サッカースターの技術・戦術解剖第41回 ジョアン・カンセロ<偽9番+偽SB> マンチェスター・シティ(イングランド)が強…
サッカースターの技術・戦術解剖
第41回 ジョアン・カンセロ
<偽9番+偽SB>
マンチェスター・シティ(イングランド)が強さを取り戻している。今季はセンターフォワード(CF)不在がつづいていた。ジョゼップ・グアルディオラ監督(スペイン)は、かつてバルセロナ(スペイン)指揮時に有名になったゼロトップを採用している。

マンチェスター・シティのSBとして活躍するジョアン・カンセロ
「偽9番」はケビン・デ・ブライネ(ベルギー)、ベルナルド・シウバ(ポルトガル)、ラヒーム・スターリング(イングランド)が起用されて一定ではないが、ゼロトップのコンセプトは変わりない。
両サイドの高い位置に選手を開かせて相手ディフェンスラインを固定、偽9番のCFが引くことでライン手前の数的優位を確保する。最近のシティは縦への推進力を意識したプレーぶりだったが、徹底的なポゼッションという原点に立ち返ったようだ。
ただ、「偽9番」よりポゼッションに貢献しているのは、「偽サイドバック(SB)」である。
こちらもグアルディオラ監督の定番の一つだが、現在のシティではジョアン・カンセロ(ポルトガル)がその役割を果たしている。
シティの基本フォーメーションは4-3-3だが、ビルドアップでは3バックに変化する。センターバックの右側が右SB化し、右SBのカンセロが中盤のハーフスペース(サイドと中央の中間)へ上がるのだ。
これでシティの中盤は4人に増員され、さらにCFが引くことで5人体制ができあがる。両サイドが幅をとり、その内側に5人。これだけ人数を揃えたシティから、相手がボールを奪うのは容易ではない。
徹底的にパスを回したうえで、CFの位置にはいろいろな選手が入ってくる。ここは常駐ではなく、スペシャリストもいない。執拗にパスをつなぎながらペナルティーエリアへ進入する、ミニゲームのようなアプローチだ。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、本来のCFであるセルヒオ・アグエロ(アルゼンチン/濃厚接触者となり隔離)や、ガブリエル・ジェズス(ブラジル/検査で陽性)を使えないがゆえの苦肉の策なのだが、このほうがグアルディオラのチームらしい気もする。
<SBはマルチロール>
近年、その役割が大きく変わったポジションが、GKとSBだ。
シティのGKエデルソン(ブラジル)が典型だが、ビルドアップに加わるプレーが必須になった。ショートパスで連係し、ときにはロングパスで一気に局面を変える。GKとしての守備力のほかに、組み立ての攻撃力が問われるようになった。
そして、SBはもはや「バック」ではない。最初の変化はウイングとの兼任だった。タッチラインに沿って攻め上がり、クロスボールを送るのはSBのメインタクスになっていった。現在はさらにプレーメーカーの役割をすることも多い。プレーエリアもタッチライン際に限らず、中央でもプレーする。
マルチプレーヤーになったSBの代表格がダニエウ・アウベス(ブラジル)だ。DFとしての守備だけでなく、中盤でパスワークの中心となり、そこからさらに前進してラストパス、シュートといった攻撃的MFの役割も果たす。グアルディオラ監督下のバルセロナで、ダニエウ・アウベスはSB、MF、FWとして起用され、もちろん「偽SB」でもあった。
グアルディオラはバイエルン(ドイツ)でダビド・アラバ(オーストリア)を「偽SB」として活用し、最終的には左のアラバだけでなく、右のヨシュア・キミッヒ(ドイツ)も「偽」にしてしまった。シティでは今のところカンセロだけが「偽」だが、そのうち左右両方ともMF化させるのかもしれない。ただ、相手のカウンター対策でDFラインに3枚は必要と考えるなら、カンセロだけがポジションの越境者になる。
<能力を拡大するカンセロ>
カンセロはベンフィカ(ポルトガル)でデビュー、バレンシア(スペイン)とインテル(イタリア)でのプレーを経て、2018-19シーズンにユベントス(イタリア)へ移籍。セリエAではSBのベストプレーヤーという評価を得た。
カンセロは右だけでなく左SBでもプレーできる器用なタイプだが、右足から放たれるクロスボールが武器なので、やはり本職は右SBである。クロスの種類やアイデアが豊富で、アーリクロスもハイクロスもあり、スピード、高低も自在。いつ、どこへボールを出せば得点になるかを見極める目がすばらしい。
俊敏で縦へ運ぶ推進力があるのは、サイドプレーヤーとして望まれる資質そのものだが、シティではむしろ中央へ入ってプレーするようになった。以前はサイドのスペシャリストと思われていたが、よりマルチな能力を発揮するようになっている。
シティのボール支配において、カンセロのプラスアルファは大きい。さらにサイドへ張っているウイングが中へ入った時には、カンセロがウイングとなってサイド攻撃を仕掛けることもできる。選手の可能性を拡大してチームのメリットに結びつけ、本来の個性も阻害しないのは、グアルディオラ監督らしい手腕の冴えがある。
攻撃面でカンセロは隠れたキーマンと言える。一方、攻撃から守備に移った時にはSBとしてプレーするのだが、その時の3バック→4バックの移行がシティの弱点になっている。DFが3人→4人となる過程では人の移動が大きいので、穴が空きやすいのだ。プレミアリーグのトッテナム戦では、左の偽SBとしてプレーしたカンセロのところにソン・フンミン(韓国)をぶつけられて、移動で発生するギャップを突かれていた。
ただ、こうしたリスクは必要なコストと考えるべきなのだろう。カンセロが攻撃に加わるメリットのほうがはるかに大きいからだ。とくにパスワークにリソースを割く現在のやり方であれば、カンセロの役割は不可欠になっている。