異能がサッカーを面白くする(5)~ヘディング編アルゼンチン代表、ナポリ、ミラン、バレンシアなどで活躍したロベルト・アジャ…
異能がサッカーを面白くする(5)~ヘディング編

アルゼンチン代表、ナポリ、ミラン、バレンシアなどで活躍したロベルト・アジャラ
身長が高い選手ほど有利な空中戦。繰り広げられる場所は主にゴール前だ。そこを主戦場にするセンターバック(CB)とセンターフォワード(CF)の空中における競り合いは、サッカーの醍醐味のひとつと言える。
CB、CFは必然的に、長身選手の占める割合が高い。仮に175センチ以下をSサイズ、175~180センチをM、180~185センチをL、185~190センチをXL、190センチ以上をXXLとすれば、空中戦を優位に戦う上で一般的に求められる最低限のサイズは、CBはXL以上、CFでもL以上となる。
ただ、大型選手が空中戦に勝利する姿を見ても、特段、驚くことはない。かつてリバプールなどで活躍したピーター・クラウチ(201センチ)を初めて見た瞬間、「背が高いだけじゃん!」と、憎まれ口のひとつも叩きたくなったほどだ。Sサイズである筆者の、やっかみ丸出しの感想になるが、長身選手をそれのみで安易にリスペクトすることはできない。
それがクリスティアーノ・ロナウドになると話はやや微妙になってくる。187センチのXL級。シンパシーを抱きにくい巨大さではない。高い打点からくり出される強烈なヘディングが、天賦の才能だけではないことは、鍛え抜かれたその肉体美から透けて見える。
サッカーゴールのバーの高さが244センチなので、ロナウドは67センチ以上ジャンプすれば、その高さまで到達する計算になる。実際、その高さを超えるような打点から繰り出されるヘディングシュートを、ロナウドは頻繁に披露している。
2012-13シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)準決勝レアル・マドリード対マンチェスター・ユナイテッド戦の前半30分、アンヘル・ディ・マリアの左足センタリングを叩き込んだ同点弾。2019-20シーズンのセリエA、対サンプドリア戦。1対1で迎えた前半45分に披露した決勝のヘディングシュートも、左からのセンタリングだった。アレックス・サンドロの左足キックを、ファーポストに走り込み、高々としたジャンプから射止めた、これも語り草となるような一撃だった。
しかし、いくら凄いプレーでも、幾度となく目にすると新鮮味は薄れる。リオネル・メッシのドリブルも同じなのだが、知る人ぞ知るプレーではないので、あえて積極的に語ろうという感激や驚きを、抱きにくくなるのだ。
低身長国のニッポンからやってきたライターの目が釘付けになるのは、むしろS、Mサイズの選手が、高々としたジャンプで、長身選手と空中戦を渡り合う姿を見た時だ。判官贔屓をくすぐられる眩しい光景に映る。小よく大を制すその姿は、こちらの理解を超えた、不思議な光景にも見える。
CBでは、3人の名前を挙げてみたい。ダニエル・パサレラ(173センチ)、イバン・コルドバ(173センチ)。Sサイズの2人と、Mサイズのロベルト・アジャラ(177センチ)だ。身長が10センチ低いCBと同じ到達点でヘディングを争えば、身長が低い選手が10センチ高く跳躍したことを意味する。その差は腰の位置に顕著に現れるので、ふわりと浮いたように映る。身体の部位の中で一番重そうに見える腰が軽く見える。まさに異能の持ち主に見える瞬間である。
特に、バレンシア等で活躍したアジャラは、その場で飛ぶスタンディングジャンプの打点が高い選手だった。見せ場はマイボールのセットプレーだった。特に相手ゴール前にポジションを構えるCKでは、大きな得点源として存在感を発揮することになった。
