鈴木尚広インタビュー(後編) 2016年まで通算20年間を過ごした巨人での現役時代、鈴木尚広氏が「神の足」と言われた理由…
鈴木尚広インタビュー(後編)
2016年まで通算20年間を過ごした巨人での現役時代、鈴木尚広氏が「神の足」と言われた理由は精度の高さにある。ミスが許されない試合終盤に起用され、200盗塁以上での通算盗塁成功率は歴代1位だった(引退当時)。現役最後の2016年には、自身初の盗塁成功率100%を記録した。相手の警戒網をくぐり抜け、なぜ次々と盗塁を成功できたのか。その裏にある周到な準備や洞察力など、「神」の領域に迫る。
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代走での通算盗塁数の日本記録保持者である鈴木尚広氏(写真右)
── 鈴木さんが現役時代に「走りにくい」と感じた投手10人のうち9人は右腕で、唯一の左腕が元中日の岩瀬仁紀さんでした。
「岩瀬さんはクイックが速く、牽制があまりにも速かったので。プラス、キャッチャーが谷繁(元信)さんと考えると、自分のなかで『勝負できるのか?』と確信を持てませんでした。
もし岩瀬さんが先発で、僕が4打席もらって"お試し期間"があれば、話は変わってきます。自分のスピードと、勝負した時の差がわかるので。でも岩瀬さんはクローザーで、僕も代走の切り札として出るから、失敗できない。そう考えると、"とりあえず行ってみよう"という考えにはなりませんでした」
── 1点ビハインドで岩瀬さん、谷繁さんの時に、一塁走者として代走に出たとします。リスクをとって盗塁を仕掛ける必要があるのか。あるいはアウトになるとチャンスがしぼむから、リスクを背負ってはいけないのか。
「常に勝負することがチームにとっていいかと考えると、別のような気がします。自分がチームにいた意味として、当然、盗塁は大前提としてありました。でも、それだけではありません。相手バッテリーにプレッシャーをかけて、バッターに有利な状況をつくることも重要です。そう考えるようになってから、代走として自分のステージがひとつ上がった感覚はありました。『1点もぎ取ってこい』と送り出されるなか、盗塁だけがすべてじゃない。ただ走るだけでなく、主観と客観を持って総合的に判断していました」
── たとえば西武の金子侑司選手は1番や9番で先発起用されるなか、塁に出たらどんどん走ってきます。代走とスタメンでは、意識も違ってくるのでしょうか。
「西武の辻(発彦)監督は、『失敗してもいいから、どんどん走れ』と言っていますよね。だから走者はアウトでもOKという考え方ができる。僕も金子くんの立場なら『失敗してもいい』と開き直り、何回もトライしていたと思います。うらやましいですよね。代走は『アウトOK』ではないので」
── 仕掛けるチャンスも一度しかありません。
「盗塁の失敗が増えていくと、急にサインが出なくなるんです。原(辰徳)監督はよく、『走っちゃいけないケースはないけど、アウトになっちゃいけないケースはある』と言っていました。そこが難しいところですが、経験を重ねるうちに、『こういう時は走ってはいけない』とわかるようになってきました。走る意味を深く考え、野球の知識として勉強させていただきましたね。ただ走るだけではダメだな、と」
── そういう思考になるうえで、影響を受けた選手は?
「誰もいません。代走になってから、自分で考えるようになりました。赤星(憲広/元阪神)さん、荒木(雅博/元中日)さん、福地(寿樹/元ヤクルト)さんなど、各チームに走れるランナーがいました。そういう人たちを見て、こういうタイミングで走るのか、どこに重心を置いているのかなど、参考にしました。気持ちは二塁に行こうとしているけど、体はちょっと受け身になっているとか......」
── 頭と体は必ずしも一致しなくてもいい?
