「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・鈴木明子「THE ANSWER」はスポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る連載…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・鈴木明子

「THE ANSWER」はスポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る連載「THE ANSWER スペシャリスト論」をスタート。元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんが「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、現役時代に摂食障害を患った経験から、アスリートの健康問題を中心に語る。

 今回のテーマも「フィギュアスケート選手の生理問題」。前回は自身が現役時代、「生理は悪」と思い込み、ゆがんだ認識で競技を続けていたことを告白した鈴木さん。今回はそんな経験をもとに、いま競技に打ち込む現役選手への助言、周りで支える指導者・保護者ら大人への提言を述べ、「選手である前に人間。それが一番大切と気づいて」とメッセージを送った。(取材・構成=長島 恭子)

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 前回、お話ししましたが、私は15歳で初経を迎えたときからずっと、月経のサイクルが不規則でした。また、摂食障害によって無月経になったり、毎年、シーズン中に月経が止まったりと、常に月経のトラブルを抱えながらの競技生活。毎月、排卵痛もひどくて、痛み止めを飲むこともありました。

 競技を引退してからは、定期的にレディースクリニックを受診しています。初診で自分が抱えているトラブルについて先生に相談。「まずは、低用量ピルでいったん排卵を止めて、きちんと生理のリズムを整えることから始めましょう」ということになり、服用を始めました。

 昔は「ピル=避妊」「服用すると太る」というイメージが強くあり、現役時代、生理のリズムを整えるためにピルを使うことを知ってはいましたが、使うことが怖いというか、少なからず抵抗がありました。しかし、実際に治療を始めてみると、私の場合はそれまでの月経サイクルが乱れていたために、それを整えようと努力することで体がとても楽になりました。

 婦人科のかかりつけ医がいると、定期的に診てもらえるので、今の自分の体の状態をある程度知っておくことができます。これはすごく心強いと思いました。定期的に婦人科で診てもらうことの大切さに、遅いのですが、引退してから気付きました。

 また、私は会社員ではないので、自分で動かないと定期健診も受けられません。ですから、年に一度、人間ドックでMRIやマンモグラフィによる乳がん検診など、全身をチェックしています。おかげ様で、今はまったくの健康体です。

「定期的に検査すれば、何かあったときも変化に気づけるし、何より健康だと思ったら、また1年間、頑張れるでしょう?」と病院の先生。あぁ、本当にそうだなって。検査を受けて、自分の体を知れば自信につながるよ、とその大切さを現役のアスリートたちにも伝えたいと思いました。

 アスリートって、普通の人よりも体力があるので、どうしても自分の体を過信してしまいます。私自身もそうでしたが、ケガや痛みがあっても我慢してしまったり「何とかなる」って思っちゃうんですよね。

 でも、私たちは競技を続けている間、心身を酷使していることには変わりません。だから体のちょっとした変化に気づいたら、そこに蓋をしてはダメだなと、今、改めて思います。

なくしたい「生理は悪」の空気、「大人が間違った知識で追い詰めないで」と提言

 私が思春期の頃、スケートの現場ではなんとなく「生理」は「来たら困るもの」という空気感を勝手に感じてしまっていました。私自身も生理が来ると、「コーチから『追い込めていないんじゃないか?』って思われてしまう」と感じていた。そんなこと、実際に言われたことはなかったのに、です。

 女性なら成長すれば初経を迎えるし、毎月来るのも当然なのに、「追い込めてないのかも」「太ってしまうかも」と、生理に対して恐怖心を抱いてしまう。今なら、ものすごくゆがんだ認識だとわかります。でも、選手たちは皆、同じようなイメージが刷り込まれていたので、当時は疑問にさえ思いませんでした。

 自分たちの生理に対する認識はおかしいのかも、とちょっと気づいたのは、20代後半になってからです。その頃、スケート以外の友達から「結婚をする」「出産をする」という報告や話をする機会も増えていたなか、「選手を辞めた後、私は女性として当たり前に生きることができるのだろうか?」という怖さをふと、感じました。

 スケーターとしての、自分の競技者としての終わりが見え始めたときに初めて、その先のことを考えられたんです。

「そんな普通のことに、どうして10代で気づけなかったの?」と、思われるかもしれません。でも、これは本当に難しい問題。競技に夢中になっている10代の選手たちに、「将来のことをもっと考えなさい」と言ったとしても、もう目の前のことだけでいっぱいで、考えられません。だって、「今できたらいい」という気持ちがものすごく強いから。

 ほかのスポーツと同様に、フィギュアスケートも若年齢化が進んでおり、バンクーバーから平昌五輪までの3大会とも、女子の金メダリストは10代でした。女子でもトリプルアクセルや4回転ジャンプを跳ぶ選手たちが増え、SNSでは10代前半でジャンプをパワフルに跳ぶ選手たちの動画が上がっています。

