リオネル・メッシの巨額報酬が問題になっている。このことをスペインでは「カタルーニャ・スキャンダル」と呼んでいる。 メッ…

 リオネル・メッシの巨額報酬が問題になっている。このことをスペインでは「カタルーニャ・スキャンダル」と呼んでいる。

 メッシは約1年前からバルセロナを去りたがっていた。相思相愛だった選手とチームの関係は、いつのまにか「喧嘩の絶えないカップル」に変わってきてしまった。去年の夏にはメッシの移籍はほぼ確実視されていて、世界中のメディアがその行先を予想した。移籍を決行しようと思ったきっかけは、チームで一番仲の良かったルイス・スアレスをクラブがアトレティコ・マドリードに売ってしまったからだ。メッシは前バルサ会長のジョゼップ・マリア・バルトメウに腹を立てていた。

 だが結局、メッシはバルサを出て行かなかった。メッシの望む報酬を払えるチームは、少なくとも3つはあったが、契約解除に必要な7億ユーロ(約900億円)という途方もない金額を肩代わりするチームはなかったのだ。

 


巨額の報酬が暴露されて話題のリオネル・メッシ(バルセロナ)photo by Nakashima Daisuke

メッシはバルサに残ったが、今のバルサはもう3年前のチームとは違うものになっていた。リーガでも絶対的な強さはなく、スペインカップでは2部のチームに敗れている。バルセロナは疲れ果て、かつての華やかなショーのようなサッカーは見当たらない。

 メッシ自身も、皆に夢を与えるようなプレーをすることは少なくなった。ゴールも決めるし、稲妻のようなプレーもみせる。しかしサッカーを楽しんでいるようには見えない。バルセロナはそんなメッシの気持ちを表わす鏡となっている。

 メッシの希望がネイマールと共にプレーすることを知った時、PSGのレオナルドは「メッシを獲得することは実現可能な夢である」と公言した。バルセロナのサポーターもメッシの時代の終焉が近いことを感じていた。

 デビッド・ベッカムも、共同でオーナーとなっているインテル・マイアミにメッシをほしがり、PSG以上のオファーをした。メッシにとっては、MLSでプレーするのも悪くない。アメリカなら今ほど邪魔されることなくプライベートを楽しめるだろう。

 こうして少しずつ決別の日が近づいてきた。2021年の6月を過ぎれば、7億ユーロというとんでもない違約金もなくなり、メッシは好きなチームに行くことができる。メッシの移籍先は誰も知らないが、今、誰も知りようがないと思っていたことが世界中に発信されてしまった。

 1月31日付のスペインの日刊紙「エル・ムンド」の一面には、こんな数字が躍っていた。

「555,237,629ユーロ(約706億円)」

 2017年に契約したメッシの、2021年6月までの4年間の報酬額である。年計算にすると1億3800万ユーロ(約176億円)。もちろんボーナスや広告収入は別である。

 これだけでもショッキングだが「エル・ムンド」の記者は、その数字の下にこんな文句を付け加えた。

「とてつもない額のメッシの契約がバルセロナを破壊する」

 バルセロナには現在12億ユーロ(約1560億円の負債があるという。これは少し前にチーム自身が公表した数字だ。このタイトルを見た者は、誰もがバルセロナの膨大な借金の元凶はメッシの高額な報酬であると考えるだろう。

 それにしてもなぜ「エル・ムンド」は、こんな個人的で、通常は公開されない、そしてなにより危険な情報を報道しようと思ったのだろうか。

 それを解くには、まず「エル・ムンド」がマドリードに本社を置く新聞であることを理解する必要がある。マドリードとバルセロナのライバル関係は非常に根深い。それはサッカーだけにとどまらない。政治、経済、観光、文化......すべてにおいて2つの都市の間には争いがある。それはメディアにおいても......。マドリードの人々は、バルセロナにとってマイナスになるようなスキャンダルを好むのだ。

 また「エル・ムンド」はスペインの中央政府との繋がりが固い、いわば御用新聞的な存在だ。論調は右寄りで、政府高官の主要な天下り先でもある。そして中央政府は、バルセロナがあるカタルーニャ地方の独立の気運に何年も前から手を焼いている。

