2020年のスポーツ界は新型コロナウイルスに翻弄された。最も大きなトピックは東京五輪の延期であろう。3月末に緊急事態宣…
2020年のスポーツ界は新型コロナウイルスに翻弄された。最も大きなトピックは東京五輪の延期であろう。3月末に緊急事態宣言に前後して中止が宣言され、来年7月の開催ということが発表された。プロスポーツは感染の状況を見据えながら、シーズン日程や試合そのもののレギュレーションを変えて流動的に運営を再開し、NPBはソフトバンクが日本一、Jリーグディヴィジョン1は川崎フロンターレの優勝が決まった。
リーグを成立させたこのタイミングで神戸大の岩田健太郎教授に、今年のスポーツ界におけるコロナ対策について総括的な話を聞いた。
感染症の世界的権威でもある神戸大学の岩田健太郎教授
岩田が感染症の世界的権威であることは論を俟(ま)たない。そのキャリアを辿れば、2001年ベスイスラエルメディカルセンターの感染症フェローとしてニューヨークで炭疽菌対策に従事、2003年には中国・北京でSARS(重症急性呼吸器症候群)の治療に当たり、2009年新型インフルエンザの対策に意見を求めた舛添要一厚労大臣(当時)からは厚労省改革のための「改革推進室」のメンバーに抜擢される。また、2014年12月には死亡率が9割というエボラ出血熱に苦しむアフリカ・シオラレオネにWHOの対策ミッションの専門家として派遣されている。
そして今年2月、新型コロナウイルスが集団感染しているダイヤモンド・プリンセス号に乗船。ゾーニングに関してさえ全く無知な橋本岳厚生労働副大臣(当時)が指揮をする現場に入り、「素人の官僚が指揮を執っていて、感染症対策はアフリカより悪く、このままでは感染が拡大する」と忖度なくユーチューブで告発。炎上に一切怯むことなく、感染症対策に関してはプロフェッショナルとしての言動を続けている。
「コロナ対策においてまずプロスポーツを語るうえでは、チームサイドと観客サイドと2つに分けて考えるべきです。チームのマネージメントという意味では、日本はおおむね上手くいっていると思います。まずプロ野球から見て行くと、阪神、ロッテの選手などで感染者は見つかったんですけれども、これはスポーツのなかというより、私生活での感染。それ以上は被害が広がらずに済んでいる。感染ゼロというわけにはなかなか行かないので、これは許容範囲内だったかなと思っています。
一方で観客のほうは、最初は無観客だったのを徐々に収容人数を広げていった。ただその広げていく根拠が若干不明確でした。気分の問題というか、「もう広げてええんちゃうの」みたいな感じで。海外ではまだ無観客試合がかなり主流な中で、日本の場合は感染が未だに増えている段階で観客数を増やすというのは、ビジネスサイドのご都合主義という印象が強いです。そこはやはり拡大する上での根拠は明確にしておくべきであったと思います」
―― 観客サイドで言えば応援の文化についても変化がありました。野球の応援はサッカーのように局面がころころ変わるわけではなく、間合いの長い様式なので制御の仕方もやりやすいように見受けられました。
「バッターボックスに選手が入るタイミングや、クローザーがマウンドに上がる際の登場テーマ曲。そういうものは録音テープで出せるので問題はなかったですね。あと、打楽器もほとんど問題ないので、ライブで太鼓とかはできます。しかし、ピッピッピッとタイミングに合わせて鳴らす笛とかトランペットは厳しいですね。だから、野球的な応援というのは拍手やプラスチックのバットを叩いて選手を鼓舞する、という方向に行くでしょうね。今の段階で7回裏のジェット風船は飛ばせないですね」
―― 風船はスタンドでマスクを外して息を吐いて膨らます段階から厳しい。
