12月27日、全日本フィギュアでフリー曲『トスカ』を演じる宮原知子  12月27日、長野。全日本選手権女子シングルのフリースケーティングで、かつて全日本を4連覇した宮原知子は、143.27点という高得点を叩き出している。総合で…



12月27日、全日本フィギュアでフリー曲『トスカ』を演じる宮原知子

 12月27日、長野。全日本選手権女子シングルのフリースケーティングで、かつて全日本を4連覇した宮原知子は、143.27点という高得点を叩き出している。総合でも209.75点で、3位に入った。昨年の全日本では4位と表彰台を逃していただけに、誇るべき結果だ。

 しかしロシアの有力選手たちが回転数の多いジャンプを跳び、「女子4回転時代」の幕が開ける中、今回の全日本で優勝した紀平梨花も、4回転サルコウを成功していた。時代は囂々(ごうごう)と音を立て、変わりつつある。それは激しい流れだ。

ーー今後に向けた改善点は?

 記者の質問はやや厳しく、元女王の経歴や現状が含まれていたのだろうが、宮原は少し考えてから、貞淑な面持ちでこう答えている。

「これまでと変わりなく、プログラムひとつを作品として仕上げるという練習を重点的にしていきたいと思っています」

 たとえどんな時代であっても、彼女のフィギュアスケートは、凛然とした日々にある。



全日本フィギュアでSPを滑る宮原

 ショートプログラム(SP)で、宮原の得点は66.48点と伸びていない。ループジャンプでは点数がつかず、6位というスタート。ただ表現力という点での演技構成点は、出場選手中トップだった。

「(SPは)どうなっても受け入れるつもりで、楽しく滑ろうというのが目標でした。(ジャンプは)悔しいは悔しいですけど、ステップ、スピンは練習どおりできたと思うので、結果を受け止めたいです」

 宮原は真っ直ぐな目で言った。

 試合をイメージし、シミュレーションを積んできた。ランダムに曲をかけて滑ったり、わざと疲れた状態で滑ったり、試合の緊迫感を常に意識。練習は平常心を心掛けていたが、緊張した自分をイメージすることによって、自らを鍛錬してきた。

 その成果が、フリーでは結果として出ることになった。

 リンクに立った宮原は、真っ赤に熟れた果実のような衣装に包まれていた。壮大なオペラ『トスカ』を演じるにふさわしい。自分の名前が会場にアナウンスされると、ひとつ大きく息を吐いた。鳴り出した音を一つひとつ拾うように、あるいは彼女自身が楽器であるかのように舞い始める。冒頭の3回転ルッツ+3回転トーループのコンビネーションジャンプは成功。流れに乗って手足を大きく広げ、曲に乗った。ダブルアクセル、3回転ループも見事に着氷。コレオは美しく、リンクに咲いた花だった。

 3回転サルコウも降り、鐘が鳴って疾走感が出ると、レベル4がついたスピンは物語の悲劇を匂わせた。3回転フリップ+2回転トーループ+2回転ループは最後が回転不足を取られたが、3回転ルッツは着氷。スピンは鋭く優雅な回転で、指先は生き物のように狂おしくうごめいた。最後はダブルアクセル+3回転トーループで2本目に半回転未満の回転不足はついたが、そこから高まる曲調に引っ張られるように、やはりレベル4がついたスピンまで完璧に滑り切った。

 演技が終わると、宮原は左腕を一閃するように振り下ろした。控えめな彼女なりの感情の爆発だった。直後のインタビューでは、自分では制御できないほど涙があふれてきた。

「(昨年は)本番に委縮する自分がいたので。そこを伸び伸び滑れるようにと思ってきました。緊張をコントロールするというか。そこは大きくはないけど、小さな手ごたえはありました」

 リモート会見に出てきた宮原は言った。すでに口調は落ち着いていた。

「ジャンプに関しては、その日の一本一本の質を高める練習はしてきました。まだ練習ほど本番ではいい演技ではなくて。課題はたくさんあるんですけど、少しずつ自分なりに上がっている感覚はあります。引き続き、これまでのように自己管理して、メンタルやトレーニング方法を考えながら、一日一日、練習していければいいと思います」

 そう言って演技のディテールに打ち込む姿は、名人と言われる刀鍛冶が鉄を打ち続けるようだ。

 宮原はフリーも、演技構成点では圧倒的優勝を飾った紀平をも上回っている。表現力は彼女の真骨頂だろう。もっとも、彼女はそこにすがっているわけではない。

〈プログラムを物語にする〉

 自らの演技の完璧性を求めているのだ。

 来年3月に開催予定の世界選手権の派遣選手にも選出された。2022年の北京五輪に向かうシーズン、彼女は自らと対峙し続ける。

「今後のスケジュールはまだ確定していなくて。来年1月真ん中までは日本にいる予定ですが、その後はカナダに戻ってリー(・バーケル)先生の指導を受けたいと思っています。ただ、この状況(コロナ禍)なので」

 来シーズンも、フリーは『トスカ』を滑り込むつもりだという。