1999年以降の全大会を取材する吉田宏記者のコラム、日程発表から代表への影響を考察 ラグビーワールドカップ(W杯)202…

1999年以降の全大会を取材する吉田宏記者のコラム、日程発表から代表への影響を考察

 ラグビーワールドカップ(W杯)2023年フランス大会の試合日程が26日に発表された。すでに日本代表のプール(1次リーグ)D組での対戦相手は、イングランド、アルゼンチン、オセアニア地区1位(未確定)、アメリカ地区2位(同)と決まっていたが、前回の日本大会でのベスト8を超える4強以上に食い込むためには、試合日程や自分たちと対戦相手の試合間隔、そして試合会場なども重要な要素になる。1999年の第4回大会以降の全ての大会を現地取材してきた経験を基に、確定した試合日程、開催地が、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)率いる日本代表のチャレンジにどう影響するのかを考える。(文=吉田宏)

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 2年後の熱気が思い浮かぶような、心躍る大会スケジュールが明らかになった。

 ラグビー生誕200年となる9月8日、ホスト国フランス代表とニュージーランド代表オールブラックスの激突で幕を開けるラグビーの祭典。日本代表も、楽しみな試合日程が組まれることになった。

 4強入りを狙う第一歩となる日本の第1戦は、開幕戦の2日後。アメリカ地区2位との対戦だ。まだ出場国は未確定だが、日本代表首脳陣はカナダ、もしくはウルグアイと想定している。その後、中6日で当たるのがプール戦最強の相手と考えられるイングランド。そして中10日でサモアもしくはトンガが予想されるオセアニア地区1位。中9日で迎えるプール最終戦が、イングランドに次ぐ強豪アルゼンチンとの対決だ。

 この対戦順を見て、直ぐにお気付きの方もいるのではないだろうか。開幕戦で勝利がマストの下位チームと対戦して、2戦目でプール戦最強チーム、そして最終戦でナンバー2と戦う流れは、2019年大会と酷似しているのだ。日程を知った日本代表FLリーチ・マイケル(東芝)は、試合日程の印象を、こう語っている。

「(2019年大会から)2大会連続で、2試合目に非常に大きな試合がある。1試合目がアメリカグループのチーム、2戦目はイングランド。準備の面は、前回大会と一緒という感じだと思う。1試合目がとても大事で、2試合目も大事。まず1試合目に勝つことが大事ですね」

 日本代表が躍進した2年前は、初戦でロシア、2戦目でプール戦最強のアイルランド、そして最終戦で2番手のスコットランドと戦い、勝ち抜いて歴史的なベスト8進出を掴み取った。今回の日程決定直後に取材に応じた藤井雄一郎・日本代表ナショナルチームディレクター(NTD)も、この対戦順には表情を緩めた。

「なんとなく(日程の)感じが前回と似ている。(前回の)スコットランドに勝たないといけないというプレッシャーも含めて、気持ちの持っていきかたを経験しているから、そういう意味では一番いい並びだったんじゃないかと思います。(中略)前回同様の調整の仕方でいいのかな思うので、コーチ陣はすごくやりやすいでしょう」

 つまり、2戦目のイングランドを最大のターゲットとして挑み、最強の相手と渡り合うことでチームに自信と勢いをつけて、最終戦で決勝トーナメント進出をかけた相手を倒すというシナリオが、2大会連続で描かれることになる。藤井NTDが「もちろん、やるからには勝ちにいく」と明言するイングランドへのチャレンジと、アルゼンチンからのマストウインというストーリーが、この日程決定で浮上した。

試合間隔の拡大は日本代表に追い風

 ここで、今回の日程発表に先立ち、統括団体ワールドラグビー(WR)、大会組織委が発表した日程等に関する新たな取り組みを説明しておこう。

 主要な決定事項を箇条書きにすると以下のものになる

・試合間隔は最短中5日
・登録選手を31から33人に増加
・移動の負担を減らす

 長らく、出場チーム、選手から多くの批判があったのが試合間隔だ。前回大会までは、高額な放映権料を支払う放送局や、チケット販売を重視して、強豪国の試合を週末に組んできたため、中堅・弱小国が中3日で試合を強いられることもあった。15年大会の日本代表が南アフリカからの金星の後、中3日でスコットランドに完敗して、19年大会では、そのスコットランドが同じく中3日で対戦した日本に敗れている。

 このような不均衡を解消するために、フランス大会ではプール戦期間を1週間延ばし、どのチームも平等に準備期間を持てる日程を実現した。これはWRが取り組む選手のウェルフェア(福利、活動の充実と保障)を重視する方針が反映された決定で、登録選手数の2増、そして移動による負担軽減も同じように、選手への負担を減らすという考え方によるものだ。

 このような新たな取り組みは、どのチームにも均等に恩恵があるのは間違いない。だが、その一方でチームのキャラクター、つまり各国代表のチームスタイル、強化方針、代表強化における背景を考えてみると、日本代表にはさらなる追い風と考えていい要素が浮かび上がってくる。

