名古屋フィギュアスケートフェスティバルで演技する紀平梨花  1月4日、名古屋。紀平梨花(18歳、トヨタ自動車)はアイスショーで観衆を沸かせていた。ダンスナンバーに体を揺らし、ダブルアクセルは3連発のサービス。キレのあるスピンで…



名古屋フィギュアスケートフェスティバルで演技する紀平梨花

 1月4日、名古屋。紀平梨花(18歳、トヨタ自動車)はアイスショーで観衆を沸かせていた。ダンスナンバーに体を揺らし、ダブルアクセルは3連発のサービス。キレのあるスピンでは、ひとつに束ねた長い髪が跳ねる。黒い衣装に包まれた屈強な体幹は、少しもぶれない。下半身と上半身がまったく違う動きをすることで、ステップは色気が匂った。

 アイスショーだけに、派手なジャンプを封印していた。しかし、2021年は4回転の種類を増やし、サルコウだけでなくトーループも投入するという。まだまだ進化の先が見えない。

 紀平は他のフィギュアスケーターと異質の風景を見ているーー。そう錯覚させるほどに、今や飛び抜けた存在だ。

 2020年12月の全日本選手権、紀平は女王として格の違いを見せた。

 ショートプログラム(SP)で79.34点とトップに立ったが、冒頭の大技トリプルアクセルで2.17点というGOE(出来栄え点)を叩き出しただけではない。演技途中、振り付けに片手側転を入れることで、度肝を抜いた。氷の上で片手側転をするには相当な身体能力の高さと度胸が必要になるが、きれいに技術を自分のものにし、演技に抑揚をつけたのだ。

「(ブノワ・)リショー先生の振り付けで、パフォーマンスを入れたい、ということで」

 紀平はその事情を明かしている。

「いろいろな技を提案されたんですけど、全部難しくて。その中では、『これがマシかな』と思ったのが片手側転でした。(練習で)恐る恐るやりましたけど、陸と違って氷の上だと滑ってしまい、最初はコケたり......。でもおかげで、見せ場を作ることができるようになりました」

 片手側転は、フィギュアをまったく知らない人にも"すごさ"が伝わる。その波動はわかりやすく観客に伝わるし、世界を駆け巡る。案の定、メディアは食いつき、ファンも目を離せなかった。

 つまり、紀平は競技者としてスコアを叩き出しながら、フィギュアの人気を広げる一助も買ったのだ。

 彼女は、既存の考え方にとらわれていない。フリーでも154.90点を叩き出し、全日本連覇を決めたわけだが、直後のリモート会見で瞠目(どうもく)すべき場面があった。

ーー安藤美姫選手以来、日本人女子選手史上2人目の4回転ジャンプ成功になりましたが?

 質問した記者は、4回転サルコウ成功という偉業の系譜を引き出したかったのだろう。

「今日、初めて知って」

 紀平はこともなげに言った。彼女は誰かと自分を少しも比べていない。自分の演技の改善がすべてなのだ。

「トリプルアクセルも、4回転も、どちらも決められたのは自分の中で大きくて。疲れがたまったのか、(全日本は)はまるジャンプが少ない中、両方とも着氷できたことは自信になると思います。でも、すごく難しいプログラムで、まだ完全な構成にはなっていません。(最後の)ルッツも痛みがあってやめています(*ダブルアクセルに変更)。もっといいジャンプを跳べたっていう感触があって、あと10点は出せるように。これから反省し、体力、筋力、試合での集中などあらゆるところを修正していきたいです」

 彼女は徹底して、「紀平梨花」という選手の能力を高める。自らを俯瞰することで、修正、改善、進歩を促しているというのか。事実、難易度の高いトリプルアクセルも今や意のままに操る。調子が悪くても、どうにかまとめられる。過去、現在とトリプルアクセルを跳んだ選手はいるが、成功率の高さでは誰も及ばないだろう。

 コロナ禍でも、紀平は毎日3時間近く氷の上に立って、客観視した厳しいトレーニングを続けてきた。他にダンス、バレエ、フィジカルトレーニングとメニューはハードだった。筋肉を極限まで使い、動きが鈍くなったのを感じ、曲かけ練習はボロボロになりながらも、休養すると体が軽くなるのを確かめ、成長を遂げてきた。

「試合がいつあるかわからず、予定があっても本当にあるのか、モチベーションの維持は難しかったです。そこで新しい環境に飛び込んで、毎日のように筋肉痛になって。挑戦が正解か、わからない中でした。でも、集中してやってこられましたし、試合になったときの強みが自分の強みかなって」

 18歳とは思えない、自己分析である。舌足らずな喋り方で、可愛らしくおっとりとして映るが、競技への向き合い方は完璧主義的で、極めて敏感。スケーティングそのものを職人的に追求し、自己鍛錬するタイプとも違う。スケーティングを見たこともないものに刷新する革命家的だ。

「カタツムリのような進み方で」

 紀平は、自らの成長をそう評している。しかし、その速度は進化というに近い。彼女自身が、女子フィギュアスケートをアップデートしているのだ。

 今年3月、世界選手権で紀平はロシア勢と"時代"をかけて戦う。