ソフトバンクにリーグ3連覇を阻まれ、捲土重来を期す西武に"規格外"のルーキーが加わった。ドラフト1位、桐蔭横浜大学出身の三塁手・渡部健人だ。176センチ、112キロという体格は、175センチ、102キロの中村剛也、176センチ、103キロの山川穂高というふたりのホームランキングを上回るほどだ。



西武が誇る巨漢スラッガー・山川穂高(写真左)と中村剛也

 なぜ、西武では巨漢打者が育つのか----。"山賊打線"の愛称どおり、西武には強打を持ち味とする打者が続々と出てくる。その土壌ができたのは、2008年のことだった。

「おかわり(中村の愛称)の減量を俺はさせたくない。苦しいんだよ」

 前年オフ、新監督に就任した渡辺久信(現GM)から打撃コーチ就任のオファーを受けると、"デーブ"こと大久保博元氏はそう伝えた。高卒4年目の2005年に22本塁打を記録した中村だが、以降は思うように長打力を発揮できておらず、育成方針が気になった。

「そんなのはいらないよ」

 二軍で4年間指導し、一軍昇格した渡辺監督はスケールの大きなチームづくりを構想していた。

「デーブさ、バッターは全員ホームランを狙ってほしいんだ。ピッチャーは全員三振とるんだよ。遅い球でも三振のとりようはあるんだよな。それをファンは見たいんじゃないの?」

 両者の意見が合致。大久保氏は2週間悩んだ末に要請を受けると、自身のなかで約束事をつくった。「自分が言われて嫌だったことはやらない」というものだ。

 1984年ドラフト1位で西武入団した際、180センチ、100キロの大久保氏は球団の方針で厳しい減量を強いられた。それは自身を否定されるような感覚だった。

「中学1年の時、『水戸のドカベン』って初めて紙面に出ました。ということは、まずデブなわけじゃないですか。中1の時から長い歴史がある。それでボールを飛ばすことができた。だけどプロに入って、『とにかく痩せろ』と。今みたいに医学的に根拠があっての話ではないです。『じゃあ、なんで獲ったの?』と思いました」

 当時の大久保氏は体重100キロあったが、体脂肪率は10%前後だった。筋肉が多い分、少しでも脂肪がつけば太って見える。球団はそうした見た目と、体重だけを指標にした。

 とにかく運動量を求められるが、動けば腹が減り、カロリーを消費した分だけ食べる。一向に体重は減らなかった。

 そこで3年目になり、減量要求が厳しさを増した。体重計に乗り、1カ月ごとにノルマを設定される。たとえば105キロあったら、最初の1か月で100キロまで落とさなければならない。目標に達しなかったら、罰金を課せられた。

 動けば腹が減り、空腹を満たすためにとりあえず食べる。そしてすぐに吐いた。下剤を飲み、下からも出す。体重は87キロまで減ったが、打者として失ったものも大きかった。

「見事にボールは飛ばなくなっていきました。最後、体重がなくなっちゃうんじゃねえかと思いましたよ(笑)」

 西武の打撃コーチ就任を要請された際、こうした思いを後輩にさせたくなかった。加えて根底にあった考えが、野球は科学的に取り組むべきだということだ。

 現役引退後、ゴルフのティーチングプロの講義を受講した際、印象に残った話がある。「なぜ、小さい選手でもボールを遠くに飛ばすことができるのか。その答えは科学にある」というものだ。そう話した筑波大学の教授に連絡を取り、個人的に教えを受けにいった。

「簡単に言えば、"太っている、痩せている"ということより、人が健康になるポイントはほかにある。人間は細胞を60兆個持っているとされるなか、いかにいい血液を送っていくか。そのほうが大事なんです」

 太っていることは、本当に野球選手にとってよくないのか。大久保氏が現役の頃、医学的に証明されていたわけではない。根拠もなく「痩せろ」と命じられ、キャリア前半は苦しんだ。そうして自身の持ち味が消され、西武の二軍で埋もれた。

 大久保氏は動作解析を学び、ボールを遠くに飛ばすためには「重さ」「長さ」「入射角」など条件がいくつかあることを知った。たとえば柳田悠岐(ソフトバンク)のように高身長(188センチ)でない選手は、ほかの"何か"で補なう必要がある。

「長さは足りないから、重さで補っていくわけです。僕らデブは、重さを出力に変えていく。痩せたら元も子もないわけです。あとは、いかにいい角度でバットをボールに入れていくか」

 重量があり、速く走ることはできない。それなら遠くに飛ばせるという武器を最大限に生かしたほうがいい。西武、そして巨人での現役時代、大久保氏がホームラン打者を目指したのは非常に合理的な思考だった。