「個人的な契約内容を世界中に暴露するなど、メッシのプライバシーが守られていない」と、「エル・ムンド」の報道を批判する人も多い。しかし、新聞社側は涼しい顔でこう反応する。

「NBAの場合、選手とチームの契約は公開されている。なぜアメリカでは許されて、スペインではダメなのだ?」

 ただ、「エル・ムンド」が暴露しているのは、あくまでもメッシひとだけである。その他の高額契約の選手、ルイス・スアレスやアントワーヌ・グリーズマン、フィリペ・コウチーニョらの金額には一切触れていない。つまりターゲットはメッシひとりなのだ。

 そしてその目的はバルセロナを混乱させることにある。メッシの契約書のコピーを、マドリードの新聞が載せる。スペイン人から見れば、これはバルセロナを狙って落とされた爆弾であることを容易に理解するだろう。

 確かにメッシの報酬額は馬鹿馬鹿しいほど高額だ。しかし、物事は可能な限り多様なアングルから見ることが重要である。

 アルゼンチンの最大手の新聞は、「エル・ムンド」を真似て一面を作った。しかしそこには別の数字を入れている。

「650、260、755:すべては値する」

 つまりメッシはこれまでバルセロナのユニホームを着て、650ゴールを決め、260のアシストをし、755試合をプレーしている。その金額に見合う活躍をしているというのだ。実際、メッシはこの報道が出た後のアトレティコ・ビルバオ戦で見事なゴールを決めている。

 バルセロナがその100年の歴史の中で勝ちとったタイトルの3分の1は、メッシと共に勝ちとっている。彼は実に35ものタイトルをバルサにもたらしているのだ。この記録は世界の誰も持ってはいない。

「エル・ムンド」のもうひとつの狙いは、メッシをほしがるビッグクラブに警鐘をならすことだった。

「マンチェスター・シティ、気をつけろ、メッシは君たちを破滅させるぞ。PSG、メッシは買わないほうがいい、彼はこんなに金がかかる。メッシはチケットやスポンサー収入で君たちを潤すのではない。その証拠がなによりもバルセロナが抱えている莫大な借金だ」

 しかし、それは勘違いもいいところだ。バルセロナの次期会長選(3月)に立候補しているジョアン・ラポルタはこの報道の後にこう言っている。

「メッシは彼に支払う金額以上の金をチームにもたらしている。メッシに関する収支はきちんと黒になっている」

 カタルーニャの新聞「スポルト」によれば、メッシの報酬、ボーナス、その他もろもろの彼にかかる金額は、バルセロナの支出額の8.2%だ。

 バルセロナの膨大な負債の元凶はメッシではなく前会長のバルトメウだろう。バルトメウは、活躍できない選手と無責任にも多くの契約をかわした。はっきり言って、彼には選手を見る目がなかった。チームに混乱を招く不用意な発言も多く、最近のバルサでは最も経営手腕のない会長だったと言われている。そこにきてこのコロナ禍だ。バルセロナの負債は大きく膨らんだ。

 問題は、この契約書を「エル・ムンド」にリークした人間が、必ずバルセロナにいるということだ。チームも調査委員会を立ち上げたが、スペインの「アス」紙によると、メッシはすでに、5人を訴える用意があるという。5人はメッシの契約書を見られる立場にあり、その中には辞任したバルトメウも含まれている。ただし、本人は報道が出た段階で真っ先に関与を否定している。まだすべては闇の中だ。
 
 メッシは決して金の亡者ではない。2020年初頭、バルセロナではヨーロッパ最大の病院が建設されていた。しかし、途中で資金難となり、バルセロナ財団が1000万ユーロ(約13億円)を出したが、それでもまだ300万ユーロ(約3億9000万円)が足りなかった。その金額をポケットマネーから出したのはメッシだった。

「彼は寄付を決めるのに、1分も考えはしなかった」

 新病院の院長はそう証言している。そうしたメッシの行動がバルセロナを他とは違うチームにしていた。まさにクラブのスローガンである「Mes que un club(クラブ以上の存在)」だろう。