2020年の春以降、新型コロナウイルスによってクライミング界を取り巻く状況も一変し、多くのイベントが中止を余儀なくされている。国内最大のボルダリングコンペ「THE NORTH FACE CUP」(ザ・ノース・フェイス・カップ/以下TNFC)も例に漏れず、2020年大会の本戦、2021年大会の予選・本戦が中止となった。本特集の最終回では、大会運営を指揮する杉田雅俊氏に中止の経緯や復活の可能性を聞くとともに、2020年大会をセッターチームの要として支えた2人を紹介したい。

情勢が落ち着けば「もちろん開催したい」

 TNFCは例年、予選(2020年大会は全13ROUND)から本戦の準決勝までが、課題の前で順番待ちをしながら他選手の競技を見ることができる「セッション方式」で行われてきた。埼玉県入間郡にある国内最大級のクライミングジム「Climb Park Base Camp」で開催される本戦には、予選を通過した出場選手にその帯同者や観客など多くの人が集う。従来のセッション方式では、密を防ぐことが非常に困難だった。

 「ギリギリまでできることを模索していました」。こう話すのは、大会運営の中心を担う株式会社Base Campの杉田雅俊氏。「本戦初日を車で20~30分の距離にある入間店と飯能店で分散開催し、連休を絡めた3日間での実施などを考えていました。密を防ぐ大会運営にかなりの可能性を感じていたのですが……」。だが、想像を超える規模の新型コロナウイルス感染拡大によって開催の道は絶たれてしまう。

 昨年3月中旬に予定されていた2020年大会の本戦に向けては、2019年8月から予選がスタート。約5カ月にわたり全国で行われた13ROUNDはすべて終了し、あとは入間での本戦を残すのみという2月下旬のタイミングで、6月への延期がアナウンスされた。しかしコロナ禍は収束の兆しを見せず、12月へ再延期されたのち、中止が発表されたのだった。杉田氏は中止の一番の理由を「全国規模の大会なので、本戦を実施するとなると日本各地からリスクを負って首都圏まで来てもらうことになる。それはできませんでした」と語る。

 昨年12月から今年1月にかけて、滋賀県のボルダリングジム「ロックメイト滋賀大津」では、TNFCを想定した課題を体験できる「SIMULATION THE NORTH FACE CUP」が行われた。前年にも同ジムでは同様の模擬イベントが実施されており、これが2回目の開催。参加者からは好評だったという。「クライマーのモチベーション維持が本当に大事」だと話し、このようなシミュレーションイベントを「機会があれば他のジムでも開催したい」という杉田氏。TNFC自体についても、コロナ禍が落ち着けば「もちろんやりたい」と意気込む。「これまで積み重ねてきたものを途切れさせたくはありません。僕が関わる前から、ずっとTNFCは存在する。その伝統を守っていきたいです」。

オールラウンドに活躍した岩橋由洋氏

 TNFCに関わる様々な人々を取り上げてきた今特集だが、最後に2020年大会を支えた2人のプロフェッショナルを紹介したい。同大会ではTNFC予選ROUND会場のジムオーナーであり、国内有数のルートセッターでもある岩橋由洋氏と時長武史氏が、TNFCでは初となる外部からの運営メンバーとして予選全ROUNDのセットに参加した。

岩橋由洋氏。

 杉田氏が「セットの資格があり、大きな大会での経験もあるので、オールラウンドに対応してくれる」と評する岩橋氏は、1982年生まれの新潟県出身で、クライミングジム「DOGWOOD」(東京都と神奈川県で2店舗展開)のオーナーを務める人物。彼もTNFCに魅せられた1人で、TNFCがボルダリングコンペのシリーズ戦「B-SESSION」の1つとして実施されていた頃から「出る選手も、セッターも、演出も豪華だった」と大会を回想する。自身は予選会のDivision1を1位通過した経験もあるが、本戦出場前にインフルエンザにかかって欠場したことが「選手時代の思い出です(笑)」と笑いながら話してくれた。