 まず、試合会場について考えていく。試合ごとの移動を見てみると、日本代表はトゥールーズ→ニース→トゥールーズ→ナントと3か所を会場とし、トゥールーズがハブのような位置づけになる。この3都市のロケーションを見てみると、トゥールーズを中心にして、ニースは東に、ナントは北にそれぞれ500キロ、飛行機だと70分ほどの移動時間というロケーションだ。この移動については、藤井NTDが「神経質になることなないと思う」と語るように、試合間隔が十分にある中での選手への肉体的な負担は少ないと考えていいだろう。

 大会前、期間中の練習場所については、同NTDが「テストマッチもやっていますし、ジェイミーも街のことよく知っていると言っていたので、しっかりそこで合宿、生活すれば馴染んでくると思う。2試合ありますし、おそらくジェイミーの頭の中にはあるんじゃないかなと思います」と、トゥールーズが日本代表のベースキャンプ地になることを示唆している。この考え方を裏付けるように、ジョセフHCも、協会を通じて発表したコメントで、こう語っている。

「最初の3試合を南フランスで戦うことになったのは、2017年のトンガ戦の際に準備も含めてトゥールーズに滞在して、街にも精通していることを考えると、私達にとって好材料です。とても適応しやすい地域で、人々はみな本物のラグビーファンです」

 フォアグラと薔薇色の歴史的建造物で知られるトゥールーズは、フランスの名門クラブ「スタッド・トゥールーザン」の本拠地で、熱心なラグビーファンが多いことでも知られている。ジョセフHCのコメントの通り、日本代表が17年のフランス遠征でトンガ代表と対戦する際に滞在した街で、リーチ主将も「何人かのメンバーがプレーしている。その経験が必ず次のチームで生かせると思います」とプラス材料と考えている。ジョン・カーワンHCが代表を率いた2007年大会でも拠点としたこともあり、日本との親和性は抜群といっていいだろう。

日本代表とも縁深いトゥールーズ

 元日本代表WTB吉田義人氏、同NO8斉藤祐也氏がプレーした古豪クラブ「コロミエ」も隣接した地域が拠点で、07年大会では同クラブのスタジアムで日本代表も練習を行うなど、ラグビーの環境は充実している。

 さらにトゥールーズは、欧州が誇る巨大航空・宇宙産業の「エアバス」社の本拠地でもあり、フランス各地や海外への航空便も充実しているのも特色。ニース、ナントへの移動もスムーズに行われるはずだ。

 このようなロケーション上のメリットに加えて、試合間隔でも、日本にはプラス要因が少なくない。

 2015年大会では南アフリカから歴史的な金星を奪い、プール戦3勝、19年はベスト8と飛躍的に力をつけてきた日本代表の顕著な特徴は、組織としての完成度の高さだ。

 決勝トーナメントを争うレベルの強豪国と比べると、日本代表はサイズとフィジカル面では大きなハンディキャップを負っている。多くの海外出身選手がチームに加わってはいるが、他の強豪国のような身長190センチ級のPRや200メートルのLOは皆無に近い。同時に、高いレベルでの経験値も欧州、南半球勢とは差があるのも事実だ。その差を補うために前任のエディー・ジョーンズ氏、現在のジョセフHCは、揃って個人能力の差を組織力で補うラグビースタイルに力を注いできた。

 1対1のコンタクトでは及ばなければ、2人、3人がかりで相手に群がる。このプレーが続けば数的不利な状況が起きることになるが、1つのプレーから次のプレーに移るスピードと運動量を高めることと、他国以上に明確で厳密な役割分担、連係を高めることで補う戦い方を追求してきた。攻守ともに、どのチームよりも選手1人1人にしっかりと役割が与えられたラグビーは、細かいピースが全て揃って初めて絵になるパズルのようなものだ。このようなチームを完成させるためには、他のチーム以上の強化、準備時間が不可欠なのだ。同時に、強豪国以上に1試合での選手の消耗が激しいのも避けられないのが実情だ。

 多くの強豪国が自国のプロリーグを持つか、多くのプロ選手で構成されているのに対して、日本のラグビーがいまだにアマチュアスポーツの範疇にあることが、他国以上の強化時間の確保に繋がった。他国は、所属するプロチームとの契約などで、代表選手を合宿や遠征で長期間拘束することに制約がある。だが、日本の場合はチームを保有する多くの企業が、ラグビー協会と代表からの要請に活動に理解を示し、出向契約などで選手を代表活動に専念できる環境を作ることができた。

 多くの強豪国は、春と秋のテストマッチ期間でしか代表選手を集めることができず、W杯イヤーでも、事前キャンプは1か月、長くても2か月以内という状況だ。しかし、日本代表の場合は、W杯イヤーで200日を超える合宿時間を確保してきた。つまり、世界ランキング上位の国であっても、代表チームは実は“寄せ集め集団”という性格があるのに対して、日本代表は本当の単独チームのように組織化され、戦術が浸透されているのだ。この完成度の差が、19年大会の躍進を支えた大きな要因の1つだったことは間違いない。

