今年の競馬界は"無敗"がキーワードだった。 史上初めて、デアリングタクトが無敗で牝馬三冠を達成し、コントレイルが父子二…

 今年の競馬界は"無敗"がキーワードだった。

 史上初めて、デアリングタクトが無敗で牝馬三冠を達成し、コントレイルが父子二代で無敗の三冠馬となったのだから、いつも以上に"無敗"が注目され、もてはやされるのも当然だろう。

 ただ、競馬は"優勝劣敗"が原則とはいえ、勝つことばかりが評価され、脚光を浴びる昨今の風潮に、少し違和感を覚えたりもする。

 そんな時、ふと、その"無敗"とは真反対の存在、言うなれば「無勝」の馬がかつてブレイクしたことを思い出した。

 通算成績は、113戦0勝。これでもかというほど負け続けたが、不思議なことに、負ければ負けるほど人気が上がった。

 ハルウララのことである。


武豊騎手も騎乗したハルウララ。負ければ負けるほど、喝采を浴びた

「不思議な馬」だった。photo by Kyodo News

 1998年から2004年まで地方の高知競馬で奮闘していた。その彼女が今、千葉県の御宿にいるという。そう消息を聞くと、無性に会いに行きたくなった。

 JR外房線・御宿駅からタクシーで10分ほど。馬の訓練や保養などを目的とする小さな牧場『MATHA FARM(マーサファーム)』に、ハルウララは繋養されていた。

 今年、24歳。人間で言えば、70代のおばあちゃんに相当するらしいが、ハルウララはいたって元気だった。現役時代、400kgにも満たなかった馬体重は500kgくらいまで増え、高齢となった最近でも、病気ひとつすることがないという。

 同ファームの宮原優子さんによれば、ハルウララがここに来たのは2012年12月のこと。すでに丸8年になる。

 ハルウララを巡っては、当時から所有権の問題などで、あれこれトラブルが起きていて、一部では「生死不明」とまで言われていたが、紆余曲折を経て、最終的にはこの牧場に落ちつくことになった。

 しかし、この牧場に来てしばらくすると、当時のオーナーから預託料が払われなくなってしまう。またしても、ハルウララはトラブルに巻き込まれることになるが、宮原さんらが中心となって、やがてハルウララを支援する『春うららの会』が設立された。

 現在は、同会が数十人の会員から会費を集め、それによって、ハルウララの余生を送る費用が賄われている。

 思い返せば、ハルウララの存在が知れ渡ったのは2003年頃のこと。

 馬券が売れず、存続が危ぶまれた高知競馬が考え出した窮余の一策が"負け続ける馬"ハルウララを売り出すことであった。

 この作戦は見事に当たり、この年の暮れに100連敗を記録するや、ますますハルウララの人気は上がった。

 ハルウララは当時、年間20レース以上走っていた。その出走手当てが預託料とほぼ同額だったことから、負けても、負けても競走馬であり続けられたのである。

「競走馬としての素質がないことは乗ってみればわかります。走る馬は体幹がしっかりしていて無駄なブレがないんですが、この馬は結構ブレます。ギクシャクギクシャクという感じで、サスペンションが壊れた車みたいで、スピードが乗ってくると(騎乗している)こっちが怖くなります。

 ただその一方で、負けん気はあるし、なにより丈夫。長く現役で走り続けられたのは、その丈夫さのおかげでしょう」

 そう語るのは、宮原さん。



元気に過ごしているハルウララ

 ハルウララは、この牧場ではウララの「ウ」を取って「ウーちゃん」と呼ばれている。のんびりした感じのネーミングだが、ハルウララ自身にはあまりのんびりしたようなところはない。

 もともとハルウララという名前自体、性格的にきつくて、なかなか人間の言うことを聞かないため、少しでも穏やかな気性になるように、とつけられたものだという。

 その性格的なきつさは相変わらずで、第一に臆病、そのくせわがまま。気にくわないことがあると、テコでも動かないそうだ。そういう時には、ニックネームの「ウーちゃん」が「ウっさん!」になる。人間なら、ひと筋縄ではいかない"頑固ばあさん"といったところか。

 この性格も、ハルウララが連敗街道を突っ走ったひとつの原因と言われるが、それ以上に厄介なのは、集中力が続かず、飽きっぽいこと。

 自分がするべき運動があるとすると、一応、それをやらなければいけないというのは理解しているし、最初の内は素直にやる。でも、20分もすると、飽きてきて、自分で勝手に「今日はここまで」という感じになってさっさとやめてしまう。

 実はハルウララには、113敗の中で2着が5回あって、そのうちタイム差なしというのが1回だけある。宮原さんは、その敗因について「きっと、最後に(レースに)飽きちゃったんですよ。ゴールは目の前なのに『もういいや。今日はここまで』という感じで」と言って、笑った。

 ハルウララが人気者になった2000年代初頭は、世の中ではリストラの嵐があちらこちらで吹きまくっていった。そこで、負けても、負けてもリストラされないハルウララの馬券は「リストラ封じ」だとして、もてはやされた。



ハルウララの缶バッチが購入できるガチャガチャ

 同様に、「当たらない」からと、交通安全のお守りにもされた。

 コロナ禍の今、もしハルウララの馬券があれば、新型コロナウイルスに"当たらない"からと、妖怪「アマビエ」と同じくらいには人気になったかもしれない。

 競馬関係者の多くが、なぜあの馬があれほどの人気者になったのかと、いまだに首を捻る。まさしく"不思議の馬"ハルウララ。

 走っても、走っても勝てなかった。ただ、勝てなくても、また、次もその次も一生懸命走った。そこに、あの猛烈なリストラの時代、少なからぬ共感を覚えた人たちがいたのではないか。

 勝たなくていい、元気でさえいれば――。

 彼らは、ハルウララに言うとも、また自らに言うともなく、そんなエールを送っていたような気がする。

 宮原さんによれば、いまだにハルウララには熱心なファンからの贈り物が届くという。先日は「ハルウララに食べてほしい」と言って、60kgものニンジンが牧場に届けられたそうだ。

「もう少し、おしとやかに過ごしてほしい。そうすれば、もっと長生きできる」と宮原さん。おそらく、ここがハルウララの終の棲家になるのだろう。

「無勝」の馬でも"無敗"の存在に劣らぬ、幸福な余生があると思った。