川崎フロンターレにとって天皇杯決勝は、ふたつの意味において非常に重要な試合だった。 ひとつは言うまでもなく、カップ戦王…

 川崎フロンターレにとって天皇杯決勝は、ふたつの意味において非常に重要な試合だった。

 ひとつは言うまでもなく、カップ戦王者がかかるタイトルマッチであったということ。とりわけ今季はすでにJ1を制し、「複数タイトル獲得」を目標に掲げていた川崎には、同じ舞台で涙を飲んだ4年前のリベンジという以上の意味があった。

 そしてもうひとつは、長年クラブを支えてきた40歳、MF中村憲剛の現役ラストマッチであったということだ。川崎を率いる鬼木達監督にしてみれば、勝って中村を送り出すことはもちろん、中村をピッチに立たせることは、なかば義務でもあっただろう。

 試合は、川崎が1-0で勝利した。天皇杯初優勝を果たすとともに、初の二冠を達成。記録的な強さでJ1を制した今季は、クラブ史上初となる複数タイトルを獲得する記念すべきシーズンにもなった。



天皇杯で初優勝を飾って二冠を達成した川崎フロンターレ

 しかしながら、その試合に中村が出場することは叶わなかった。

 ベンチ脇でウォーミングアップを続け、出番を待ち続けた背番号14は、ピッチの外で試合終了のホイッスルを聞くことになった。歓喜の瞬間、中村も、そして鬼木監督も、まったく心残りがなかったと言えば、ウソになるのかもしれない。

 試合展開を考えれば、仕方がない面はあっただろう。

 川崎は前半から圧倒的にゲームを支配し、いくつもの決定機を作り出した。相手のガンバ大阪が、実質5-4-1の布陣で守備を固めていたにもかかわらず、である。

 ただ、ゴールだけが遠かった。

 後半10分、ようやくFW三笘薫が先制点を決めたものの、攻撃の迫力や質、あるいは積み上げた決定機の山を考えれば、わずか1点は物足りなかった。逸機が続く試合は、川崎にとって嫌な流れで進んでいるとさえ言えた。

 案の定、試合終盤、G大阪は布陣を4-4-2に変更し、猛反撃に打って出た。川崎は自陣ゴール前で耐えるだけの時間が続き、浮き足立ったかのようなイージーミスも生まれた。

 もはや川崎にはしたたかに追加点を狙う余裕はなく、虎の子の1点を守り切るしかない。そんな試合展開で、中村の投入が得策とは思えなかった。

 勝つには勝ったが、有体に言えば、"中村を使えなかった"試合である。

 しかしながら、深謀遠慮の指揮官は、決して"追いつかれることを恐れて中村を使えなかった"わけではない。むしろ、あらゆる可能性を考え、"勝つためにあえて中村を残しておいた"のである。

「こういうゲームは一発のスキで、セットプレーも含めて、失点するケースがある。ラスト10分は、それが起きてもおかしくなかった」

 そう語る鬼木監督は、当然逃げ切りを狙いながらも「延長まで考えていた」。

「もし延長になったとき、スタジアムの雰囲気を変えられるのは誰か。そういう状況になっても、新たなパワーを生み出せるのが、憲剛だった」

 引退の花道に中村をピッチに立たせることだけを考えるなら、ラスト数分、あるいはロスタイムの数十秒だけでも、出場させる手はあっただろう。

 だが、万一そこで失点し、同点に追いつかれるようなことになれば、ムードは最悪。試合の流れは大きくG大阪に傾いてしまいかねない。

 目の前の試合展開を冷静に見極め、最悪の事態をも想定したうえで、たとえ追いつかれたとしても延長でもう一度試合の流れを引き戻す。鬼木監督がその役割を託せるのは、中村をおいて他にいなかった。

 当の中村も、思いは同じだった。

「この展開でどうやったら力になれるか。それを考えに考えていた。最後の10分はガンバが押していたので、延長もあるかもしれない。そうしたら、延長で出番があるかもしれない。そこまで考えてアップしていた」

 結果的に川崎が逃げ切ったことで、中村は現役最後の試合でピッチに立つことはできなかった。やむをえないこととはいえ、鬼木監督は、この試合に課せられた"義務"のひとつを果たせなかったことになる。実際、鬼木監督は中村に「使えなくて申し訳ないと話した」という。

 クラブの顔だったレジェンドの現役ラストマッチ。世界中のどのクラブにおいても、それが非常に重要な試合であることは間違いない。

 とはいえ、すでに戦力と見なされていない選手が顔見せのようにわずかな時間出場することには、それはそれで寂しさもある。ましてチームがタイトル争いとはかけ離れた位置にいるとしたら、なおさらだ。

 だが、川崎は、中村は、そうではなかった。

 川崎はタイトル獲得のために死力を尽くして戦い、中村はそこに不可欠な戦力と見なされていた。この試合の中村は、間違いなく二冠達成の"切り札"だったのだ。

 ついに現役生活に幕を下ろした中村は、指揮官の後悔を汲み取るように「それはしょうがない。結果がすべて。それもまたサッカーかな」と言い、「これはこれでいい筋書きだったと思っている」と笑い飛ばした。

 試合終了直後は涙を見せながらも、試合後のオンライン会見では終始笑顔で饒舌だった中村が続ける。

「川崎は次のステージに向かうチーム。オニさんも(自分の出場を)考え抜いてくれたと思うし、出してあげたかったと言ってくれたが、それは監督の判断。オレでもそうする」

 正直に言わせてもらえば、中村が試合に出られなかったことを、直後は残念に思った。

「前半から多くのチャンスがあった。それを決めていれば、憲剛さんも出場できたかもしれない」

 そう話した三笘は、この試合を見た多くの人の代弁者だったに違いない。

 しかし、ベンチ前でしびれるような試合終盤を見守っていた鬼木監督にとって、その手に握りしめられた中村憲剛というカードの存在がどれほど心強かったか。

 それを想像すると、この日の"主役"が試合に出られなかった事実も、違った印象を帯びて見えてくる。