「俺が二塁にいても、外野にちょっと前進守備を敷かれたら、ヒットが出てもホームに返れない。 俺がヒットで塁に出ても、基本的に"一塁打"です。でも体重を生かしてホームランを飛ばせば、"四塁打"をとれる。ホームラン狙いにすると率は下がるけど、塁打を多くとるという考えになりました」

 いわゆるOPS的(※)な発想だ。チームの得点を増やすには、出塁と長打がポイントになる。大久保氏の特徴を踏まえると、多少出塁率を下げても長打率を上げることができれば、チームの得点につながりやすい。そうした自身の経験を踏まえ、中村にはホームラン打者を目指すべきだと説いた。
※OPSとは野球における打者を評価する指標のひとつで、出塁率と長打率を足し合わせた数値

「エラーするのはしょうがない。その分、打てばいいんだよ」

 実戦を重ねるごとにハンドリングに磨きをかけていった中村だが、入団当初は守備のミスが多かった。高卒7年目でサードのレギュラーに抜擢された2008年にはリーグ最多の22失策。ミスを犯すたび、大久保氏は中村に言った。

「おまえはホームラン20本くらい打てるんだから帳消しだよ。だって、監督がDHで使えばいい話じゃん。それをサードで使っているんだから、監督と俺らの責任だ。気にするな」

 のびのびとプレーさせる環境を整える一方、技術的にも導いた。2007年秋の南郷キャンプで中村の打撃を見た際、「いろんなことを詰め込まれすぎたバッティングスタイル」と大久保氏の目に映った。

 長打力を発揮し切れていない原因は、体重移動と、打つポイントが近すぎることにある。では、どうやって修正させていくか。そこで生かしたのが、ゴルフで学んだコーチングだった。

「コーチングで一番大事なのは、1個の練習法に取り組んだら問題が全部解決するようにすること。おかわりの問題は軸足に体重がしっかり乗らず、前足にしっかり移り変わっていないことでした。体重が乗らないから、(角度をつけるために)下から打とうとする。

 でも問題を1個ずつ指摘していくと、選手はわけがわからなくなる。どこか1つ言ってあげれば、直るんじゃないか。こいつはポイントを前で打たせたら、全部解決するなと思いました。体重を前足に乗せなければ、前では打てないですから」

 中村は2008年に初の本塁打王に輝き、球界屈指の長距離砲になったばかりか、守備を向上させ、チーム屈指の走塁技術も見せていく。そうして巨漢打者に対する偏見は薄まり、スラッガー候補として獲得する球団が増えていった。

 西武で言えば、2013年ドラフト2位の山川だ。二軍では1年目から本塁打王に輝いた一方、一軍に上がると精彩を欠いた。2013年から楽天の二軍監督を務めた大久保氏にはその姿が歯痒く見え、西武の後輩によく声をかけた。

「おまえは上に来るとバタバタ結果を欲しがっている。もったいないよ。ダメならファームに行けばいいだろ? ずっとファームだったんだから。なんで上に行くと、気持ちがそんなにぶるっちゃうの? ファームではうまくやっているじゃないか」

 山川は2017年後半に一軍で猛打を炸裂させると、 翌年から2年続けて本塁打王に輝いた。今や球界を代表するスラッガーだ。

 たとえ"巨漢"でも動ければまるで問題ないと球界に浸透し、他球団でもロッテの井上晴哉、楽天の岩見雅紀、元中日の中田亮二(現・JR東海)らがプロ入り。そして今年、西武が渡部を獲得した。

 ドラフト時の体重は112キロ。それから教習所通いで練習できず、117キロまで増えた。渡部はキレを出すために減量を考えていると報じられたが、大久保氏は減量の必要はないと断言する。

「おかわりにも言ったけど、5〜10メートルのダッシュを10本くらい全力でやればキレは出る。とにかく食って練習しろと。今のおまえがいいからドラ1で指名しているのに、勝手に変えたらかえって契約違反だって(笑)。渡部にしろ、我々は何もせずに太ったんじゃなく、鍛えて太ったんだから......今のままでいいんですよ」

 渡部に打撃面で改善点の余地はあるが、"ドラ1"級の素材だと大久保氏は太鼓判を押す。

「動画を見る限りではインコースが弱く見えるけど、飛ばす体力もある。俺よりはるかに動けます。スイングと動きを見たら、それはドラ1だなと」

 中村、山川という規格外のホームランアーティストが育った西武で、ふたりより重量の渡部はどこまで成長するのか。2021年、楽しみな打者がプロ野球人生をスタートさせる。