「さらにそれを飛ばしてしまうわけじゃないですか。口から出すものがたくさん風船の中に詰まっていて、それをヒューっと空中に浮遊させるわけだから、飛沫がかなりまき散らされると思います。ジェット風船はヤバいです。あれはやめたほうがいいですが、どうしてもやるんだったら、あらかじめ機械で膨らませて持っておいて飛ばすという、そういう特殊なやり方でやるしかないです。コロナの問題は当面続くので、そういう工夫はあってもいいかもしれません。これまで常識だと思っていたことを考え改めるということは、現在にとってすごく大事な態度だと思います」
―― 野球で言えばドームと屋外の球場というのは、感染に関しては差があるのでしょうか。
「ほとんどないと思います。ドーム球場はオープンエアでないにせよ、かなり会場は広いし、天井も相当高い。換気もドームのほうがしっかりしていたりする。むしろ人と人との距離のほうがよっぽどインパクトは大きいと思います。会場そのものよりもスタジアムに行くまでの(密になった)歩行だとか、試合が終わった後にみんなで飲みに行ったりすることとか、その辺のリスクのほうがはるかに大きいです」
―― 次にサッカーですが、Jリーグも段階的に観客を入れていきました。チームサイドの結果で言えば、結果的に柏レイソルの選手、スタッフから集団感染が報告されて、ルヴァンカップ決勝が延期になりました。
「そうですね。ただ僕が良かったと思うのは、柏レイソルは選手の陽性というのをちゃんと情報公開したことです。Jはおおむね上手くマネージメントをしていると思います。例えば誰が陽性になって、濃厚接触者が何人になって、それ以上の濃厚接触者はいないので今日は試合をしますとか、しないとか。そういう基準をしっかり作って、そして、ルヴァンカップの決勝みたいなものまで、容赦なく試合を中止にして延期するじゃないですか。
スポンサーに対して忖度しなくて良いのかとか、フアン、サポーターが怒るんじゃないかとか、いろいろ軋轢はあると思うんですけれども、あそこで躊躇しない。しないと決めたらしないという、あの示し方。あれは村井(満)チェアマンの意向なのかどうか知らないですけれども、あそこまで明確に線引きができると安心なんです」
―― 村井さんはジャパニーズオンリー事件のときもそうでしたが、有事の際にリーダーシップを発揮して毅然と英断を示しますね。こういうときはスピードが大切だと理解しているのだと思います。
「そしてレイソルで言えば、選手関係者は感染者を出してしまいましたが、今のところ観客のクラスターって起きてないですよね。僕、実はヴィッセル(神戸)の応援も兼ねて先日ノエビアスタジアム神戸に行ってきたんですけれども、サポーターもみんなシリアスですね。立ち上がっての応援禁止ということで、声も出さないですし、ルールをしっかりと遵守している。その情景はすごく寂しいといったら寂しいですけど、非常に礼儀正しくて頼もしくも感じました」
―― 過日、町田ゼルビアのランコ・ポポビッチ監督にヨーロッパサッカーシーンにおけるコロナ対策を聞いたのですが、そこは国ごとのメンタルの違いが大きいと言っていましたね。セルビアなどは自粛ではなく、罰則規定を設けないと、人々は守らないだろうということで、逆に言えば、それだけ真剣に制限を考えていたとも言えます。Jリーグで言えば、試合の特例ルールで変わりました。前後半の途中に給水タイムを設けるということになった。ノエビアスタジアムで実際に見てどう感じましたか。
「観戦していて思ったんですけど、給水タイムは今はあまり意味をなしてないと感じました。確かに最初はやむを得なかったと思います。そもそも選手たちが練習も規制された後でみんなコンディションが悪そうでしたし、夏の暑い時に、しかも週に2回とか超ハードなスケジュールだった時期があった。それこそ熱中症とかでもし熱が出たら、コロナと間違えて大混乱になる可能性さえある。
あの時は、やはり水分を入れる休憩がないと選手が倒れてしまいそうだと思っていたんですけれども、今はもう、気温も下がって試合も比較的やりやすくなってきましたから、コロナ禍でも臨機応変に特例ルールを戻しても良いかと思います。給水タイムももはやハーフタイムの延長戦上みたいになって、戦術の確認や指示を出したりしていますね」
―― 来季においては給水タイムの取り込みについてはどう思いますか?
