東京パラリンピックで実施される22競技のうち、パラ馬術は唯一、動物とのコンビで戦う競技だ。長方形のアリーナ内で人馬一体となってステップを踏んだり、図形を描いたりなどの演技を行う馬場馬術で競う。フィギュアスケートのように演技の正確性や芸術性、…

東京パラリンピックで実施される22競技のうち、パラ馬術は唯一、動物とのコンビで戦う競技だ。長方形のアリーナ内で人馬一体となってステップを踏んだり、図形を描いたりなどの演技を行う馬場馬術で競う。フィギュアスケートのように演技の正確性や芸術性、人と馬の同調性などが評価される採点競技だ。

そんなパラ馬術の国内最高峰の大会、「第4回全日本パラ馬術大会」が2020年11月27日(金)~29日(日)にかけて、来夏の東京2020大会の会場にもなるJRA(日本中央競馬会)馬事公苑(東京都世田谷区)で開催された。コロナ禍の影響で多くの大会が中止となり、約1年ぶりの国内大会だったが、出場した全13選手は愛馬とともに苦心して磨いてきた優雅なパフォーマンスを披露した。

ここでは、日本障がい者乗馬協会(JRAD)の強化指定選手5名を中心に、選手たちのパフォーマンスを振り返りながら、パラ馬術のルールや見どころをお伝えする。

パラ馬術はオリンピック同様、男女混合だが、選手は障がいの内容や程度によって5つのクラス(グレードI~V)に分かれて競う。数字が小さいほど障がいの程度は重く、クラスごとに求められる技術レベルも異なり、障がいを補うために特殊馬具の使用なども認められている。選手はそれぞれの障がいと向き合い創意工夫して、意思をもつ馬との約束事を作り上げ、「コンビ」での演技を表現できるかが見どころだ。

<クラス>

クラス障がいアリーナサイズ求められる技術レベル(歩法)
グレードI重い40mx20m常歩(なみあし)
グレードII40mx20m常歩+速歩(はやあし)
グレードIII 40mx20m常歩+速歩
グレードIV60mx20m常歩+速歩+駈歩(かけあし)
グレードV軽い60mx20m常歩+速歩+駈歩

今大会、グレードIは強化指定選手の鎮守美奈選手(明石乗馬協会/コカ・コーラボトラーズジャパンベネフィット)とジアーナ号のコンビがベテランならではの安定した演技を披露し、3種目とも得点率65%以上を獲得し、全種目制覇した。

「1日目(団体課目)は久しぶりの試合で私(ライダー)がとても緊張したが、演技中、いい頭頸を保てて無難にこなせた。2日目は図形の修正ができ、ポイントが上がった。3日目は音楽に合わせることに終始してしまった」と高い目標に対して反省もしつつ、東京パラ会場での演技には「貴重な体験ができ、大まかだが本番のイメージはできた」と手ごたえも口にした。コロナ自粛中、馬に乗れない期間は自宅での体幹トレーニングを中心に、近所の公園で試合をイメ―ジしながら電動車いすでクルクル回っていたという成果も出せたようだ。

1975年大阪府生まれの鎮守選手は高校時代に乗馬と出合い、27歳で本格的に競技をはじめ、2004年アテネパラリンピック出場経験がある。一般に馬術では脚で馬の腹を押したり、手綱を引いたりして馬に指示を送るが、鎮守選手は先天性脳性まひのため体幹が弱く、手足も思うように動かせず、逆に意図とは関係なく動いてしまうこともある。馬を混乱させず的確に指示が伝わるよう、ルールの範囲内で改良した馬具を使っている。例えば、脚をゴムで鐙に固定したり、姿勢を保てるような鞍の形状など体に合わせてさまざまな改良を続けている。

<種目>

個人課目(インディビジュアルテスト) 20~30項目の運動課目を組み合わせた規定演技を行う
団体課目(チームテスト)1チーム最大4人でうち3名が出場して規定演技を行い、その合計点で順位が決まる
自由演技課目(フリースタイルテスト) 決められた運動課目を自由に組み合わせた演技に音楽をつけて行うことから、「馬のバレエ」とも呼ばれる


