「新しいサガン鳥栖」 今シーズン、チームを率いた金明輝監督は、そのプランを推進してきた。端的に言えば、自分たちがボールを…

「新しいサガン鳥栖」

 今シーズン、チームを率いた金明輝監督は、そのプランを推進してきた。端的に言えば、自分たちがボールを握り、運び、能動的に試合を動かす。そのために、トレーニングで選手ひとりひとりの技術詳細を高めてきた。

「今シーズンは攻撃的にやりたい、とスタートして。パワーを持って、ゴールに迫る回数も多くという積み上げはある程度、表現できたと思っています。相手を押し込み続ける、新たなサガン鳥栖を形にしていきたい」(金監督)

 それは逆説的表現をするなら、過去のサガン鳥栖との訣別だ。

 かつての鳥栖は走力の消耗戦で勝り、激しく球際を戦いながら、ハイボールの強みを見せた。J2からチームを引き上げ、J1の常連にした英雄、豊田陽平が前線に君臨。終盤の粘り強さと迫力は、鳥栖の伝統だ。

 しかし時代はひとつの終焉に向かいつつある。J2時代からチームをリードしてきた竹原稔社長が退任を発表。フェルナンド・トーレスの獲得やルイス・カレーラス監督の招聘などで話題を呼んだが、バブルが弾け、莫大な負債が膨らんでいた。

 2020年シーズン、新しいサガン鳥栖の形は見えたのか。



今季14試合に出場、圧倒的な存在感を見せた17歳の中野伸哉(サガン鳥栖)

 12月19日、駅前不動産スタジアム。J1最終節、鳥栖はホームに大分トリニータを迎えている。前半から鳥栖は主体的にボールを繋ぎ、運び、優勢だった。その点、シーズンの成果が見えた。

「練習から意識して、パスコントロールと基本技術を高めてきて、ひとりひとり、細かい積み重ねで成長できたかなと思います。どこが危険で、どこで前に行くべきか、判断のところも上がってきました。その証拠に、自分はワンタッチも増えてきた。成長を突き詰めていきたいです」(鳥栖・松岡大起)

 自分たちのペースのときは、鳥栖はリーグ上位チームと比べても遜色ないサッカーをするようになった。

 ところが、受け身に回ったときに脆さが出た。単純な球際の強度で劣り、いとも簡単にやられてしまう。前半32分の失点シーンは象徴的だった。自陣ゴール前で与えたスローイン。なんでもないプレーのはずだったが、ペナルティエリア内のFWのポストプレーを2人で挟み込みながら、相手に拾われ、一撃を食らっている。

 若さゆえの未熟さか、攻撃的シフトを組んだことの脆弱性か。こうした一発を浴びるケースが後半戦は多かった。その結果、悪くない試合内容ながらも、引き分けが多発した(今シーズン、ダントツで最多の15試合引き分け)。

 もっとも、鳥栖は後半には再び主導権を握って攻め込み、"らしさ"を見せる。後半4分、右クロスは合わなかったが、左でポジションを取っていた中野伸哉が受け、左足で間髪入れずにライナー性のクロスを蹴り込む。これを小屋松知哉がコースを変え、同点弾を決めた。

「鳥栖は若い選手たちが躍動し、思い切ってプレーしていた。金監督がすばらしいチームを作ってきた」(大分・片野坂知宏監督)

 鳥栖は24歳の樋口、23歳の森下龍矢、22歳の原輝綺、19歳の松岡など若手が先発メンバーに名を連ねていたが、17歳の左サイドバック、中野伸哉は別格だった。

 中野は両足で蹴ることができ、基本技術が高いだけでなく、プレーが読める。難なくインターセプトを繰り返し、相手の攻撃を分断したのは、その証左だろう。間合いのよさは天才的。ボールの引き出し方だけで、何度となく対峙した相手選手を一瞬で置き去りにしていた。同点弾でも完璧なタイミングで攻め上がり、ボールを受けて奇襲的な格好になった。サイドバックとして満点で、相手に守る余裕を与えていない。

 大分の右サイドが岩田智輝の欠場などもあってパワー不足は否めなかったが、それを差し引いても、17歳のルーキーのセンスは他を超越していた。

◆今季J1、川崎フロンターレ以外で面白いチームはあったか?

もっとも、チームとしての不安定さは拭えなかった。後半33分にはGKが蹴ったボールに右サイドの森下が食いつきすぎ、簡単にヘディングで流される。そのままサイドを崩されると、中が撓(たわ)み、フリーで受けた相手にボレーを叩き込まれた。ほぼ何も危険がないところから攻め落とされた格好で、右サイドはその後も自動ドアのように開け放たれていた。

 しかし後半37分、今度は中野が何もないところから好機を創り出す。

 左サイドでボールを受けると、横へドリブルして2人を引きつけ、裏にスペースを作る。そして抜群の間合いで2人の間を抜くパスを、途中出場したFW林大地に通した。林はこのボールを、ディフェンスを背負いながら前に通してゴールに蹴り込んだ。

 結果は2-2の引き分け。勝ちきれなかったのか、負けなかったのか。

「(金)明輝監督のやりたいことを選手が表現するのに時間はかかりましたが、ブレずに新しい形を1年やり続けたことで、負けなくなったと思います」(鳥栖・林)

 1年を振り返ると、13位と残留に値する結果は悲観するものではない。内容はポジティブな面があった。特に中野は鎌田大地以来の希望で、彼を輩出しただけで今シーズンは正当化されるかもしれない。

 ただし、若い選手を起用し、経験させたから来年はより強くなる、という図式は成り立たない。降格というストレスフルな環境がないなかで、ポジションを"与えられた"感のある若手選手は、果たして結果と向き合えるのか。最後の質はまだ低く、守備に堅牢さはない。

「新しいサガン鳥栖」

 それは来シーズン、降格がある勝負で試される。