永井秀樹 ヴェルディ再建への道トップチーム監督編(19) 昨年末、存続の危機に直面し、運営母体がゼビオホールディングスに…
永井秀樹 ヴェルディ再建への道
トップチーム監督編(19)
昨年末、存続の危機に直面し、運営母体がゼビオホールディングスに変わった東京ヴェルディ。新社長に就任した中村孝昭氏は、「経営危機を脱して、安定化し盤石化した」と説明し、江尻篤彦強化部長は、「2021年から2023年までにJ1昇格を目指し、2024、2025年でJ1に定着しACLを目指す」という目標を掲げた。リスタートを切ったヴェルディで、永井秀樹監督はいま何を思っているのか――。

オフにはチーム存続の危機があったが、今シーズンも監督続投を決めた永井秀樹
―― まずは、経営母体が変わったことに対してどう捉えていますか?
(ゼビオに経営母体が変わることについて)メディアではさまざまな情報が錯綜したけれど、実際、中村新社長とお会いして話を伺うと、ゼビオさんは「スポーツを通して社会をよくしていきたい、人々を幸せにしたい」というビジョンを持っていた。ヴェルディは日本のサッカーの発展において大きく貢献してきたクラブであり、未来の日本のサッカーのためにも、決してなくしてはならないクラブである、と考えてくださっていることを改めて理解できた。
そして、サッカーも、社会を豊かにして人々を幸せにしてくれる大切なスポーツコンテンツのひとつとして捉えている。だからこそ「ただJ1に昇格することだけがヴェルディ再建ではない」と考えていることを、中村新社長のお話から感じることができた。そういう部分に強く共感したし、一緒に仕事をさせていただきたいと心から思うことができた。
―― 監督続投の要請を受けたことについて改めて教えてください。
経営体制が変わった段階で、自分の中では監督続投の要請も白紙と考えていた。しかし、体制が変わってすぐに中村新社長から「改めて続投要請をしたい」ときちんとお話をいただけた。ゼビオさんが思い描いている、スポーツを通じて社会をよくしたいというビジョンは、自分自身がサッカーに対して考える、「単なる勝ち負けを争うだけの競技面だけではなく、ひとつのエンターテインメントとしても捉えたい」ということとも一致する。ヴェルディというクラブに対するリスペクトも感じることができたので、気持ちよく継続要請を受けることができた。
我々現場は引き続き、いいサッカーをする。世界に発信できるいいサッカーで、全力で勝利を掴むことを目指す。思い描くことや理念、哲学が変わることはない。
―― 昨シーズンの反省と今シーズンの課題について聞かせてください。
単純な勝敗だけで言えば、勝てた試合を取りこぼしてしまったこともあった。それは大いに反省すべきところ。過密日程だったとはいえもっと綿密に準備して、拘(こだわ)ってやらなければいけなかった。
戦術の浸透という意味ではよくできたと思う。ただ、誰が出ても同じレベルやパフォーマンスを発揮して勝てる、ということに関してはまだまだ積み上げが足りない。それは選手の能力だけの問題ではなくて、「誰が出ても同じサッカーができる」という目標を掲げる、指導者である自分の責任。さらに細かいコンビネーションや、究極で言えば、阿吽(あうん)の呼吸でプレーできる域まで持っていかなければ、我々の目指すサッカーは完成しない。
固定メンバーならば理想の7割、8割はキープできるところが、選手がひとり、ふたり、3人、4人と変わると、うまくいかない時間が長くなってしまった。2021シーズンはより拘って、より緻密に積み上げたい。対策を打たれても、それを上回るプレーで勝利を掴むことを目指す。
最終的には、相手チームから見て「ヴェルディ対策をしてもどうしようもないな」と失望させるような、ある時期のバルセロナや、昔の読売クラブのレベルまで辿り着きたい。その過程の中で、相手ありきで、我々もより多くのプランを立てて、固執せず臨機応変に戦うことも必要と考えている。
――シーズン終盤に3連勝を飾りましたが、その後失速したことについてはいかがでしょうか。
周りはいろいろ言うし「相手から研究されたから」と言われたりもする。でも、自分はそうは思っていない。シーズン終了後、改めて、冷静にうまくいかなかった部分を切り取って見直してみると、やられたというよりも、すべて自分たちで招いた失敗だった。
――では、失敗の要因はなんだったと思いますか?
今だから話せるけど、経営問題も絡んでいろいろな問題が起きて、少なからず選手たちのプレーにも影響が出ていたようにも思う。
うまい選手が1日で急に下手になることはない。技術や体力が1日、2日で衰えることはないが、心が乱れてしまうと技術も体力も大きく乱れてしまう。特にアウェーの琉球戦(11月29日/第37節、0-4で大敗)のタイミングで(チームに)いろいろなことが起きて、かなり苦しい精神状況で試合に臨んだので非常に難しかった。
試合前、「経営的に非常に厳しい、来季を見据えるにあたって、選手の契約条件も我慢してもらわないといけない」みたいなことを言われてしまい、選手の気持ちを高めることも非常に難しかった。どんなに優れた選手、メッシでもネイマールでも、来季の契約も見えない落ち込んだ気持ちでプレーして、本当に100パーセントの力を発揮できるかどうかは疑問に思う。そういう意味で、あの琉球戦はベンチで見ていても正直、「何かいつもと違うパフォーマンスだな」というのはあった。
――精神的につらい時期だったんですね。
FC琉球戦以降も、「ピッチの上ではサッカーだけに集中しよう」という話は毎日のようにしていたし、選手たちもその気持ちでやってくれた。でも「心/技/体」の技術、体力という言葉の一番前にくるのは心であるように、心が乱れると、技術も体力も十分発揮できなくなってしまうことを改めて実感した。
もちろんそれだけを言い訳にはできないし、それでも何とか選手の気持ちを高めるのが自分に課せられた役割。何回かミーティングの中でフリューゲルス時代の話をさせてもらった。「自分自身、ひとつ負けた時点でクラブが消滅する、という究極な出来事を経験した。それに比べたら、今の俺たちはまだ幸せだ。ヴェルディというすばらしいクラブがなくなることはないし、なくしてはいけない。なおかつ我々は好きなサッカーができているのだから、目の前の試合に集中して勝利を目指そう!」というのは伝え続けてきた。でもやっぱり、難しさはあったと思う。
自分の経験だけで物事を考えてはいけないと思うけど、自分は現役時代、年俸のダウン提示を受けたとしても、むかつきはしても気持ちがへこむことはなかった。逆に闘志に火がついて、「じゃあ来年活躍してやる、年俸アップを勝ち取ってみせる!」と気合いを入れたけど、今の若い選手の話を聞いていると、いきなり年俸のダウン提示を受けると頭の中が真っ白になって、サッカーに集中できなくなってしまう。それが、今の若者のメンタルなんだな、と感じた。
それは考えさせられたと言うか、どれだけすばらしい才能を持っている選手でも、力を最大限発揮するためには心を整えることや、より「心の逞(たくま)しさ」が重要だと、強く考えさせられたシーズンでもあった。
経営体制の変更についても、永井監督はポジティブに捉えている。しかし一方で、シーズンオフにはヴェルディの主力選手が他クラブに移籍するニュースも目立った。次回は、自身が手塩にかけて育てた若手有望株が引き抜かれることについて、永井監督が複雑な心情を明かす。