「どうして、私がここにいるの!?」 そんな居心地の悪さを、あの時、彼女は感じていたという。 2015年10月末の、シンガ…
「どうして、私がここにいるの!?」
そんな居心地の悪さを、あの時、彼女は感じていたという。
2015年10月末の、シンガポール......。
WTAファイナルと同会場で行なわれた、若手スター発掘のエキジビション大会「ライジング・スター」でのこと。当時18歳の誕生日を迎えたばかりの大坂なおみは、年齢もランキングでも参戦4選手のなかで最も下だった。

わずか1時間でガルシアを破った大坂なおみ
とくに大坂に引け目を感じさせたのは、すでに35位の高みに至った当時22歳の選手の存在だ。
「こんな選手と同じ場所にいていいの?」
劣等感に飲まれそうになるが、同時に彼女は「自分は、この場にふさわしい選手だと証明してみせる」との誓いも新たにした。
結果、大坂は35位の選手を決勝で破り、ライジング・スターの頂点に立つ。
この優勝が思い出深いものとなったのは、エキシビション大会とはいえ、優勝に縁遠かった彼女にとってそれが初のWTAタイトルだったから。そして、この時の決勝で戦った相手こそが、今回の全豪オープン2回戦で対戦したキャロライン・ガルシア(フランス)である。
大坂がガルシアと対戦するのは、5年前の、そのシンガポール以来だった。
あの時、畏敬の視線を向けた相手は、その後いくつかの浮き沈みを経て、今はランキング43位。対する大坂は、3度のグランドスラム優勝をレジメに刻む、世界の3位。勝者の立場は、数字上では逆転していた。
それでも大坂が、細心の注意と最大の準備をもってこの一戦に望んだのは、5年前の記憶が大きかったからだろう。
「彼女とはラインジング・スター以来対戦がないし、彼女のように、いつ全力でボールを打ち込んでくるか予測できない選手との対戦は難しい」
そのような警戒と敬意を抱いているからこそ、彼女はコーチのウィム・フィセッテと一緒にガルシアのプレー動画を多く見て、話し合いをもったという。
「このような局面では、どうプレーすべきか?」と作戦を立て、多少はエースをとられても「仕方ないと思う」ことも心がけた。
また、相手はセカンドサーブを叩いてくるだろうことを念頭に入れ、その際の戦い方も頭に叩き込む。そして最終的には「相手をコントロールはできないのだから、私が制御できることをしっかりやろう」と自分に言い聞かせた。
テニスにおいてほぼ唯一、相手の影響を受けず自分でコントロールできるプレーは、サーブだ。だから大坂は、まずはサーブに集中する。
サーブが好調時の大坂のゲームを、ブレークできる選手はそうそういない。また大坂は、サーブの安定感を後ろ盾に、リターンゲームでは大胆に攻めていく。とくに目を引いたのが、ストレートに叩き込むバックハンドの威力と精度だ。
ウイナーに呼応し、客席から湧き上がる歓声、さらには「I love you, Naomi!」のラブコールも背に受けて、試合開始から1時間1分、大坂は6−2、6−3のスコアで勝利へと駆け込む。セカンドサーブでも70%の高いポイント獲得率を記録し、相手に一度もブレークチャンスを与えぬ完勝だった。
「次に対戦するオンス(・ジャバー/チュニジア)とも、ライジング・スター以来戦ってないのよね」
試合後の会見でのこと。ガルシア戦の感想を求められた大坂は、自ら真っ先に3回戦の相手に言及した。
3歳年長のジャバーもまた、5年前のシンガポールに参戦した"新星"のひとり。チュニジアという、女子テニスの歴史の浅い地から現れた天才肌なテクニシャンは、そのトリッキーな言動で、コート内外双方で大坂に鮮烈な印象を残したという。
会場に知った顔もなく、心細い思いをしていた大坂に、ジャバーは「話しかけてくれた唯一の人」だった。
試合のことも、忘れがたい。
「彼女は、私が今まで見たこともないようなプレーをした。ドロップショットを打ったかと思ったら、突然、フラットに強打を叩き込んでくる。彼女との試合で学んだことは多かったし、すごく印象的だった」
なお、ロッカールームでは驚くほどに無口ながら、コートに立つとすさまじいボールを打つ18歳の少女は、ジャバーにとっても印象的だったようだ。
「私がジョークを言うと、彼女はシャイな笑顔を見せた。あの時にけっこう仲良くなったけれど、基本は私が冗談を言って、彼女が恥ずかしそうに笑うって感じだったわ」
当時を笑顔で追想するジャバーは、大坂が米国女子サッカーチームのオーナーになったことにかけて、「彼女からの契約オファーを待っているんだけれど、まだ来ないわね」と言って周囲を笑わせた。
あの頃の"新星"たちは、その光量や関係性を変えながら、みなが真のスター選手としてまばゆい輝きを放っている。
ふたりの3回戦は、全豪オープン会場で2番目のキャパシティを誇るジョン・ケイン・アリーナに組まれた。その舞台で、かつては苦手とした変則的なテクニシャンに勝利した時、大坂は今や自身がこのステージに誰よりふさわしいことを世界に証明するはずだ。