 知らず知らずのうちに、体が「少女」から「女性」へ成長する前に「とにかく跳べないと、世界で戦えない」と焦り、「成長したら跳べなくなるのではないか」という恐怖心から、成長自体をプレッシャーに感じ、どんどん追い込まれていってしまうのです。

 でも、選手として生きるよりも、その後の人生のほうが遥かに長いですよね。

 アスリートたちも、選手である前に一人の人間です。親やコーチなど身近な大人たちが、本人が見えていない分、体に関する正しい知識を共有し、きちんとした認識を持って選手たちに接することが大切ではないでしょうか。そうすることで、「生理は悪」という現場の空気感がなくなることにつながるし、選手たちが間違った知識によって追い詰められることもなくなると思います。

 選手たちに伝えてもなかなか伝わらない、理解はできないかもしれませんが、とにかく伝え続けることが大事。「大人になる過程で起きる体の変化は、あなたが生きていくうえで、すごく大切でポジティブなことなんだよ」「生理が止まるのはおかしなことなんだよ」と伝えていかないと、私のようにずっと、生理が来ることを、ものすごくネガティブに感じ取ってしまうだろうな、喜べないだろうな、と思うからです。

 無月経などを経験しても大人になり、出産される方はいます。でも、正しい知識がなかったことで、人としての幸せを、一つ諦めることだってあるかもしれません。「あのときちゃんと治療しておけば」「もっと気を付けておけば」と、口にできない想いを抱えている人も、どこかにいると思うのです。

 もしそうなったら、競技を真剣に取り組んできたことさえ、後悔になってしまう。当時は頑張った、オリンピックにもいけた。でも、選手時代のある瞬間が一番輝けていて、引退後、間違った認識のせいで苦しんでしまうとすれば、何だかそれは、人として幸せではない、と感じてしまいます。

10代の選手たちへ「みんな、選手である前に人間なんだよ」

 一方、10代の選手に伝えたい言葉は、「人生は長い」ということ。

 今や「人生100年」といわれる時代。そんな長い人生を年表にしてみたら、今は序章ぐらいのものです。もちろん、選手としての輝きは何物にも代えがたい。だけど、選手時代が一番の山場で、そこからずっと落ちていくなんて、切ないじゃないですか。

「将来のことを考えて、と言われても難しい」という気持ちもわかる。けれど、今の輝きは今の輝き。その先の人生でも、もっともっといろんなことにチャレンジできます。でも、そこで輝くにはやっぱり、体が資本なんですよね。

 みんな、選手である前に人間なんだよって。そのことが一番大事だよって気づいてほしい。そして、競技だけの今でなく、少し先の自分の未来のために、どうしたらよいのかを考えてみる。

 その想像力を持ちながら競技を続けていけるといいのかな、と感じています。

【鈴木明子さん、「THE ANSWER」オンラインベントに登場】

 鈴木さんが3月14日に行われるオンラインイベント「女性アスリートのカラダの学校~タブーなしで考えるコンディショニングのニューノーマル~」に登場する。「THE ANSWER」が国連に定められた「国際女性デー」から1週間、女性アスリートのいまとこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。鈴木さんは7人のアスリートのインタビュー連載とともに、最終日となる14日に行われるイベントにゲストとして登場する。

「女性アスリートのコンディショニング」をテーマに2部構成で行われるイベントは元競泳五輪代表の伊藤華英さんをMC、日体大の須永美歌子教授を講師に迎える。第1部はレスリングのリオデャネイロ五輪女子48キロ級金メダリスト・登坂絵莉さん、第2部に鈴木さんが登場する。現役時代に摂食障害を患い、体重32キロまで落ち、シーズン中は無月経になりながら五輪2大会に出場した当時の体験を明かし、未来に向けたメッセージを届ける。

 1、2部ともに60分。参加費は無料。男女問わず、誰でも参加できる。現役のアスリートはもちろん、中・高・大の部活生、スポーツ指導者、部活顧問、保護者などに、特にオススメ。申し込みは「THE ANSWER」公式サイトから。

■鈴木明子/THE ANSWERスペシャリスト

 1985年3月28日生まれ、愛知県出身。6歳からスケートを始め、2000年に15歳で初出場した全日本選手権で4位に入り、脚光を浴びる。東北福祉大入学後に摂食障害を患い、03-04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。翌年、初出場となったバンクーバー五輪で8位入賞した。以降、12年世界選手権3位、13年全日本選手権優勝などの実績を残し、14年ソチ五輪で2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に29歳で引退した。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、講演活動に力を入れている。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。