サッカースターの技術・戦術解剖第38回 ルカ・モドリッチ<レアルを支えるメトロノーム> リーガ・エスパニョーラ第13 節…
サッカースターの技術・戦術解剖
第38回 ルカ・モドリッチ
<レアルを支えるメトロノーム>
リーガ・エスパニョーラ第13 節の"マドリードダービー"は、レアル・マドリードがアトレティコ・マドリードに2-0で勝利した。

重要な一戦だったマドリードダービーに勝利したレアル。モドリッチの活躍が効いた
解任も噂されていたジネディーヌ・ジダン監督は、セビージャ戦、ボルシアMG戦(チャンピオンズリーグ/CL)、アトレティコ戦の「勝負の3連戦」を勝ち抜けて、またしても窮地を脱した。
クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)が移籍してからのレアルには、戦力的なプラスがない。ロナウドの後継者として加入したエデン・アザール(ベルギー)は負傷つづきでほとんど活躍できず、ゴールゲッターとして期待されたルカ・ヨビッチ(セルビア)は出番さえない。
昨季はフェデリコ・バルベルデ(ウルグアイ)の台頭があったが、優秀なバイプレーヤーが増えたという程度。一方、アトレティコは持ち前の堅守に攻撃力を加え、今季は優勝候補の筆頭と言っていい勢いを示していた。
ところが、いざ対戦してみると、やはりレアルは強かった。CKからカゼミーロ(ブラジル)のヘディングで先制すると、執拗にパスを回して精神的にアトレティコを追い込み、ダニエル・カルバハル(スペイン)のミドルシュートがポスト、GKヤン・オブラク(スロベニア)の背中と当たって2点目。レアルがボールを持つとアトレティコは容易に奪えず、時間だけが経過して2-0のまま終了している。
レアルを窮地から救ったのは、今回もふたりの「メトロノーム」だ。
ルカ・モドリッチ(クロアチア)とトニ・クロース(ドイツ)。正確無比なインサイドハーフは左右に分かれてパスワークの軸となり、完全にゲームをコントロールしていた。2015-16シーズンからのCL3連覇もこのふたりに負うところが大きい。
レアルと言えばロナウドだったが、ジダン監督就任後はむしろモドリッチとクロースがレアルの原動力であり、ふたりを支えるカゼミーロも含め、中盤のクオリティこそが強さの源泉だった。
ロナウドが抜け、アザールがプレーできなくても、モドリッチとクロースがいるかぎりレアルはレアルでありつづけられる。
<タフな環境から這い上がる>
クロアチアのザダルで生まれた。「モドリッチ」は住んでいた場所にある森の名に由来しているそうだ。地名をそのまま名前に使う風習だった。
モドリッチ家は戦争難民だった。戦時下で二度引っ越しを余儀なくされている。10歳で名門ハイデュク・スプリトのテストを受けたが不合格。体が華奢(きゃしゃ)すぎるという、よくある理由である。16歳でディナモ・ザグレブのユースチームに加入、18歳で昇格。10年契約を結んだ時に故郷にアパートを買って、一家の難民生活を終わらせた。
だが、ザグレブですぐに活躍したわけではなく、ボスニア・ヘルツェゴビナのズリニスキ・モスタルに貸し出されている。18歳にしてキャプテンを任され、リーグMVPにも選出された。しかし、次のシーズンも同じクロアチアリーグのザプレシッチへ貸し出される。
当時、ザグレブには同年代のニコ・クラニチャールがいたからだ。17歳でザグレブのキャプテンという早熟の天才肌。ただ、クラニチャールはフロントと揉めてハイデュク・スプリトに移籍したので、モドリッチはシーズン途中で呼び戻されている。その後、モドリッチとクラニチャールはプレミアリーグのトッテナムで再会するのだが、その時はふたりの関係は逆転していた。
二度の貸し出しで、モドリッチはハードワークを身に着けていた。そうでなければ生き残れなかったからだ。とくにボスニア・ヘルツェゴビナのリーグはフィールドも劣悪で、「あそこでやれれば世界のどこでもプレーできる」とモドリッチは回想している。タフな環境で鍛えられた。天才少年のままだったクラニチャールとは、適応力で大きな差がついていたわけだ。
高身長が多いクロアチア人のなかで、172㎝のモドリッチはかなり小柄だ。体つきも細身。しかし、タフな環境で鍛えられて運動量があり、守備もうまかった。フィジカル面でタフなプレミアリーグにも適応し、レアル・マドリードへ飛躍することになる。
仮にモドリッチが日本人だったら、もっと大事に育てられていただろう。隣国のいつ大ケガをするかもわからないリーグに、武者修行に出すような真似はしないはずだ。ただ、日本人MFがヨーロッパへ移籍すると、常に問題になるのが守備力である。守備を身に着けないまま移籍してしまうので、行ってから苦労するケースが多い。
クラニチャールがいたこともあるが、10代のうちにタフな環境でプレーした経験は、モドリッチにとって大きかったと思う。
もしかしたら、ボスニア・ヘルツェゴビナで大きなケガをして、世に知られないまま潰れていた可能性もある。それだけに、ディナモ・ザグレブ方式がよいと言いたいわけではない。
だが、ヨーロッパは才能だけでは認めてくれないという違いはある。才能だけの選手ならほかにもいるのだ。だから、甘やかしてスポイルすることは少ない。潰してしまう危険はあるが、それならそれで仕方がないという考え方なのだ。
<アウトサイドキックの使い手>
俊敏でテクニックは抜群、ゲームを読めて的確な判断ができる。モドリッチとクロースはフィールド上の監督と言っていい。
モドリッチのテクニックで目立つのが、右足のアウトサイドでのパスだ。長短のパスをアウトサイドから繰り出す。
かつてはアウトサイドの使い手はたくさんいた。アウトサイドキックが最も自然な蹴り方だったフランツ・ベッケンバウアー(当時西ドイツ)はともかく、ヨハン・クライフ(オランダ)やボルフガング・オベラート、ギュンター・ネッツァー(以上当時西ドイツ)など、アウトサイドでの弧を描くロングパスはプレーメーカーの得意技だった。
パスの受け手との間にいる相手を迂回できるし、ボールに回転がかかるのでバウンドしてからボールにブレーキがかかってパスが流れにくい。さらに、相手にタイミングを読まれにくいメリットがあった。ただ、そうしたメリットよりも、単純に速く届くパススピードが重視されるにつれて、芸術的なアウトサイドのパスはあまり使われなくなっていった。
レアル・マドリードの伝説的名手だったアルフレッド・ディ・ステファノ(アルゼンチン/コロンビア/スペイン)は、ほとんど右足しか使わなかったが、実は左足のキックもうまかったという。
「左足を使えば簡単かもしれないが、右足で高度な技術を見せたほうが観客も喜ぶからね」
そういう理由だったそうだ。
モドリッチの場合、アウトサイドはクセになっているようで、左足で蹴れる時にも右足のアウトを使う。左を使えないわけではないが、右足で用が足りている。両足を同じように使う選手もいるが、実は片方が完璧なら、もう片方はほとんど不要なのだ。
モドリッチの右足は「絶対」で、テクニックに幅があるから左足は出る幕がないのだろう。