 2020年大会に携わるようになったのは、杉田氏からの誘いだった。「一般の大会で、キッズから大人までこれほど大勢の人を巻き込んだボルダリングの大会は他にない」とTNFCの魅力を感じていた岩橋氏は、「スケジュールは調整できるので、すべてに関わらせてほしい」と二つ返事でそれを承諾した。

 実際のセットでは、「OBE(杉田氏の愛称)の作る繊細で岩場のような、雑な動きでは攻略できず、しっかり保持してムーブをこなさなければ登れない」従来のTNFC課題の特徴と、「大きいホールドを使って壁に入り込んだり、コーディネーションを求める課題」といった岩橋氏の個性、そのそれぞれを出せるように気をつけていたという。「これだけ子どもたちが出場する大会は他にないので、キッズ課題の距離感など勉強になりました」という岩橋氏は、「19年間の歴史の中で様々な挑戦をしてきているTNFCの一部に関わることができて光栄です」と感慨深げに2020年大会を振り返った。

“課題の見せ方”で魅せた時長武史氏

 一方、「フットワークが軽く、遊び心もある。型にハマりすぎず、“イケイケ”なところがあります(笑)」と杉田氏が印象を語る時長氏は、1990年生まれの東京都出身。クライミングジム「MABOO」(東京都武蔵村山市)の2代目オーナーを務めている。

時長武史氏。

 「僕は『ディレクター・ルートセッター』みたいな感じで、外部のジムと年間契約して、そこでのセットをすることが多い。ジム経営の他に、クライマーのコーチングもしています。結局はジムを統括していろんなことをやりたいんです」と話す時長氏は、東京・浅草に昨年誕生し話題を呼んだクライミングジム「THE STONE SESSION TOKYO」の課題を手掛けるなど、様々な分野で活躍の幅を広げている。

 時長氏には、2016年にクライミングの本場・アメリカでルートセットの“武者修行”をした経験がある。「アメリカのほうが、ビジネス的にもクライミングが発展しているんです。お客さんの数も日本と違い、週末は1日で3,500人とか来るんですよ。それぐらいのお客さんたちを相手にしたセットを勉強したかった」。

 当時Instagramが流行りつつあったというアメリカでは、課題の“見せ方”も学んだという。「課題の見た目の重要性を教わりました。『プログラム・オブ・ザ・ウィーク』というテーマで、壁に何もない状態からホールドを付けていく様子をアップするなど、SNS運用についてのアドバイスもよくもらいましたね。TNFCでも僕はコーディネーション課題だったり、派手な動きの課題をできるだけ入れるようにしていました。大会自体のイメージを上げたり、興味を持ってもらうためにはそういうのってすごく大事で」。

その見た目が興味をそそる、時長氏が経営するクライミングジム「MABOO」の課題。(2020年撮影)

 「(壁に課題を)素早く“貼っていく”のが得意」だという時長氏は、先陣を切って課題をセットしていく役割を担った他、TNFCのInstagram更新も担当。高いモチベーションで初めて携わるTNFCの運営に尽力していたようだ。「(公式大会でルートセットができる)ナショナルセッターとは違う道を選んだ僕にとって、これだけ大きい大会に関われることはやっぱり嬉しいし、経験にもなりました。素直な気持ちで言うと、(BaseCamp代表でレジェンドクライマーの平山)ユージさんやOBEさん、岩橋さんは、僕が昔から知っている憧れの人たちでもあるんです。そんなみなさんと仕事ができることもそうですし、(野口)啓代ちゃんや(楢崎)智亜、海外からの豪華ゲストなど“強い”クライマーたちが楽しそうに登る課題を作ることができるのは魅力でした」。

 彼らのように、大会への愛着を持つ人々に支えられながら長年開催されてきたTNFC。一日でも早くコロナ禍が収まり、再びボルダリング強国・日本で最も熱い大会が戻ってくることを願うばかりだ。

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THE NORTH FACE CUP 2020