市に集まって“ファイナルフォー(Final Four)”と呼ばれる全米の四強対決を行う。しかし新型コロナウイルスのパンデミック下で進行している今シーズンは、男子がインディアナ州インディアナポリス、女子がテキサス州サンアントニオを舞台に、それぞれでバブル開催となる予定だ。
 アメリカのスポーツ界最大の祭典の一つでもあるNCAAトーナメントの伝統が変わることに、どこか違和感がないわけではないが、昨年大会自体がキャンセルされたことを思えば、NCAAとしてリスクときっちり向き合い開催にこぎつけようとしている意義は計り知れないほど大きい。昨年NBAがプレーオフ全体をバブル開催して成功を収めた例もあり、今回は今回でこれまでにないエキサイティングな展開や感動の名場面が生まれることを期待させる要素も数えきれないほどある。
 男子のインディアナポリス大会におけるそういった楽しみの一つに、全米のバスケットボールファンに知られた“聖地”ヒンクル・フィールドハウスで試合が開催されるという事実がある。強豪がひしめくビッグイースト・カンファレンスに所属するバトラー大がホームとしているアリーナで、バスケットボールのホットベッド(温床)と呼ばれるインディアナ州でも、最も重厚な伝統に飾られた建物の一つとされる場所だ。

 

ヒンクル・フィールドハウスの外観には、伝統の場所にふさわしい雰囲気が漂っている(写真/石塚康隆、2013年撮影)


 この会場でバスケットボールのビッグゲームを戦うこと、観戦することは、フージャー(Hoosier)と呼ばれるインディアナ州の人々にとってこの上ない喜びとされている。かの地のバスケットボールに対する熱狂ぶりを指してフージャーヒステリア(Hoosier hysteria)という言葉が存在するほど、この地域のバスケットボールに対する思い入れや誇りの持ち方は特別なものであり、その熱狂の中心にヒンクルは存在しているのだ。
 1980年代にリリースされたバスケットボールを題材とする映画『Hoosiers(邦題: 勝利への旅立ち)』では、クライマックスの撮影ロケ地がヒンクルだった。
 主演を務めたジーン・ハックマンはインディアナの弱小チーム、ヒッコリー高校のコーチなのだが、周囲の予想に反してあれよと言う間に州大会決勝進出を果たし…というのが大まかなストーリー。伝統の場所として知られるヒンクルでのビッグゲームを前に、緊張に顔をこわばらせるプレーヤーたちをリラックスさせるため、ハックマン演じるノーマン・デールHCは巻き尺で彼ら自身にフリースローラインの距離とゴールの高さを測らせこう言う。「いつも君たちがプレーしているジムと同じことがわかったな。さあ、練習だ」
 声をかけられたプレーヤーたちの表情が穏やかに…、というこの名シーンが撮影されたのがヒンクル・フィールドハウスだ。

 先日ボストン・セルティックスの試合を取材した際、このヒンクルにゆかりを持つブラッド・スティーブンスHCにこの点について質問してみた。スティーブンスHCはインディアナポリスが故郷のフージャーであり、セルティックスに加わる前はバトラー大をヘッドコーチとして率いていた。2010年、11年にはチームを2年連続でNCAAトーナメント決勝に導いた経歴を持っており、言うまでもなくそこでの実績がセルティックスでのキャリアにつながった。
 質問はずばり「ヒンクル・フィールドハウスがNCAAトーナメントの会場の一つになっていることをどう思うか」。スティーブンスHCの回答は、故郷のバスケットボールの伝統に対する愛情や誇りが伝わっててくる内容だった。

 

バトラー大を率いていた2013年当時のスティーブンスHC(写真/石塚康隆)

“フージャー”スティーブンスHCが語るヒンクルの伝統

 

