特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』第1回 コーチ人事 セ・パの格差が指摘される近年のプロ野球で、とりわけ際立つのが…
特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第1回 コーチ人事
セ・パの格差が指摘される近年のプロ野球で、とりわけ際立つのがソフトバンクの強さだ。日本シリーズでは過去10年で7度制覇と、圧倒的な成果を残している。
「ソフトバンクの"1強"は続きますよ。このチームにも弱点はあるけど、プレーオフ制度があることで、弱点が逆にプラスになっている」
そう指摘するのは、野球解説者の江本孟紀氏だ。ウイークポイントを強みに転換させるチームづくりこそ、ソフトバンクと他球団の違いだという。

巨人投手チーフコーチ補佐に就任する桑田真澄氏(右)[球団提供]
「ソフトバンクの弱点は、1年間フルに戦える選手は少ないこと。だからこそ、ひとりひとりの"駒"が『次に出るのは俺だ』と虎視眈々と競争している。チームとして、そういう仕組みをつくり上げています」
昨季のソフトバンクで100試合以上に出場したのは6人。プロ野球ではよく「3年活躍して一人前」と言われるが、ソフトバンクで過去3年続けて100試合以上に出たのは松田宣浩と甲斐拓也のみ。意外と不動のレギュラーは少ない。
逆に言えば、それほど競争が熾烈だ。柳田悠岐や中村晃が故障などで戦線離脱しても、そこを埋める若手が出てくる。
たとえば今宮健太がショートのレギュラーを外れた昨季、その穴をカバーしたのが育成出身の周東佑京と牧原大成だった。とくに周東は50盗塁で同タイトルを獲得したばかりか、打率.270を残し(※規定打席に達しなかったが、打率だけを見ればリーグ14位相当)、今宮が危機感を口にしたほどだ。
選手たちを切磋琢磨させて新戦力が次々と台頭するから、短期決戦で多彩な戦い方をできる。それこそ江本氏が言う「弱点をプラスにする」チームづくりだ。
こうした仕組みを築き上げた裏には、ソフトバンク独特の「人事」がある。江本氏が説明する。
「プロ野球ではどこも、コーチの起用は"温情人事"ばかり。現役時代にチームに貢献したとか、FAで移籍してきたからとか、人脈でコーチにすることが多い。"ご褒美"で人事をやっているから、チームに緊迫感がない」
対して、ソフトバンクは"成果主義"だ。江本氏が続ける。
「三軍制で、選手だけでなく監督、コーチも競い合っている。成果を残せなかったらクビになったり、配置転換されたりする。監督、コーチも成果を厳しく求められ、その姿を選手たちも見て『俺たちもうかうかしてられんぞ』となる。
二・三軍でチャンスを与えられ、結果を残せば上に行ける一方、そのためにはとなりにいるヤツに勝たないといけない。そこで競争心と闘争心が生まれる。それが根底にあり、三軍制というシステムが機能している。ここがヨソと違うところです」
ソフトバンクの監督・コーチ陣を見ると、平石洋介、立花義家の両打撃コーチや、森山良二、高村祐の両投手コーチなど、現役時代を他球団で過ごした"外様"の抜擢が特徴的だ。三軍で打撃兼外野守備走塁を担当する関川浩一、内野守備走塁の松山秀明も球団OBではない。また昨季一軍ヘッドコーチを務め、今季三軍監督に異動した森浩之のように、現役時代の名声はなくても指導者として腕を買われた"元選手"が多く指導にあたっている。
同じく三軍制を敷く巨人とソフトバンクの違いは、こうした「人事」にあると江本氏は指摘する。
「巨人は現役時代に貢献したとか、"ご褒美"の人事ばかり。どこに視点を置いているのか。桑田真澄が投手チーフコーチ補佐に就任したことにも、そういう傾向を感じる。桑田は理論派と言われるし、将来的に監督を目指させるなら、三軍の監督くらいからやらせてもいい。でも、そういう順序で巨人はやらない。人気とかスターとか、別の角度で見ている。人事に対して、競争の原理が働いていない」
