NHK杯のリズムダンスで演技する髙橋大輔(右)と村元哉中 NHK杯のフリーダンスが終わった後、カップルを組む村元哉中(かな)とリモート会見に出てきた髙橋大輔は、気持ちを整理しきれていない様子だった。 ツイズルで転倒。練習でもしないミスが出た…



NHK杯のリズムダンスで演技する髙橋大輔(右)と村元哉中

 NHK杯のフリーダンスが終わった後、カップルを組む村元哉中(かな)とリモート会見に出てきた髙橋大輔は、気持ちを整理しきれていない様子だった。

 ツイズルで転倒。練習でもしないミスが出た。

「初めての試合の緊張感がありましたが、落ち着いて最後まで滑ることができました。次の試合は大丈夫じゃないかと思います!」

 村元が明るい声で、前向きに言った。隣に座った髙橋は、それに呼応するように笑顔を見せた。それは、ふたりの間によい呼吸があることを意味していた。

 もっとも、髙橋がミスをミスと正面から受け止め、悔しさを押し殺す一面は、いかにも彼らしかった。彼はその真摯さによって、日本男子シングルスケートの道を切り開き、世界の頂点に立っている。捲土重来は、髙橋の真骨頂の一つだ。

「試合って、出るからには、少しでも上の順位を狙うものじゃないですか?」

 昨年のインタビューで、髙橋は競技者としての矜持をそう語っていた。

「正直、無理だなと思う部分もあります。でも、昔からそうですけど、高いところを目指していないと、そこには絶対にたどり着けない。例えば優勝を目指して、4、5番というのも当たり前の世界ですから」

 とことん勝負に挑むことで、前人未到の記録をつくることができた。

 髙橋は2010年バンクーバー五輪で、日本男子フィギュアとして初のメダルを勝ち取った。世界選手権でもグランプリ(GP)ファイナルでも、日本男子初の記録を打ち立てた。記録が記憶となって、大勢のファンを獲得し、男子フィギュアを人気スポーツとして定着させていった。そして18年、4年ぶりに現役復帰した全日本選手権では2位になって、再び限界を突破する姿を示したのだ。

 髙橋はアイスダンスでも、その再現をやろうとしている。

 デビュー戦となった今年11月のNHK杯では、ひと目で変化が分かった。一心不乱に肉体を改造したのだろう。肩や腕、臀部など全身の筋肉が張り詰めていた。女性をリードするホールドや持ち上げるリフトでは、一定の力が必要になる。明らかな肉体の変化が、技術云々以上に髙橋の覚悟を示していた。

 リズムダンス、フリーダンスは合計で157.25点。3組中で3位と、結果はシビアだった。決して甘い世界ではない。

 しかし、髙橋はもどかしさを抱えながらも、苦心惨憺(さんたん)の暗さは見せなかった。あくまでポジティブにアイスダンスに取り組んでいる。勝ち負けに邪念なく没頭し、スケートを楽しめる才能だ。

「(初めて髙橋がアイスダンスをして)楽しい、難しい、どっちに転ぶかだと思ったんですが......。『楽しい』っていう一言が聞けたのが、うれしかったですね。難しい、だけだったら、どうかなって思っていたので。大ちゃん(髙橋)の『楽しい』という言葉が、すごく印象に残っています」

 カップル結成の会見で、村元がもらしていた証言は啓示的である。

 シングルスケートとアイスダンスは、別の競技のように違う、とも言われる。そこを乗り越えて極めようとすれば、困難のほうが多い。否定的な意見も出るかもしれない。

 それに打ち克つには、楽しむしかないのだ。

 伝説をつくった男は、今を生きる。

「アイスダンスを、もっと知りたいと思いました。そうすれば、スケートの広がりが感じられるはずで」

 髙橋はアイスダンス転向の理由を、そう説明していた。

「今の自分は、(スケートに関して)競技者か、プロか、その境をなくしています。どっちか、というのはありません。もちろんオリンピックに出るには、形としては競技者になりますけどね。勝たないと注目してもらえない、とは思っていますから」

 楽しむことと勝負。そのふたつが、同時に存在している。そこで生まれるエネルギーは巨大である。たった数日間でも、技を劇的に改善させられるほどだろう。事実、ツイズルの不安は、つなぎのステップやコースを調整することで完全に修正した。ステップはアイスダンス仕様でより軽やかに、リフトの流れも滑らかになりつつある。NHK杯から、一新した演技が見られても不思議ではないだろう。

「今はまだ、カップルのよさを見つけている段階です。ふたりの息を合わせられるか」

 髙橋はいつものように穏やかな声音で言うが、悠長に構えているわけではない。

「北京五輪は簡単ではない、大きな目標ですよ。でも、『行ける』と信じて頑張る。そのモチベーションが大事だと思っています。NHK杯は最初のステップとして目指してきましたが、次には全日本(選手権)があって、ひとつずつ。その先に北京を目指しながら」

 12月26日、ビッグハット。全日本選手権のリズムダンスでは映画『マスク』の曲でコミカルに演じる。村元と背中を合わせ、スタートポジションに入る髙橋は大きく息を吐く。そこから氷上に、楽しさがあふれ出すはずだ。