<採点>

採点は複数の審判によって行われる。パラリンピックでは5人、国内大会などでは3人の場合も。
規定演技では運動課目ごとに設定された「着眼点」に対する達成度によって10点満点(優秀)から0点(不実施)まで減点方式で評価される。着眼点とは技の正確さやリズム、躍動感や一体感などで、馬の頭が地面に垂直に垂れているか(頭頸)、指示通りの歩幅かなども評価される。自由演技課目ではさらに芸術的評価(音楽の解釈や図形のユニークさなど)が加味される。
それぞれの得点を満点で割った得点率(パーセンテージ)で表され、最も数字の大きい人馬が上位となる。

グレードIIは宮路満英選手(リファイン・エクインアカデミー)がオロバス号と組み、2種目を制した。今年3月のオランダ合宿から帰国後、コロナ禍で7月頃まで練習ができず、ようやく再開するも8月には落馬により腰椎を骨折。練習復帰は9月下旬で、この大会に急ピッチで合わせてきた。「まあまあ。もっと良くなるように頑張るしかない」

最終日の自由演技課目はスコアを伸ばせず、「全然ダメ」と振り返った。音楽に驚いたオロバス号を制御しきれなかったためだが、「あんなに暴れたのは初めて」と振り返り、感情をもつ動物と競技する馬術の難しさも感じさせた。

1957年鹿児島出身で、JRAの調教助手だった2005年に脳卒中を発症し、パラ馬術を始めた。後遺症で右半身まひと高次脳機能障がいがあり、手綱は左手一本で操る。コースの記憶も難しいが、アリーナ外に立ち演技順を読み上げてサポートする「コマンダー」役を妻の裕美子さんが務めている。初出場したリオパラリンピックでは思ったようなスコアが出せず、その悔しさを東京パラで晴らしたいと日々、練習に励む。

もう一人の強化指定選手、吉越奏詞選手(四街道グリーンヒル乗馬クラブ)はエクセレント号とブラックスター号とともにただ一人、全6回の演技を披露し、タフさを見せた。「結果はふるわず、課題がたくさん見つかった」と悔しさをにじませたが、エクセレント号との自由演技課目ではレッグイールディング(斜め横歩き)をグレードIIIレベルの速歩でチャレンジ。「世界と戦えるような技術内容も取り入れ、壮大性を意識した」と意欲的だった。

2000年東京都に生まれ、先天性の重い脳性まひで車いす生活の可能性もあったが、リハビリで幼少期から乗馬を始めると運動機能が向上、歩けるようにもなった。中学2年で東京パラを意識し、競技馬術の世界へ。右半身と左脚にも障がいがあるが、長い乗馬歴で培ったセンスでカバーする。

手の障がいがある選手の中には手綱の先に輪っかをつけたり、口でくわえたり、足の指で握る選手もいる。

グレードIIIは稲葉将選手(静岡乗馬クラブ/シンプレクス)が2種目をカサノバ号と、個人課目をピエノ号で制した。いずれも65%と高得点だったが、「目標は70%以上だったので満足していない」と辛口評価。久しぶりの大会で緊張もあったと言い、「気持ちが馬に伝わってしまうので、落ち着ける方法を見つけるのが課題。やることはまだまだある」とさらなる成長を誓った。

1995年神奈川県生まれの稲葉選手はリハビリのため小6から乗馬を始め、東京パラ開催決定を機に大学2年から本格的に競技として取り組みだして3年。先天性脳性まひにより下半身が動かしにくく脚で馬に合図することは難しいため、鞭に加え、舌で「チェ、チェ、チェ」といった特殊な音を出す舌鼓(ぜっこ)という方法を駆使し、世界を狙うトップ選手へと登り詰めた。

