名古屋フィギュアスケートフェスティバルで演技する宇野昌磨「自分がどのように変わり、成長しているのか、それを感じてもらえてうれしかったです」 宇野昌磨(トヨタ自動車、23歳)は、2020年を振り返って言う。 1月4日、名古屋フィギュアスケート…
名古屋フィギュアスケートフェスティバルで演技する宇野昌磨
「自分がどのように変わり、成長しているのか、それを感じてもらえてうれしかったです」
宇野昌磨(トヨタ自動車、23歳)は、2020年を振り返って言う。
1月4日、名古屋フィギュアスケートフェスティバル。宇野は『Oboe Concerto(オーボエ協奏曲)』を大人っぽく滑っている。ジャンプが完璧なだけでなく、着氷後も隙がない。ひと蹴りごと、自信に満ちていた。紺を基調に左肩から腕にかけてストーンが散りばめられた衣装が似合った。オープニングで、出演者全員と人気ガールズグループ「NiziU」の『Make you happy』を恥じらいながら踊っていた時とは別人だ。
そしてショーのフィナーレ、大トリで再び登場した宇野は、4回転トーループをきれいに降り、観客をどよめかせている。
「楽しみたいし、楽しんでもらいたい」
宇野は言う。超然とした空気をまといつつある彼が、2021年はどう変身するのかーー。
「試合ごとに成長したい」と語る宇野
宇野は、いわゆる絵になる選手と言える。滑る姿が、記憶に焼き付けられるのだ。
2018年の全日本選手権、宇野は大会中に右足首をくじいて万全ではなかった。安静が必要な状況で、フリースケーティングの演技を周りから止められていた。しかし、本人はその事情を口に出さず、敢然と演技に挑んだ。
「これが、僕の生き方ですから」
結果、心を震わせるようなスケーティングで、劇的な優勝を遂げた。
2019年の全日本は、大会直前までコーチ不在で不調が続いていた。どん底まで落ちたと言えるだろう。しかしステファン・ランビエールコーチの後押しを受け、スケートの楽しさを取り戻すと、生まれ変わったように羽ばたく。無垢なるがゆえの演技だった。思わず笑みがこぼれる滑りで、華々しく頂点に立っている。堂々、4連覇の達成だ。
「どん底を経験したからこそ、いつもと違う考えを持てるようにもなりました。練習から、楽しくできるようになって。できたから楽しい、じゃなくて。跳べなくても、笑っていられるようになりました」
大会後、宇野は明るい声で話していた。
2020年の全日本は、284.81点を出すも2位で連覇は途切れている。しかしフリーでは、『Dancing On My Own』の報われない恋慕を表現しながら、観客を虜にした。
3本目の連続ジャンプでトーループをパンクした後だった。あろうことか、彼は笑みを漏らしている。失敗をリカバリーする必要があったが、焦ってもどうにもならない。そこで腹をくくった。演技に没頭し、自らのスケートを見せることに集中した。そして、後半に2本の4回転トーループを跳び、トリプルアクセル+オイラー+3回転フリップを成功して挽回。今度は高揚感から、またも笑顔になった。演技直後には、小躍りしてはしゃいだ。
トップレベルの競技者が、そこまであけすけに心を解き放てるのか。
「笑顔に深いものはないですよ。どの選手も、ガッツポーズしているときは、単純にうれしいもので」
宇野は朗らかに言った。
「(フリーは)気づいたら自分の出番になっていた感じで。滑る前に30秒猶予があるんですが、あっという間だなって。次に気づいたら、3個目のジャンプをパンクしていて。試合でパンクはあまりないな、なんて思って、そこからいろいろ考えました。(どこに跳べなかったジャンプを入れるか)リカバリーができると、それも楽しくて! フィギュアスケートは見てもらって楽しんでもらう競技なので。自分で言うのもなんですけど、男子シングルは楽しめたと思うし、その一部になれてよかったなと」
逆境を覆す。それはアスリートにとって物語の軸になるし、人の心を掛け値なしにつかむ。過去3大会の全日本だけでも、宇野はさまざまな形でそれを実現してきたのだ。
フリー後のキスアンドクライ、ランビエールコーチは隣に座った宇野に向かって、「不穏な状況にもかかわらず、よく自分をコントロールできていた」と演技を激賞していた。
「Peaceful」(穏やかで、安らかな)
ひと言でそう総括し、たしかに幸福なスケーティングだった。
「英語での会話は、イエスとかノーとか、自分のわかる単語を並べているだけですが。ステファン(・ランビエール)が理解してくれるので。たとえうまく伝わっていなくても、伝えたい気持ちは、何かしらで伝わっているかなと思っています」
宇野は弾む声で言った。感覚的なところは彼らしい。
「2021年はできるなら、たくさん試合を重ねて、試合ごとに成長し、もっとみなさんの前で演技したいです。楽しく、幸せな気持ちになれるので」
宇野は何気なく言ったが、その言葉に彼のスケーターとしての本質はあるのだろう。今年3月には、スウェーデンで世界選手権が予定される。"笑顔の行方"が見えるはずだ。