「私にとっては格別です。理想的なシナリオではなくNCAAトーナメントが全国では行われないとはいえ」とスティーブンスHCは切り出した。「私が子どもだった頃、(高校生の)州大会決勝がヒンクルから別の会場に移されました。まずマーケット・スクエア・アリーナ、RCAドーム、そしてコンセコ・フィールドハウス。今はバンカーズライフ・フィールドハウスと呼ばれていますね。しかし決勝に至るまでの多くの試合は長年ヒンクルで行われてきたのです。このヒンクルでの戦いを勝ち抜いたチームが、最終的に目標とする場所に到達できたというわけです」
 インディアナ州のバスケットボールを語る上で、これらのアリーナやスタジアムも素通りはできない。マーケット・スクエア・アリーナはかつてインディアナ・ペイサーズがホームとしていた15,000人以上を収容するアリーナ。RCAドームはNFL(アメリカン・フットボール)のインディアナポリス・コルツがホームとして使用し55,000人以上を収容できる巨大なスタジアムだ(かつては60,000人以上を収容可能だった)。
 バンカーズライフ・フィールドハウスは現在ペイサーズがホームとするアリーナで、バスケットボールの試合では18,000人近くを収容できる。高校生の大会でこれらの会場が満員となり、さらに立ち見が出るほどの関心度。それがフージャーヒステリアというものだということを、スティーブンスHCはさらに語る。
 「ですから子どもの頃の知り合いは誰もが、ヒンクル・フィールドハウスで意味のある試合をしたがったものです。大学に進むかどうかなどは関係ありません。私の高校時代には、そこでプレーする機会がなかったのですが、私の友人の多くがそんな機会に恵まれました。私自身にも1試合でもプレーする機会があったらどんなにうれしかったか。インディアナのバスケットボールのすべてが凝縮されたような場所ですからね」

 

ヒンクルでのマーチマッドネスで特別なことが起きる

 

 「私が行ったことのある高校生の大会では、立ち見だけで10,000人のようなことが何度もありました。そのような場所で大学生の大会が行われるというのは、やっぱり格別ですね。いつもと一つだけ違うのは、ファンの人数制限のために立ち見が出ないだろうという点でしょう。でもあそこは特別なことが起きる場所。それがNCAAトーナメントなら、なおさら特別なことになりますよ」
 スティーブンスHC自身による回答の英文は以下のようなものだった。
“Man, that’s special…, special to think about for me. I mean it’s not an ideal scenario because they are not playing the NCAA Tournament all over the country, but… You know, when I was a kid, the State championship had transferred out of Hinkle and moved from Market Square Arena to the RCA Dome to ultimately Conseco Fieldhouse, now Banker’s Life Fieldhouse. But a lot of those years, prior to the State championship was in Hinkle. A lot of our area’s teams had to go through the State tournament in Hinkle to get to where they ultimately wanted to go.”
“So everybody I knew as a kid wanted to play meaningful games in Hinkle Fieldhouse whether you ended up going to the college there or not. And it wasn’t our route that my high school was in to play there but it was a lot of my friends’ route. And I would have loved to just play one game there in high school because it kind of represented what Indiana basketball was all about.”
“I’ve been to several high school tournament games where there were 10,000 people there standing room only. And think about they’re gonna play college tournament games in that building, it’s special. The only part that, you know, won’t happen is it won’t be standing room only because of the…, ‘cause obviously they’re gonna have to limit the number of the fans. But that place is built for special moments and there’s nothing more special than the NCAA Tournament.”

 今年のNCAAトーナメントは3月18日(木)から4月5日(月)まで。ヒンクル・フィールドハウスが会場となるのは、3月21日(土)・22日(日)の2回戦と、27日(土)・29日(月)のスウィート16(いわゆるベスト16)による試合の一部だ。日本で試合放送や放送やフルに視聴が可能となる機会の情報はないが、ソーシャルメディアやNCAA公式ページなどで追いかけて、現地の熱気に触れてみてはどうだろう。

 

今年男子のNCAAトーナメントの舞台となるインディアナポリスの街並み(写真/石塚康隆、2013年撮影)

 

文/柴田 健(月バス.com)

(月刊バスケットボール)

スティーヴンスHCは故郷の伝統に対する誇りを感じさせる回答をしてくれた