セ・リーグ3連覇、5年連続3割20本塁打、19年には首位打者や最高出塁率などのタイトルを総なめにした。さらに「WBSCプレミア12」では侍ジャパン不動の4番として大車輪の活躍を見せ、大会MVPに輝くとともに日本を世界一に導いた。まさに堂々たる成績を残し、球界を代表するスラッガーに成長した鈴木。そんな彼でも、「緊張して足が震えた」と話すのはプロ初打席のシーンだ。
デビューは、ルーキーイヤーの2013年9月14日。本拠地マツダスタジアムで開催された巨人戦では代打として出番が回ってきた。「高校時代は甲子園に出場できず、大きな声援を受けるのは初めてのことだったので、あの時の応援は1番印象に残っています」。大歓声に圧倒され、ベンチから打席までの距離を歩くだけで苦労したが、ファンの応援はどこか心地よく、身体だけでなく心の芯まで震わせたと当時を振り返る。

ファンの中でも“カープ女子”ならぬ“カープおばちゃん”の応援も鈴木の心を鷲掴みにしており、「一生懸命な姿を見ると可愛いなあと思う」。自前の応援グッズで、アイドルを目の前にしたような声援を送ってくれるので、「少し恥ずかしいですけれど嬉しいです」とはにかむ。

本拠地での応援はもちろんのこと、「ビジターでの声援は本当に心強い」と鈴木。全国各地のカープファンが必ずビジター球場に駆けつけてくれるのでホームゲームに負けないほどの応援でチームを後押ししてくれる。特に甲子園球場のような、本拠地のファンが多いところだと雰囲気にのまれそうになるので「自チームの応援が食い止めてくれる」と話し、「気持ち的にも大勢の味方がいてくれるので勇気を持って打席に入れる」と語気を強める。

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応援が力になる一方で、昨年は例年に比べて厳しいシーズンだった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で試合は無観客や人数制限での開催となったため、「気持ちを維持するのが難しかった」とモチベーションを上げるのに苦労した。それでも、SNSなどでエールを送ってくれるファンがいたからこそ、何とか耐えられたといい「そういう方のためにもホームランを打てればいいなと思って頑張っていた」と語った。

今年はオリンピックイヤー。目前に迫った東京五輪については、「自分にとってもラストチャンスなので出られたらいいなとは思っていますし、金メダルをとりたいです」と意気込む。自身が小さい頃に球場で声援を送っていた憧れの選手になれるように「毎試合観に来られる子どもたちばかりではないと思いますが、一生懸命声援をくれる子どもたちのためにホームランを打ちたいです」と力を込め、そして、「僕の活躍が野球の楽しさを広めることに繋がってほしい」と先を見据える。

野球を始めた小学生の時から見ていた夢舞台。“1番の応援団長”でオリンピアンでもある妻の畠山愛理さんからの心強い言葉も力にかえ、1984年ロサンゼルス大会以来の頂点に挑む。

〜鈴木誠也選手のこだわりは道具の選び方〜

バットであれば握りやすさやバランス、手袋ははめた時の感覚、グラブだと手を入れた時のファーストインプレッションを大事にしている。これだと思うのが一番良い道具と思うので、そういうのは試合用にとっておいて、練習で少しずつ馴染ませながら育てている。

〜拝啓ファンの皆様へ〜

いつも熱い応援ありがとうございます。今、コロナの影響で球場に足を運べなくなったり、球場に来られない方もいると思いますが、それでSNSだったりいろんな形で送られてきているコメントからは凄い力をもらっています。球場だけでなく、そういったところでもいつも力をいただいていると思っているので、しっかりと良い活躍をして少しでも喜んでもらえるように頑張ります。