東京パラリンピックの前哨戦である2019年のパラ陸上世界選手権で優勝し、名実ともに日本が誇るトップアスリートとなった中西麻耶。鍛え抜かれた肉体美とダイナミックな跳躍で目を引く一方、波乱に満ちた競技人生がたびたびフォーカスされる。「背が高いわ…

東京パラリンピックの前哨戦である2019年のパラ陸上世界選手権で優勝し、名実ともに日本が誇るトップアスリートとなった中西麻耶。鍛え抜かれた肉体美とダイナミックな跳躍で目を引く一方、波乱に満ちた競技人生がたびたびフォーカスされる。「背が高いわけでも、スポーツが得意な血筋というわけでもない。それでも、努力と気持ちで人に差をつけ、自信を持って夢を描けるところまできた」。今年の夏、4度目のパラリンピックを迎える世界女王が東京で見せたいものとは――。

2007年に出場した初めての日本選手権で日本記録保持者になり、北京大会に出場しましたが、当時はすごく複雑な思いでいました。もともとはソフトテニスで地元・大分の国体出場を目指していましたし、スポーツの勝負の世界で生きてきたので、競技人口が少ない国内の競技会では物足りなさを感じていました。一方で競技用義足を使いこなすのは難しく、仕事中の事故で右足を切断して間もなかったので断端部分は痛みます。資金面でも貯金も切り崩して大会に臨みましたし、簡単にパラリンピックで結果を出せるのだと思われるのも嫌でした。とにかく「これは競技スポーツだ!」というのを示したいと必死でした。

義足のジャンパー中西麻耶は、努力と気持ちで困難を乗り越えてきた

 当時の日本では海外のコーチなんて歓迎されなかったし、何より再びアメリカに渡る財力もなく、アルに指導を続けてもらえないならもうあきらめるしかないという気持ちでした。それに、日本で障がい者スポーツをする魅力を感じられなかったのも事実です。だから、またテニスに復帰しようかなと考えていたのですが、その頃、ビデオ通話でアルと話し込んだことがあって「じゃあ、なんで健常者とレースしないんだ。負けるのが嫌なんだろう」って言われたんです。目標だった「6mを跳ぶ」という目標はまだ達成していませんでしたし、健常者の中でやれるところまでやってみようと気持ちが動きました。

2019年世界パラ陸上競技選手権大会で初優勝。東京パラリンピック日本代表に内定した ©Getty Images Sport

 10年以上目指してきた世界一はうれしいですが、5m37という記録は満足いくものではありません。それに、やはり東京パラリンピックでは、6mを跳びたい。2019年から指導してもらっている(走り幅跳び・元日本チャンピオンの)荒川大輔コーチは、アルに続いて「6m跳べるよ」と言ってくれる存在です。感覚なども似ているところがあるので、荒川コーチとのタッグでどれだけ記録を伸ばせるかワクワクしています。

河川敷で冬季シーズンのトレーニングに励む中西

 競技場を使用することができなくなっても、公園や河川敷など、とにかく練習ができるところを探しました。コーチのいる大阪に移り住んだこともあり、質の高い練習ができたので、東京パラリンピックの1年延期が決まってもそのまま当初のパラリンピックの日程を目指してピーキングすることにしたんです。

 実家のある大分から大阪に移り住んだのはけっこう大変でしたね。実家に住んでいるとコロナを持ち込むリスクがあるので、仕方ないのですが……。大分では食材を買うにもなじみの八百屋や魚屋に行っていたし、リラックスしたいときにいつも行っていた喫茶店があったりするので、ふとしたときに恋しくなります。でも、大阪でも楽しくやっていますよ。もともと自炊が好きなのですが、ご近所さんに料理のレシピを送ってもらったり、それに少し出かけるときに愛犬を預かってもらったりするなど新しいつながりもできつつあります。

 2021年の夏は、できれば観客の前で試合ができたらうれしいです。「どうしても中西選手の試合を見たい」と思ってもらえる選手になりたいし、「パラリンピックに中西麻耶あり」と印象付けるようなパフォーマンスをしたい。その思いは、コロナ禍でも変わりません。ほかのアスリートにも言えることですが、真剣に取り組んでいる姿はもちろんのこと、試合のちょっとした時間の表情や立ち振る舞いを見れば、そのアスリートがどんな道を辿ってきたのか想像できると思うんです。残された時間、ひたむきに努力を重ねてあの舞台に立ちたいと思うので、そんな私からも何か感じてもらえたらありがたいです。

東京パラリンピックでは6mを超えるジャンプで金メダルを目指す

text by Asuka Senaga

photo by Hiroaki Yoda