特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』第6回 巨人とソフトバンクの違い@廣岡達朗インタビュー(後編)前編はこちら>>【…
特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第6回 巨人とソフトバンクの違い
@廣岡達朗インタビュー(後編)
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【廣岡氏が指摘する「巨人とソフトバンクとの大きな差」】
前編でも言及したように、セ・リーグ、パ・リーグ両リーグで日本一に輝いた名将・廣岡達朗は、おととし、昨年の日本シリーズの結果を「リーグ間格差」ではなく、単に「巨人とソフトバンクの差」であり、つまりは両チームを率いる「原辰徳と工藤公康の差」であると考えているという。後編では、その点について詳述してもらおう。

1983年、巨人を下し西武を2年連続日本一に導き、胴上げされる廣岡達朗氏
「巨人は確かに連覇を果たしました。セ・リーグではその強さを発揮しています。でも、たとえば昨年の優勝直前は、リーグ制覇をするチームとは思えないほどのもたつきでした。リーダーであるべきはずの坂本勇人に、チームを引っ張るという気概が感じられなかった。四番の岡本和真もチームリーダーの器ではない。四番打者というものはチーム内外ににらみを利かせられる存在でなければならない。岡本は打者としてはいい素材を持っている。でも、四番を打つにはまだ早い。柱のないチームは弱いものですよ」
一方のソフトバンクに対して、廣岡氏はどのような評価を抱いているのか。
「ソフトバンクには王貞治という人間がいることがとても大きい。幅広い見識を持つ王がいて、私が指導した工藤公康が監督を務めている。王に話を聞くと、『工藤もようやく嫌われる監督になってきた』と言っていました。選手に好かれる監督というのは、単になめられているだけ。監督というのは選手に嫌われてようやく一人前なんですよ」
「チームリーダー不在」を指摘した巨人に対して、「ソフトバンクには立派なリーダーがいる」と廣岡氏は発言する。
「投手陣が強力なのは間違いないけど、捕手の甲斐拓也の存在が大きいと私は思います。肩も強く、投手陣の持ち味を見事に引き出している。彼の存在がチームの柱となって、ソフトバンクはひとつにまとまっていますから」
さらに廣岡氏は「巨人とソフトバンクのフロントの差」についても言及する。
「巨人もソフトバンクもともに三軍制度を採用しています。ただ、その実態は大きく異なる。余剰人員を集めておくだけの施設なのか、それとも、アメリカのマイナー・リーグのように、過酷な移動や選手間の激しい競争など、ハングリー精神の本質を理解しているかどうかがとても大切。その点、ソフトバンクは千賀滉大、甲斐拓也、周東佑京らが三軍からはい上がっていった。本当の意味での三軍のあり方がありますよ」
廣岡氏の口調に熱がこもった。
【ソフトバンクはまだまだ強くなる】
2019年、20年と2年連続で読売ジャイアンツは福岡ソフトバンクホークスに4連敗でなす術もなく敗れ去った。この結果を踏まえて、世間は「リーグ間格差がますます広がった」と危機感を募らせた。しかし、前述したように廣岡氏はこの現実を「単に巨人とソフトバンクの差が広がっただけ」と見る。その理由は?
「巨人の戦い方を見ていても、一体、誰がチームの中心なのかがまったく見えてこないんです。他球団から多くの戦力を獲得して、それを飼い殺しにしているだけ。チームの中で誰が信頼できるのか。(2020年の日本シリーズの)第4戦などは、誰でもいいからとにかく使おう。そんな感じにしか見えなかった。理にかなっていない起用法で勝てるはずがない。その姿はソフトバンクとは対照的でした」
廣岡氏が考える巨人の中心選手とは「亀井善行と菅野智之」だという。しかし、その菅野も一時期はポスティング申請によるメジャー移籍に揺れた。だからこそ、菅野に対して「死ぬまで巨人を愛して強くしろ」とゲキを飛ばす。では、ソフトバンクの戦い方は廣岡氏の目にはどのように映ったのか。
「工藤公康監督は3年連続、通算で5度目の正力松太郎賞に選ばれました。私が西武の監督だった頃、工藤はまだまだ粗削りな若手でした。マウンド度胸は抜群だったけど、小器用なところがあったので、二軍では首脳陣の目を盗んで手を抜くことを覚えるだろう。そう考えて、ずっと一軍で私の手元で育てました。入団3年目には、"ハングリー精神を学ばせたい"と思って、マイナー・リーグに野球留学もさせた。そうした経験が現在の指導にきちんと活きていますよ」
現役時代、西武を経て、ダイエー、巨人、横浜、西武と多くの球団を渡り歩いて見識を広めた工藤監督の野球観に対する、廣岡氏の評価は高い。
「工藤監督が身を置いてきたさまざまな環境が、現在の彼の血となり肉となっています。野球理論の豊富さ、選手を見る目の確かさ、いずれも監督として必要な要素を兼ね備えている。これからの野球界は《工藤モデル》が一つの理想の形になるんじゃないのかな」
現在の野球界において、廣岡氏の理想とする球団運営のあり方がソフトバンクであり、理想の監督像こそ工藤公康なのだということがよく伝わってくる。
「2021年も巨人には何も期待できないけど、ソフトバンクはまだまだ成長しますよ。組織として、チームとして、戦術として、まだまだ伸びていく。それは間違いない」
【「平等性」こそ、今のプロ野球界に欠けているもの】
これまでもしばしば廣岡氏は「コミッショナーのあり方」について疑義を呈している。それは今回の「リーグ間格差」についても同様だ。
「そもそも、コミッショナーというのは野球界がよりよいものとなるために存在しているんです。しかし、現状では権限があるにもかかわらず、それを行使することもなく各球団のオーナーの言いなりになっています。腹をくくって、"オレが野球界をよくするんだ"という覚悟がないんです」
さらに廣岡氏は「最大の問題点は、コミッショナーが平等性という観点を持ち合わせていないこと」と指摘する。
「巨人の選手獲得姿勢を見ていてもわかるように、現在のプロ野球界には平等性という観点がまったく欠けています。いい選手を獲得した球団が得をし、獲られた球団が損をする。FAで選手を失ったのなら、その分、ドラフト会議では優遇をする。こんな単純なことがどうしてできない? 弱いチームが努力して強くなれば、強いチームはさらに努力する。その結果、リーグ全体が発展していくんです」
つまり、世間で話題となっている「リーグ間格差」ではなく、廣岡氏の目には「12球団格差」のほうがより大きな問題と映っているのである。
「球団間による不平等さこそ、まずは排除すべき大問題ですよ。しかし、それなのにコミッショナーは何もせず、各球団がそれぞれ"自分さえよければいい"という考えしか持っていない。今こそ、"これは違う"とコミッショナーがリーダーシップを取ってほしい。それこそが、私がもっとも望んでいるプロ野球界の正しいあり方なんです」
2月9日に89歳を迎える。しかし、その口調はいまだ熱く、野球界への提言は尽きることがない。はたして、「球団間格差」は改善されるのだろうか? 2021年のプロ野球界はどのような展開が待ち受けているのか?
【profile】
廣岡達朗 ひろおか・たつろう
野球評論家。1932年、広島県生まれ。呉三津田高、早稲田大を経て、54年に読売ジャイアンツに入団。同年、新人王を獲得し、ベストナインに選ばれた。66年に引退。76年にヤクルト・スワローズの監督に就任し、78年に球団初の日本一に導く。82年には西武ライオンズの監督となり、4年間で3度のリーグ優勝、うち2度の日本一と西武の黄金時代を築いた。92年に野球殿堂入りを果たした。