「荒木さんの場合は牽制で刺されたくないから、重心は一塁側にあるんです。それでもスタートを切れる。みなさん、自身の経験からオリジナルの考えを見出して、それを実践していたと思います。僕の場合、構えの重心は体の真ん中に置き、頭の位置をどこに置くかはピッチャーによって変えていました。けん制がうまい、速いなど、ピッチャーによって違うので......」
── 現役時代、鈴木さんのところに若手が話を聞きにくることはありましたか。
「もちろん聞いてきましたが、そもそもそれぞれの感覚が違いますから。だから、教える、教えないという関係ではなく、雑談が一番いいと思います。軽い会話のなかで、自分に合うものを取り入れてもらったほうがいい。目線が一緒なら若い選手も気軽に話せるでしょうし。『ここだったらこうじゃない?』とディスカッションしながら、一緒に感覚を引き揚げていく」
── 鈴木さんは論理的に突き詰めているからこそ、盗塁の成功率も高まっていったのでしょうか。
「ロジックは重要ですよね。感覚で走るだけでは、おそらく限界がきます。僕が(教える)相手の言葉を引き出してあげることによって再現性が高まり、『こうしよう』『ああしたい』と発せられるようになる。そこで、それぞれのメソッドがつくられる。だから、僕のことはマネできないですし、僕は増田大輝(巨人)のマネをできない。感覚が一緒ではないですから。でも、彼のなかに引き出しをつくってあげることはできます」
── スタートを切る際、相手投手のクセを見抜けるかもポイントになると思います。どのようにしてわかるようになりましたか。
「最初はわからなかったですが......勉強ですね。何度も映像を見ながら、見えるように集中力を高めていく。そうすると、だんだん見えるようになってきます。最初は『クセは肩に出るかな?』と1点を見ていたのが、だんだん目線が広がり、パッと見た瞬間にちょっとした違う動きに気づけるようになりました。
けん制の時だけグラブのマークが見えたり、ボールの握りやグラブの位置などですね。そうやって自分のなかで根拠立てをして、確信できれば思い切ったスタートができる。迷いを消すための作業です」
── クセを研究し始めたのはいつですか。
「一軍に定着してからです。いいスタートが切れたら足も生きるし成功率も上がる。でも、スタートが悪ければ、どんなに足が速くても成功率は下がる。そう思って、いいスタートを切るにはどうすればいいかを考え始めて、試合前、試合後は資料室でビデオを見ていました。一番難しいのは、ビデオでクセがわかったとしても、試合でわかるかどうか。ビデオで見るのと、ランナーとして実際に見るのでは見え方が違いますから」
── だから試合中はベンチから、グラウンドにいるような感覚で見ていたのですか。
「そうです。ビデオで見て、ベンチで見て、初めて塁上に立った時、ちゃんと同じように見えるか。見えなかったら、迷うじゃないですか。その時は、そこのクセは見ないようにします。反応だけでスタートしていました」
── まるで研究者のようですね。
「そうしないと勝てないんです。相手も研究してきますからね。いかにスタートの誤差を小さくするかがすごく大事なんです。それにピッチャーによって間合いも違います。それが3秒なのか、4秒なのか、5秒以上なのか。速いけん制の時は3秒以内に来るとか。タイプ別にA、B、Cに分けていました。そうすれば基準値が見える。とくに『バッター集中』と場面になると、絶対クセが出てくるんですよ」
── データベースを自作していくのですね。
「手帳にほとんどのピッチャーの特徴を書いていました。クセを修正してきた場合、『この試合は修正して直っていた』と書きます。直っていなかったら『継続』と書き、日々アップデートしていく。そうやってデータベースができますが、鵜呑みにはしません。何度も予習と復習を繰り返して、前回とどう違うかを把握する」
── そうやって成功率を高めていたのですね。さすが「神の足」と言われるだけあって、すごい領域にいますね。
「そんなことないです(笑)。代走として試合に出ていなかったら、こんなことを考えなかったと思います。失敗したくないから、あらゆる方面からアプローチしていかなければならなかったということですね」
おわり