原辰徳監督が率いる巨人のコーチ陣には、ヘッドコーチの元木大介、作戦コーチの吉村禎章など、現役時代にジャイアンツ一筋だった"生え抜き"が多い(※全コーチに占める"生え抜き"の割合は41.7%で、12球団別では広島の63.2%、ヤクルトの60%、ロッテの45%に次いで4番目)。
また、野手総合コーチの村田修一や、三軍の野手総合コーチをともに務める片岡治大や金城龍彦など、現役時代にFAで入団した者が5人いる。いわゆる"コーチ手形"の有無は憶測の域を出ないが、FAで選手を獲得する際にそうしたものが渡されていたとすれば、選手の育成にはマイナスに働きかねない。
あらためて12球団の監督・コーチ人事を見ると、球団ごとに特色が浮かび上がる。現役時代に1度でも所属したことがある者を「OB」とし、全コーチングスタッフにおけるその割合を「OB率」として出してみた(※トレーニングコーチは除く)。
1位:広島=100%、2位:ヤクルト=95%、3位:西武=90.5%、4位:巨人=87.5%、5位:DeNA=85.7%、6位:阪神、日本ハム、ロッテ=85%、9位:オリックス=76%、10位:ソフトバンク=70.8%、11位:中日=68.4%、12位:楽天=47.6%
基本的にFAの補強を行なわない広島はOB率が100%、引退した選手の面倒見がよく「ファミリー球団」と言われるヤクルトは同95%と上位を占めた。一方、2005年の球界参入と歴史が浅い楽天は"外様"率が最も高い。
ここで明記しておきたいのは、OBをコーチに就けるのが悪く、外様を起用すべきということではない。
たとえば11位の中日は打撃コーチの栗原健太、投手コーチの阿波野秀幸など外様の割合が高いが、与田剛監督が楽天時代に一緒だったという"つながり"も見える。スタッフを顔馴染みで固めるのは「お友だち内閣」と揶揄されることもあるが、意思疎通を測りやすいのはひとつのメリットと言える。
重要なのは、OBや外様という属性ではない。人事が、組織の目指す先につながっていくか否かである。球界の伝統を踏まえ、江本氏はこう話した。
「チームで大事なのは、競争を途切らせないこと。コーチをヨソから獲ってくるにしても、昔チームメイトだったからとか、仲がよかったらとか、依然としてそんなことが多い。そういう人事を選手が見た時、チームにいい影響があるわけがない。監督、コーチも含め、いかにチーム全体を常に刺激していけるか。そういう仕組みがソフトバンクにはある。他球団が旧態依然としたシステムでは、勝てるわけがない」
昨季のパ・リーグで、ソフトバンクに12勝11敗と互角に渡り合ったのがロッテだった。支配下登録選手の平均年俸はソフトバンクが12球団トップの9878万円だったのに対し、ロッテは最低で3751万円(日本スポーツ企画出版社の『2020プロ野球写真&選手名鑑』開幕前のデータより)。それでも2位と躍進した要因には、「人事」の影響を見て取れる。
現役時代にワールドシリーズを制した井口資仁監督の下、投手コーチに吉井理人、ヘッド兼内野守備コーチに鳥越裕介(今季から二軍監督)という"スペシャリスト"を招聘。打撃コーチの河野亮は現役時代の実績こそ少ないものの、楽天で二軍総務や星野仙一元監督の運転手などを務めた後、二軍打撃コーチに抜擢された。そうした手腕を評価され、現在はダイエー時代に同僚だった井口監督の"右腕"になっている。
ロッテはこうして土壌を整えるなか、投手陣では二木康太や小嶋和哉、打者では安田尚憲や藤原恭大という主力候補が台頭してきた。適材適所の人事があるから、選手の成長につながると江本氏は言う。
「井口監督の下、ロッテも成果が出たわけです。まだ長期的なものではないけれどもね。野球チームの基本は人事です。ヨソのチームはそこが抜けているから、ソフトバンクから学ばないといけない」
人事は組織を機能させるための設計図であり、同時にエンジンとなるものだ。チームが目指す理想を踏まえ、コーチを適材適所で配置していく。そうして組織の間に健全な競争が生まれ、チーム全体がレベルアップしていく。
世界一という崇高な目標を掲げるソフトバンク。"1強"と言われる牙城は、なかなか揺るぎそうにない。