【堀越高校サッカー部“ボトムアップ”革命|第4回】選手が自発的に取り組む成果が表れた自粛期間中の自主トレーニング コロナ…
【堀越高校サッカー部“ボトムアップ”革命|第4回】選手が自発的に取り組む成果が表れた自粛期間中の自主トレーニング
コロナ禍に見舞われた今年は、部活の活動自粛期間が長引き、団体競技にとってはチーム作りが難しいシーズンとなった。とりわけ堀越高校は、日本屈指のトレーニング環境が整う反面、寮はないので全員が自宅から通学している。トレーニングメニューを作成して渡しても、実施環境は都心から多摩の丘陵地帯まで千差万別。一律で絶対にやれよ、と徹底するには無理があった。
ただしそれでも佐藤実監督は内心で、自主性、主体性を強調して取り組んできたことが、こんな時だからこそ強みになるのでは、と考えていた。
例えば、日常からやらされる部活を続けていたら、選手たちは突然訪れた休養に歓喜し解放感に浸るかもしれない。しかし堀越の選手たちは、入学当初から自分たちで目標を定め、それを実現するために自発的に取り組んできた。
「そのせいか部活が再開した時の実感は、他のチームから伝え聞く状況に比べ、ウチの選手たちは総じてしっかりやってきたな、という印象でした。与えたメニューは、やらなくても誰からも監視されないわけですが、選手同士で確認をし合ったり、少人数で集まったりしてできることを続けてきたようです。互いにコミュニケーションを取るのもひと苦労という環境でしたが、それでも取らないと先へ進まないという形に追い込まれたことで、成長スピードが加速したと感じました」
6月、自粛が解けて部活が再開すると、まずは目標設定から始めた。関東大会やインターハイが中止になったが、Tリーグ(東京都リーグ)が始まり高校選手権もなんとか開催されそうだという情報を得て、何を目指して戦うのかが定まった。
「目標がないなかで組織を動かすのは至難の業ですからね。段階的にですが、ゲームモデルが共有されていたこともあり統一感を持って始められた。恵まれていたのは、いろんなチームからトレーニングマッチのお誘いを頂いたことです。対戦相手は都内に限られ、都立高校や大学は活動が再開されていないチームが多かった。そういう状況下で『堀越なら感染症対策もしっかりできそうだ』と、東京ヴェルディ、FC東京、三菱養和など様々な強豪チームに声をかけてもらった。向こうもプランを練りながら相手を選ぶはずなので、選んで頂いたのは本当に光栄なことだと思います」
東京都予選決勝で勝つために日々を過ごして目標達成「一つ階段を上がれた」
今年東京都代表の座を獲れなかったら、この先10年間は獲れない――。佐藤自身が公言し覚悟を持って臨んだチームは、着実に東京都予選を勝ち上がった。2回戦では東京高校が「ペナルティーエリアで8人が待ち構え、一人一人のこの試合に賭ける思いが素晴らしい」(佐藤)守備戦術を徹底し延長戦にもつれたが、それ以外の4試合は順当勝ち。
改めて佐藤は言う。
「(代表権を)獲りに行って獲れたことは自信にもなり、一つ階段を上がれたと思う」
決勝戦という最後の一段を上れるかどうか。その違いを問うと、佐藤はこう答えた。
「14、15年と続けて選手権東京都予選の決勝に進みました。当時は最高の準備をしてきたつもりでした。でも今から振り返ると、目標設定の段階でも西が丘(通常は準決勝以降)に行けたらいいな、と代表権獲得は願望に近かった。でも今年は勝つためにどうするという中味がしっかりとしていました。リーグ戦やトレーニングマッチも含めて、コンスタントに力を出せるようになり、対戦相手がどうこうより自分たちがここをクリアできれば勝てる。そんなふうに、いつも自分たちにベクトルが向いていました」
ボトムアップ方式を導入し試行錯誤を繰り返してきたが、楽しく真剣に、そして自発的に取り組む部活は好評を得て、スカウティングにも追い風になった。佐藤はようやく中味と結果を揃えることができたと、充実感を覚えている。(文中敬称略)(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。