東京パラの出場権は「人と馬のセット」で得なければならず、出場の可能性を高めるため、複数の馬に乗る選手も少なくない。

グレードIVは高嶋活士選手(ドレッサージュ・ステーブル・テルイ/コカ・コーラボトラーズジャパンベネフィット)とケネディ号が三冠を達成した。1992年千葉県生まれで、2011年にはJRAの騎手デビューを果たしたが、2013年、レース中の落馬事故で頭部外傷や右鎖骨骨折などを負う。右半身まひなどが残り、15年騎手引退後にパラ馬術に転向した。利き手を右から左に変えて手綱を操り、右の鐙にはゴムを取り付け、足が収まるように工夫している。

2日目の個人課目では強風のため、演技中に埒(らち/アリーナの柵)が倒れるアクシデントでヒヤッとする場面もあったが、演技後、「派手には驚かず収まってくれたので、いい馬だなと思った」と笑顔を見せ、築いてきた馬との信頼関係の強さをうかがわせた。3日目の自由演技では、一歩ごとに左右の肢を入れ替えながら駈歩をする高度な技、フライングチェンジなども決め、「よかった」と安堵の表情を見せた。「今までと変わらずケネディに乗って、彼とのコンビネーションを高めていくだけ」とさらなる高みを見据えた。

グレードVには強化指定選手は不在で、今大会では育成指定選手の石井直美選手(東京障害者馬術協会/サンセイランディック)がデフュアステイネルス号と出場して2種目を制した。

グレードIVとVには視覚障がいの選手も出場できる。目の代りとなる「コーラー」がマークの位置を音声で知らせ、競技をサポートする。コーラーは最大13人までつけられる。こうしたアシスタントとのチームワークも見どころだ。

競技年齢の幅が広いのも馬術の魅力だ。今大会、強化指定の2選手を抑え、グレードIIの自由演技課目で初優勝を飾ったのは、60歳の大川順一郎選手(蒜山ホースパーク/鳥取大乾燥地研究センター)だった。本格的にパラ馬術を初めて3年、まだ強化指定や育成指定も得られていないが、葦毛の童夢号に美しい姿勢でまたがり、巧みな手綱さばきで伸びやかな動きを引き出し、63.122点をたたき出した。「これまでの私の成績からいうと、これが現実なのか信じられない」

もともと学生時代に乗馬を始め、障害馬術などで国体出場経験もあったが、社会人になって病気などもあり一時中断。2017年末には全身の筋力が低下していく難病、封入体筋炎も発症したが、パラ馬術を紹介され挑戦を始めた。進行性の病で障がいが重くなる可能性も高いが、「馬が好き。4年後、パリ(パラリンピック)に行けたら」と夢を語り、「患者会の人たちの希望の星にもなれるようなところまで頑張りたい」と力強かった。

■東京パラリンピックに向けて

パラ馬術は1996年のアトランタ大会からパラリンピックの正式競技に採用され、東京大会では5つのグレード別に個人課目と自由演技課目、そして国別の団体課目の全11種目で金メダルが争われる。

開催国の日本には4つの出場枠が割り当てられているが、大会延期で代表選考期間も延期され、今後の選考会開催も全く見通せない状況だ。28日に行なわれた会見で、JRADの三木則夫パラ馬術強化委員長は、「(人馬セットで出場条件を満たしている)今年度の強化指定選手5人の中から代表選手を選ぶ可能性が高い」とし、最終的な決定は来年4月頃の見込みと話した。

今大会が行われた馬事公苑は東京パラの本番会場にもなる。大舞台に向け、ハイクオリティな設備へとリニューアル工事も行われたばかりだ。例えば、砂にフェルトの端切れなどをまぜた馬場は弾力性があり、グリップも利きやすい。高嶋選手は「僕個人としては運動しやすい好きな馬場。馬の脚に負担なく動ける、いい感触」と好印象。稲葉選手は、「本番会場で演技できたことはいい経験になった。馬も自分も落ち着ける要素になる。いいイメージがもてた」と手ごたえを口にした。

パラ馬術はイギリスを筆頭にヨーロッパ勢が強豪だが、日本は地元開催の東京パラに向け厚みを増した陣容で躍進を目指している。地の利も生かし、世界の牙城を崩せるか。人馬一体の華麗で果敢な挑戦に期待したい。