豊かな緑に囲まれたグローバルアリーナを初めて訪れた人たちは、みんな驚く。宗像の山を切り拓いた場所に、こんなに素敵なフィールドや宿泊施設があるなんて、と。ラクビーをはじめとしたスポーツへ注がれる愛情が感じられる場所だ。
 宗像の海側、神湊に向かえば、海のすぐ近くにかわいらしいクラブハウスとグラウンドがある。今季トップリーグで6勝を挙げているブルースは、そこで毎日を過ごし、自分たちだけのスタイルを築き上げてきた。
 グローバルアリーナがオープンして17年。ブルースが誕生して23年。両方とも日本ラグビーに欠かせぬものとなっている。

 世界的企業のチームがほとんどで、大学ラグビーで活躍した選手たちが多くプレーするトップリーグの中の特別な存在。宗像サニックスブルースは、叩き上げの選手たちが、魅力的なラグビースタイルで観る人を惹きつけるチームだ。同チームの代表で、株式会社サニックス代表取締役社長の宗政伸一氏が1月7日に亡くなった(享年67)。ブルースを率いる藤井雄一郎監督は、「聞いた瞬間、息ができなくなりました。社長は、私の人生に最も大きな影響を与えた方でした。どんなに負けても、常に私たちの味方でした。本当にラグビーが好きな方で、前回のワールドカップで日本代表が南アフリカに歴史的勝利を収めたときも、とても喜ばれて、『カーン(ヘスケス)、やったね!』と電話をいただいたのが、昨日のことのように思い出されます」と悲しみに暮れた。

 宗政社長は、心からラグビーを愛していた。
 2000年から続けている「サニックス ワールドラグビーユーストーナメント」は世界の高校生たちが目指すようになった。国や言葉の壁を超えて、若者たちが交流する姿を見るのが好きだった。
 ブルースの試合にも頻繁に足を運んだ。選手たちが必死に戦う姿を見つめ、応援し、叱咤激励し、愛情を注いだ。
 2014年、ブルースが宗像市と連携・協力に関する協定を結んで宗像サニックスブルースが誕生したときには本当に嬉しそうだった。2012-2013年シーズンを終えてトップリーグからの降格が決まったとき、選手たちに「次に昇格したときには宗像という名を付けよう」と呼びかけ、それが実現した感激が伝わって来た。地元のファンとチームの深い関わりを誇らしく思っていた。協定締結時に「長年に渡りチームをかわいがっていただいた恩返しをしたかった」と気持ちを吐露した。

 ラグビーだけでなく、サッカーや柔道、ハンドボール、バドミントンなどのユース大会を開催してきた宗政社長の早過ぎる他界を悲しむ人は多い。ブルースの藤井監督は今週末の今季最終戦に向け「社長のため、チーム一丸となって戦います」と気持ちを込める。
 サニックスの創業社長であり、社業でも社会貢献でもスキッパーだった故人の遺志は、きっと長く引き継がれていくだろう。