サッカースターの技術・戦術解剖第48回 ジョアン・フェリックス<疑いようのない才能>「疑いようのない才能がある。時間をあげよう」 アトレティコ・マドリード(スペイン)のディエゴ・シメオネ監督(アルゼンチン)は、ジョアン・フェリックス(ポルト…

サッカースターの技術・戦術解剖
第48回 ジョアン・フェリックス

<疑いようのない才能>

「疑いようのない才能がある。時間をあげよう」

 アトレティコ・マドリード(スペイン)のディエゴ・シメオネ監督(アルゼンチン)は、ジョアン・フェリックス(ポルトガル)について「時間をあげよう」と話したことがある。ベンフィカ(ポルトガル)から巨額の移籍金で活躍したのが昨季。しかし、その金額に見合うほどの活躍はできなかった。



アトレティコ・マドリードで、2シーズン目をプレーしているジョアン・フェリックス

「20歳で絶対的なスターはほとんどいない」(シメオネ監督)

 ただし例外もある。モナコからパリ・サンジェルマン(以上フランス)へ、ジョアン・フェリックスを上回る金額で移籍したキリアン・エムバペ(フランス)はそのひとりだろう。シメオネが現役時代にプレーしたディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)もしかり。20歳で絶対的な存在が希少なのは確かだが、ジョアン・フェリックスへの風当たりが強いのは、例外的な選手だと思われているからに違いない。

 アトレティコでは2年目を迎えた。だが、まだジョアン・フェリックスは絶対的なスターとまでは言えない。絶対的なのはバルセロナ(スペイン)から来たルイス・スアレス(ウルグアイ)であり、不可欠なのはコケやマルコス・ジョレンテ(以上スペイン)だ。

「疑いようのない才能」はある。

 ボールタッチの才が非凡だ。ボールのどこをどう触ればいいか、瞬時に判断できて実行できる。例えば、ボールに鋭い回転がかかっている時でも、ワンタッチで手なずける。この手の才能を言葉にするのは難しいが、見ればすぐにわかるものだ。

 マラドーナのボールタッチがほかの選手と明らかに違っているのは、誰が見てもわかるはずだ。同じようにジョアン・フェリックスにも特別なボールとの親和性がある。それはボールを止める時だけでなく、柔軟なドリブルやのびやかなボレーシュートにも発揮されている。

 華があるのは間違いない。10代のころから将来のバロンドール候補と期待されていたのもわかる。ただ、本当にそれほどの選手になれるかはまた別の話である。

<スラリとした体格と華のあるプレー>

 ポルトガルでは「ロナウド2世」と呼ばれているが、クリスティアーノ・ロナウドにはあまり似ていない。むしろマヌエル・ルイ・コスタだろうか。あるいは、スラリとした体格と華のあるプレーという点では、ウルグアイのスターだったエンツォ・フランチェスコリに似ているかもしれない。

 フランチェスコリはアルゼンチンのリーベルプレートで大活躍して「エル・プリンチペ」と呼ばれ南米のスターだった。フランスのラシン・パリやマルセイユでプレーし、マルセイユ時代のプレーを見ていたジネディーヌ・ジダン(フランス)のアイドルでもあった。

 ただ、ヨーロッパでは大きな成功を収められていない。フランチェスコリの場合、クラブの選択がよくなかった。ラシン・パリは2部に降格し、マルセイユは強かったが1シーズンだけ。イタリアのカリアリやトリノでは歓迎されたが、タイトルを獲れるようなチームではなかった。その後、リーベルに戻って再び大活躍するのだが、ヨーロッパでのキャリアは才能の無駄使いだったと言える。

 ジョアン・フェリックスのチーム選びは間違っていない。アトレティコはタイトルを狙えるチームである。バロンドールは、メジャータイトルを獲らないかぎり受賞するのは難しいのだ。ただし、タイトルだけでも十分ではない。個人として圧倒的な貢献が必要だ。

<別格の存在になれるか>

 現状でジョアン・フェリックスのプレーには「甘さ」が抜けていない。

 クリエイティブな能力はすばらしい。自らの技術の高さとインスピレーションを信じ、相手の意表を突くのはスーパースターたちのトレードマークだ。「違い」をつくれる選手である。

 しかし、それゆえに不発に終わることもある。成功したら鮮やかだったが、未遂に終わるケースがまだ多い。それが「甘さ」として映る。

 だが、徹底したプロフェッショナリズムと氷のような冷静さで、ノーエラー主義の高性能マシンのような選手になるのは、おそらくジョアン・フェリックスのゴールではないと思う。そうなれるだけのスキルは持っているが、チームに役立つ技術を超えたものを人々は期待しているのではないだろうか。

「違い」をつくる選手は、その瞬間にはチームから離れている。戦術からも自由だ。自分独自の感覚と判断でプレーするから、相手には想定外であり決定的な場面につながるのだが、その瞬間にはチームの法から離れたアウトローになるのだ。

 チームを機能させるためのコマではなく、チームを個人で勝たせる。チームのルールには従うが、ある瞬間には自分のルールにのみ従うプレーヤーになる。その時初めてチームにとって役に立つ選手を超えて、別格の存在になる。誰にも代えがきかない唯一で「絶対的なスター」だ。

 現状のジョアン・フェリックスは、高性能マシンでも絶対的スターでもないが、どちらにもなれる能力は持っていると思う。シメオネ監督の言うように、たぶん「時間」が解決してくれるのだろう。

 的確なスキルを磨きつつ、「違い」をつくる別格の存在になること。シメオネ監督が期待しているのはそれで、そのための強さを身に着けてほしいと願っているのではないか。