「来季はたぶんJリーグも試合間隔があくので、今年ほど(スケジュールは)詰め込みにはならないはずだと思います。だから、それに応じてということでしょうね」
―― アマチュアスポーツに眼を転じると、高校総体が中止、高校野球も甲子園が春も夏も中止になりました。これについてはどう思いますか。
「これは悩ましいところですけど。でも、高校スポーツそのものを考え直す時期だと思います。そもそも高校生が日本一になる甲子園大会というのが、負の側面が大きすぎると思うんです。それこそ真夏のど真ん中にエースピッチャーが完投、完投で肩を壊してまでやる。
高校野球のナンバーワンを目指すのはまだ健全なんだけど、『甲子園一極』になると『甲子園以外は認めない』みたいになるじゃないですか。もう少し多極化すれば今年も大会ができたのかもしれないと思いますね。それを分散開催して、九州のナンバーワンを決めて、中国地方のナンバーワンを決めて、ブロックのトップを決めて、最後の決勝を甲子園でやっても別にいいと思うんです。そうすることで開催を実現できる。あとは、何といってもオリンピックですね」
―― IOCのトーマス・バッハ会長が来日して、中止の可能性については微塵も触れずに帰って行きました。来年、果たして本当に開催するのかという疑義はほとんどの人が持っています。
「先ほども言いましたけれど、Jリーグはルヴァンカップ決勝ですら、基準を満たさなければ中止とか延期にしますと発表する。やらない基準が明確だというのはすばらしいことで、それはクレディビリティ(信頼性)を高く保てるんですよね。そこまで果断ができれば信用できるということです。
ところが東京五輪については、相変わらずそれが明示されない。根拠を何も示さずに、とにかくやる、やると言ったやると。日本あるあるの、『もう決めたことだから』という、一番ダメなものの決め方です。本当はリスクヘッジというものはあらゆる可能性をオープンにしておいて、状況に応じて対応するものですが、それがなくて議論はしないというのは、最低ですよ」
―― 選手の立場からすれば、なかなかネガティブな意見も出しにくいところかと思います。感染においてアスリートについて懸念していることはありますか。
「僕が一番心配しているのはパラリンピックです。オリンピックの場合は、アスリートは言っても健康な人たちなので、コロナにかかってもすぐ治るんです。阪神タイガースの選手たちもそうでしたよね。僕が気にしているのはパラリンピックの選手たちです。
先天疾患とかで免疫異常のある選手もいるでしょうし、あるいはコロナのリスク回避ができないとか、いろんなハンディキャップをお持ちの方がいて、そういうコロナ禍でやるというのは相当なチャレンジだと思います。せめて分散してやるならともかく、今の段階ではそうでもない。
例えばブラインドサッカーとかを集中してやるというのは、それをサポートするために、ものすごくたくさんのボランティアが必要になってくるじゃないですか。そうすると、当然密ができるというわけで、運営上もかなりハードルが高いと思います」
―― しかも、五輪に関わる医療従事者、約5000人についてはコロナ前の計画同様に無償ボランティアでということになっています。一方で組織委員会の役員は有償で最高で月収200万円とも言われています。歪んでいる構図ですね。
「そんなことをやる余裕のある医療従事者がその時まだ残っているんでしょうかね。北海道なんか、今もう(医療体制が)つぶれそうになっていますから。僕は繰り返しになりますが、2020東京五輪にはできない基準が設定されていないから不安なんです。『事態がここまで来たら絶対できません』という、それさえ作らないというのが一番無責任なやり方です。海外の大会で言うと、今年の予定であったサッカーのヨーロッパ選手権が延期になりましたよね」
―― 60周年で分散開催を予定していたユーロ2020ですね。
「12カ国にまたがってやる予定だったかなり巨大な大会を即座に延期にした。ヨーロッパは確かに状況があまりに悲惨なので、他に手はなかったと思うんですが、ユーロ2020が2021に延期になって、それがかなり高い可能性で中止になった時に、じゃあ東京オリンピックはなぜできるんだとなります。
すごく厳しい命題を突き付けられると思います。サッカーは言ってみればシングル競技なので、無観客でやればやってできないことはない。だけど、オリンピックみたいな多競技で、しかも観客はPCRだけで14日間隔離期間も置かずに世界中から来て、公共交通機関を使っていいですよ、というそんなザルみたいなやり方ではダメです」
―― 現在はコロナの第三波という言い方がされていますが、その見立てとしてはどうですか。
「僕は個人的には2波が終わらなかったと思っています。2波が下がりきらずに、そのまま上がっていった。2波が収められなかったというのが真相だと思います。日本政府は何も対策をしていないので感染者は増えるに決まっています。この7月以降、お上がやっていたことは、医療機関のベッドの調整とかPCRとかホテルを作ったりという、感染者を受け入れる体制はわりと作ったんだけど、感染者を減らすことについては全く無努力だったわけです。ほぼほぼゼロ。大阪府知事のイソジン発言については失笑するしかなった。そりゃ増えるに決まっていますよね」
―― 五輪開催において、コロナが出てPCR陽性になった場合の信頼ができない。集団感染を起こして検疫体制に入ったダイヤモンド・プリンセス号の時も、帰国してから発症した人は、政府はカウントしていなかった。船に乗り込んだ橋本岳厚労副大臣(当時)は「ゾーニングは出来ている」というまったく出来ていない写真をツイッターに載せたり(後に削除)、「ニ次感染は起きていない」とか、当時は嘘をついていました。最高責任者がそうでした。その一方で献身的に一生懸命やっている人ほどすごいバッシングを受けていました。怖いのは、そこで沈黙を強いられていくことだと思います。
「かなりメンタルをやられた人はいたと思います。でも、プロはやっぱりそこで継続します。五輪についてはさっき言ったとおりで、やってもやらなくてもいいんだけど、やらない基準を作らないというバッハさんと菅(義偉)さんの話し合いが象徴的にダメだと思います」