11月28日、NHK杯フリーで演技する三原舞依 大阪、東和薬品ラクタブドーム。三原舞依はNHK杯のフリースケーティング終盤になって、目が潤むのを感じていたという。 7本目となるジャンプを成功させてステップに入ると、流れる曲よりも拍手の音が大…
11月28日、NHK杯フリーで演技する三原舞依
大阪、東和薬品ラクタブドーム。三原舞依はNHK杯のフリースケーティング終盤になって、目が潤むのを感じていたという。
7本目となるジャンプを成功させてステップに入ると、流れる曲よりも拍手の音が大きくなった。その響きに熱を感じ、胸を詰まらせる。『フェアリー・オブ・ザ・フォレスト&ギャラクシー』の律動が上がると、滑りに生命力がみなぎった。森の妖精が、舞い降りたのかーー。最後のスピンでは万感の思いを抑えきれず、演技後にはぴょんぴょんと跳ね、氷の上で笑顔が弾けた。
ーー観客の皆さんは、「お帰りなさい」という拍手を送ったと思いますが、何を伝えたいですか?
その質問に対し、三原は丁寧にこう答えている。
「ありがとうございますっていう言葉を、何回言っても足りないほどです。本当に温かい拍手で。たくさんバナーを振ってくれたり、スタンディングオーベーションをしてくれたり、温かい気持ちで滑らせてもらいました」
しかし、伝える必要などない。その場にいた観客は言葉以上のものを感じたはずだ。
SP演技の三原。NHK杯は復帰後4試合目となった
NHK杯、三原は天使のように軽やかだった。
ショートプログラム(SP)は63.41点で7位、フリーは131.32点で3位と、合計で194.73点を叩き出し、4位に入っている。特筆すべきは、SPで冒頭のコンビネーションジャンプの2本目のトーループが回転不足を取られたものの、フリーでは連続ジャンプを成功してみせた点だろう。並外れた集中力で、短期間にもかかわらず、技を改善したのだ。
「まだまだ完璧とは言えない演技だったと思いますが、今のベストの演技ができたかな、と。(フリーは冒頭の)3回転+3回転も含めて、大きなミスなくできてよかったんじゃないかなと思います」
フリーが終わった後の会見で、三原はその胸中を明かしている。「今」を大事に突き詰め、自分と対峙し続けてきた。そこでの妥協はない。
「(体力的にきつくても)今日は緩めていこうっていう考えはまったくなくて。練習も試合も、同じです。音楽がかかるときは一回一回、どんなことがあっても自分のマックスを滑る、最大限を出す、と滑ってきました」
今年10月の近畿選手権。三原は約1年半ぶりの公式戦のリンクに立っている。難しい病気を患い、体力的には相当に厳しかった。しかし細く可憐な体は、狂おしいまでのスケート愛を示した。
「まず滑る前に、自分の名前を(会場で)コールしてもらって、試合に戻ってきたなぁ、というのが嬉しくて。先生に『いってらっしゃい』と言われて、『ただいま』という気持ちで氷に乗れたのが嬉しかったです」
そう語っていた彼女は、真摯なスケーティングでいきなり表彰台に立った。その後、オール兵庫、西日本選手権、NHK杯と少しずつ難易度を上げ、精度を高めてきた。
「練習が再開できただけでうれしかった!」
そう言って表情を輝かせていた三原は、練習と試合の境界線がないほど滑ることに熱中しているのだろう。それゆえ、緊張するはずの試合になっても精度が落ちない。むしろ、観客の拍手を受けることによって、技術が引き上げられた。リンクの上で観客と呼吸ができるというのか。それは、トップスケーターのみが知る領域なのだろう。説明がつかない高揚感を、会場に生み出せるのだ。
「広いスケート会場では、一番の上のほうにいる方たちまで届くような表現ができるようにと思っています。感謝の気持ちを伝えたい。声援や拍手が力になっていますので」
NHK杯ショートの後、彼女はそう言って観客の中でスケートができる喜びをかみしめていた。
もっとも、彼女が現状に甘んじることはないだろう。
「最初から最後まで、まだまだ力の弱さがあります」
NHK杯が終わった後のリモート会見、三原は優しいが毅然とした声音で言った。
「復帰して4試合目になりますが、1、2、3試合目よりも、成長はできているかなと。今回で、5歩は前に進めたのかなって思っています。次の全日本に向けても、また一歩進めるように。もっと力強い、ダイナミックな演技ができるように、体力的にも進化していきたいです。ショートもフリーも、まだ順位を考えたり、誰々と競ったり、というレベルには達していないと思っているので。少しでも、これまで以上の自分の演技ができるように」
今の自分以上のスケーティングをーー。三原はそれだけを追求している。彼女にとっては、三原舞依こそが一番の強敵なのだ。
「一つ一つ、大切に確実に滑れるように」
三原は地に足を着けて言う。次の舞台は、12月の全日本選手権。「復活」というドラマが、いよいよ佳境を迎える。