 そして、このような日本代表の強化に「時間」が重要になることは、短期決戦のW杯大会期間中にも当てはまる。次戦に向け十分な準備時間があることが、フィジカル面で消耗が激しい日本代表選手の回復を助けるのと同時に、勝つために欠かせない組織力、コンビネーションを整備・修正し、完成度を高めるためには大きなメリットがある。

 藤井NTDも、この試合間隔の改善が日本にもたらす恩恵を認めている。

「少なくとも強豪国とやるときは、やはり120パーセントの力を出さないといけないので、しっかりした休養と戦術戦略の落とし込みというのは非常に大事だと思う。どの国もそうだと思うが、特に日本にとっては回復というのは非常に重要なポイントになる」

日本代表のスローガンは前回同様“ワンチーム”に!?

 プール戦最強の相手となるイングランドとの対戦でも、日本にプラス材料がある。お互いにプールD組で2試合目となるこの試合は、日本が中6日、イングランドが中7日で迎えることになるが、藤井NTDは「この1日の差はそんなに影響ない。それよりは、最初に対戦したチームが大事」と指摘する。

 日本代表が初戦で下位チームのアメリカ地区2位と対戦するのに対して、イングランドはW杯3位の実績を持つアルゼンチンが相手だ。この強豪との死闘による選手の消耗、負傷などのリスクがある中で日本との対戦を迎えることになる。藤井NTDは「そこはエディーさんが(様々な対策を)やってくると思うので、アドバンテージになるとは思っていない。イングランドはおそらく、そこはちゃんと調整してくると思う」と語っているが、その顔にはかすかに笑みが浮かんでいた。

 大会スケジュールの確定で、他国以上に体力を消耗するラグビースタイルと、他国以上に繊細に戦術を積み上げるジェイミージャパンが、十分な試合間隔と好立地の活動拠点を得たこと、そしてプール戦を勝ち抜くためのストーリーを持てたことは、目標の4強入りへの大きなステップと考えたい。もちろん選手層が課題のチームには、登録選手の2増加はプラス材料だ。

 それに加えて、藤井NTDへの取材で語られた今後の強化プランも紹介しておこう。

 まず、現在ニュージーランドに帰国中のジョセフHCについては、トップリーグ(TL)期間中の来日を目指しながらも、そのタイミングを模索中だ。来日しても2週間の隔離措置が必要なこと、もし再帰国する場合には、さらに母国での隔離と、合計1か月近い時間のロスが生じることになる。そして、コロナ禍の影響で、日本の就労ビザが切れているため、来日する際に必要な再発給も容易ではないことも障害になっている。

 今後の代表強化に関しては、TL終了後、選手の休養も入れながらの再開を目指すことになる。その後の実戦に6月26日に予定されているブリティッシュ・アイリッシュライオンズ戦(エディンバラ)を含めて、藤井NTDは「春の期間で、練習試合も含めてトータル4、5試合はやりたい。国内の、日本のサポーターの皆さんの前でどうしてもやりたいという思いもある」と語っている。新型コロナウイルスの影響で流動的ではあるが、6、7月の代表戦期間にテストマッチではないウォームアップゲームを行い、ライオンズに挑み、ヨーロッパ勢が候補に浮上する代表戦2試合を行うプランが練られている。

 2023年W杯の試合会場の事前視察については、同NTDは「もともと(計画が)あったが、コロナの状況がどうなるかで(流動的に)。それでも1回は行かないといけないと思っています」と現地視察には前向きで、試合会場での事前のテストマッチも視野に入れる。フランス視察時には、同国リーグで活躍するFB松島幸太朗(クレルモン・オーヴェルニュ)のプレー視察も考えていたが、現状では白紙の状態だ。

 気が早いが、大会へ向けてのフランス入りについては「あまり早く行き過ぎて、向こうでの生活がきつくならないようなスケジュールで行くのと、時差もありますし、そのあたりはしっかり解消しながらコンディションを上げられるような期間をコーチ陣が見つけていくと思う。(コンディション調整は)1週間くらいかかると思うので、国内で3週間やったら、そこにプラス1週間くらいになるんじゃないかと思う」と説明している。その一方で、フランス入り後にプレマッチの構想もあるようだ。このため、遅くても開幕の2、3週間前にはフランス入りする可能性が高い。

 2023年大会へ向けたチームスローガンについては、19年大会以降、選手が揃っての活動が休止状態のためいまだ発表はされていないが、同NTDは「そのままでいこうかと思っています」と明言。実際はコーチ、選手らの話し合いで決まることになるが、再び「ワンチーム」を掲げて再スタートすることになりそうだ。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏

 サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。