スッと真上に高く飛ぶ。トランポリンで跳ねたように、最高点に一瞬で到達する。遅れてジャンプした相手の長身CBの力を借りるように、空中に居止まり、頭をボールにヒットさせる。
177センチが190センチ級に勝とうとすれば、相手に全力で立ち向かう姿を想像するが、アジャラの身のこなしに力感はない。小よく大を制すと言うより、柔よく剛を制すといった感じで、それを軽々と演じる姿は痛快だ。まさに判官贔屓をくすぐられる瞬間だ。
FWでは、身近なところではオーストラリア代表として活躍したティム・ケーヒル(178センチ)だ。記憶に鮮明なのは2014年11月。大阪長居で行なわれた日本(アギーレジャパン)対オーストラリア戦だ。試合の終盤、敵ながらあっぱれと拍手を送りたくなったヘディングシュートを、ケーヒルは決めて見せた。
その時、リードされていたオーストラリアが、ラフなクロスボールを放り込んでくることはわかりきっていた。それでも日本はケーヒルに決められてしまった。
ケーヒルは、ラストパスとなったクロスボールを被ることになった森重真人より、身長で5センチ低い。にもかかわらず、やすやすとヘディングを決めた。決まって当然と言いたくなる、高々としたジャンプを披露。垂直にふわりと真上に軽々と浮く、アジャラとの類似性を感じさせるジャンピングヘッドだった。
ケーヒルより、ワンランク上のレベルで活躍した選手では、イバン・サモラーノの名前を挙げたくなる。90年代から2000年代にインテル、レアル・マドリード等で活躍したチリ代表のストライカーだ。
ヘディングシュートのシルエットは、この選手が一番美しく格好いいと思っている。
178センチながら、長髪をなびかせる荒々しい風貌。ジャンプは高々としていて滞空時間が長い。高い位置に居止まり、まさに上空を滑空する姿はモモンガやムササビを想起させる。なにより躍動感、野性味に溢れている。ウルトラマンに出てきそうな鳥獣的でもある。
人類最強の鳥類系ストライカー。あるいは爆撃機と言いたくなる。爆撃機は元西ドイツ代表のCF、ゲルト・ミュラーにつけられた異名であるが、両者の空中動作を比較すれば、サモラーノの方が爆撃機に似ている。
上空から破壊力満点の攻撃を仕掛けてくるストライカー。それがLサイズの選手ではないところが、この話の味噌であり、サッカーの魅力だ。
CL決勝でヘディングがクローズアップされたのは、リスボンのルスで行なわれた2013-14シーズンのマドリードダービー、レアル対アトレティコ戦。
先制したのはアトレティコで、スコアラーはディエゴ・ゴディン(アトレティコのCB)だった。ゴディンは身長187センチのXLサイズプレーヤーだが、そのヘディングには、身長を遙かに超える強さがある。つい最近まで欧州で最もヘディングが強かった選手と言えるだろう。
試合は1-0のまま推移。残るはラストワンプレーのCKのみとなった。キッカーはルカ・モドリッチ。同点弾を叩き込んだのはセルヒオ・ラモスだった。CL史上、最も劇的なヘディングシュートになる。こちらは183センチ。ここ一番で決める勝負強さという点では、この選手の右に出る者はいない。
この他では、ヘンリク・ラーション(178センチ、スウェーデン)、ラダメル・ファルカオ(177センチ、コロンビア)らも、長身を売りにしないヘディングの名手と言える。南米系・ラテン系の方が、絶対数では勝っている印象がある。
一方、日本人でこのタイプの選手を発見することは難しい。川崎フロンターレの小林悠(177センチ)がギリギリか。引退選手を含めれば、かつて鹿島アントラーズで活躍した長谷川祥之(179センチ)の名前が挙がる。
同じく鹿島で、昨季活躍した上田綺世(182センチ)も、可能性を感じる選手だ。長谷川同様、ふわりと浮く軽い腰を持っている。今季のJリーグでどこまでブレイクするか。日本代表でスタメンを目指そうとすれば、ヘディングで何点取れるかがカギになる。