コンビを組んだジョーンズ氏が佐藤への想いを語る 8月に行われた米国伝統の自動車レース、インディアナポリス500マイル(インディ500)で、日本人初優勝の2017年以来2度目の制覇を果たした佐藤琢磨(ホンダ)。新型コロナウイルスの影響で無観客…

コンビを組んだジョーンズ氏が佐藤への想いを語る

 8月に行われた米国伝統の自動車レース、インディアナポリス500マイル(インディ500)で、日本人初優勝の2017年以来2度目の制覇を果たした佐藤琢磨(ホンダ)。新型コロナウイルスの影響で無観客開催となったため、恒例のビクトリーランは行われなかったが、チームスタッフらと喜びを分かち合う姿があった。そんな光景を感慨深い思いで見つめていたのが、今季終了後に引退した名エンジニアのエディー・ジョーンズ氏。シーズン後に電話インタビューに応じた同氏はインディ500制覇と、3年間ともに戦った佐藤への思いを語ってくれた。

 インディ500は、今振り返っても見事な勝利だった。予選から速いマシンを作り上げ、最前列の3番グリッドを獲得すると、決勝では今季6度目のインディカー年間王者に輝いたスコット・ディクソン(ニュージーランド、ホンダ)に対し、終盤勝負を仕掛けて逆転勝利を収めた。

 車のセッティング、戦略、ピットストップなどすべての歯車がかみ合った。そんな中で、同氏は最大の勝因に佐藤のレースマネジメントを挙げる。

「全てがうまくいったレースだった。その中でも琢磨のレースマネジメントは見事だった。スティント毎に微調整を繰り返し、しっかりとコントロールできていた。タイヤの消耗度を含め、どの程度の調整が必要なのかを細かくチームに伝達してくれたので終盤に向けて準備を整えることができた。インディ500を勝つために必要な手順をすべて踏めたのは間違いないが、最終的には琢磨がミス無く、完璧な準備をして勝利をたぐり寄せた」

 また同氏は、レース直後に一部で出た「最後に燃料切れになっていたのでは?」という疑問についても「まったく問題ではなかった」と完全否定する。佐藤は158周目直前にディクソンを捉えると、残り15周で再びトップに立った。最後の5周は事故のためイエローフラッグが出て追い抜き禁止の徐行となり、トップのまま勝利をつかんだ。

「終盤にディクソンを一度抜いたときに、我々の方が速いことを確認できていた。最後の数周をフルパワーで走り抜けられる計算だった。それに周回遅れのマシンを抜く際にストリームを利用することで燃料をセーブすることもできていた。残り10~12周辺りでわれわれはすでに勝利を確信していたんだ」と、同氏は狙い通りの逆転勝利であったことを強調。「レース後、ディクソンも敗北を認めていた。誰もが我々の勝利に納得していた」と明かした。

引退するジョーンズ氏へ最高のはなむけ「琢磨には本当に感謝している」

 実は、ジョーンズ氏は3年前に引退することを考えていた。だが、佐藤がチームに移ってきたタイミングだったことで思いとどまり、コンビを組んだ。ドライバーにとって信頼できるエンジニアの存在は成功に欠かせない要素。通算6勝のうち、RLLに復帰した2018年以降、元ドライバーのジョーンズ氏とのコンビで4勝を挙げており、2人の相性の良さが好成績に繋がっている。

 同氏は佐藤について「まず人間性が素晴らしく、人を引きつける魅力がある。また、車のテクニカルな部分への理解が非常に深く、エンジニアと一緒に速い車を作り上げようという意識がとても強い。そういう意味でも一緒に仕事をするのがとても楽しかった。レースでは常にマシンの性能を100%引き出そうとベストを尽くしてくれる。エンジニアとしてとてもやりがいを感じられる」と振り返った。

 体調面や家族のことを考慮し、同氏は今シーズン前に佐藤に引退する意思を告げていた。今年のインディ500は2人にとっての集大成と言える舞台であり、佐藤も「最高の形で終わらせてあげたかった」という思いを持って臨んでいた。それだけに、2人にとって感慨深い勝利になった。

 佐藤は「この3年間、エディーとの忘れられない思い出がたくさんあります。悔しいレースもたくさんありました。チームに復帰した2018年(のインディ500)は、どん底の結果(クラッシュでリタイア)で19年に3位という結果を出した。そして今年はエディーと自分たちで作り上げた車で優勝することができた。ただ運に恵まれたのではなく、最強だったディクソンを正面からぶち破って勝ったわけですから。これ以上の達成感はないわけで、エディーへの最高の思い出とプレゼントになった。彼と積み重ねてきたものを一緒に出せたことに幸せに感じます」と感慨を込める。

 ジョーンズ氏も「インディ500を制したことで、すごくいい形でキャリアを締めくくることができたと思う。ワールドチャンピオンとして舞台を去るような気持ち。自分たちの努力をドライバーが勝利に結びつけてくれることは大きな喜び。琢磨には本当に感謝している」。レジェンドと言われるエンジニアへの最高のはなむけになった。

佐藤には「ノーアタック・ノーチャンスを続けてほしい」

 ジョーンズ氏は、「ノーアタック・ノーチャンス」を信条とする佐藤の、ときにアグレッシブに映るレーススタイルにもエールを送る。

「クラッシュした時はもちろん残念な気分にはなるけど、スタイルは変えてもらいたくない。どんな状況でもベストを尽くそうとする情熱が、彼にはある。その姿勢は尊敬に値するし、そんな彼の思いに引っ張られてチームは一丸となれるから」

 お互いを友人と呼ぶ2人の絆は、3年という時間の中で強まっていった。そして、2人のストーリーは同氏にとって最後のインディ500を制覇するという最高の結末で幕を閉じた。ジョーンズ氏は「来年以降も友人として再会するだろうけど、こうやって琢磨のことやレースについて話していると、もうこの仕事が恋しくなっているのが分かる。引退という決断が正しいものだったのが、自信が少し揺らいでいるよ」と言って笑った。(岡田 弘太郎/Kotaro Okada)